Σ(゜д゜lll) 火種
アヤトたちを帰してから八時間後、海箱ユユは代表支配人室にいた。『役者連館』壁面の巨大時計を眺めながら、一人で一時間ばかり、考えごとをしていた。
誘拐された二人は、まだ見つけることができていない。
それについて、海箱ユユはこう考えてもいる。
(黒幕は抱き込みに失敗した、ということでしょうか)
もしもデススちゃんが黒幕に味方するとしたら、すでに何らかの行動を起こしていても、不思議ではない。
彼女はおうおうにして、独断専行なところがある。
黒幕の仲間になった途端、「ちょっくら行ってくるです」と勝手に飛び出す、その可能性は決して低くはない。
しかも、デススちゃんは色々と目立ちやすいから、動いてくれた方が好都合だ。こちらの捜査網に、自分から引っかかってくれる。そんな展開を、少しだけ期待していた。
それがないということは、デススちゃんは現状、ただの人質止まりなのだろう。外を自由に出歩けるわけではないらしい。
だったら、彼女が黒幕のために、炎の能力を使うことはなさそうだ。
使うとしても、自分かモトナの身を守るため。
とはいえ、向こう側には峰谷マノがいるから、妹のモトナの安全は保証されているだろうし、その友人のデススちゃんに、危害を加えるとも思えない。
黒幕にとっても、今は大事な時期だ。このタイミングで内輪揉めをするのは、絶対に避けておきたいはず。
最悪の場合、峰谷マノが人質を連れて、離反する可能性もあるのだ。海箱ユユはそんな展開を、期待していたりもする。
ひょっとしたら今朝の誘拐、黒幕にとっては、致命傷になるかもしれない。デススちゃんという「火種」を、抱えることになってしまったのだから。
ああ見えて、デススちゃんには、炎の能力以外でも、決して侮れないところがある。
彼女が秘書見習いになって以降、短い期間ではあるけれど、近くで見てきた者としての感想だった。
はっきり言って、モトナの方が優秀だと思う。彼女は物覚えがいいし、勘も働く。今回の件が片付いたら、正式な秘書をお願いしようか、と考えてもいる。
片や、デススちゃんは仕事ができない。
ただし、それは目に見えやすい分野での話だ。
彼女には、別方面の才能がある。
デススちゃんは顔や態度に、あまり疲れを出さないので、ちょっと見ただけではわかりづらいのだが、任せた仕事には毎回、一生懸命取り組んでいる。
集中力が長続きしないので、よく休憩しているが、あれはサボりではない。
長距離走のように仕事をするのではなく、短距離走のように仕事をしているだけだ。その都度、彼女は全力疾走。だから、ちょこちょこ休憩が必要になるのだ。
そうやって、最終的には任せた仕事をやり遂げてくれる。時間はかかるし、頼んだゴールからは、微妙にずれてもいるけれど。
でも、他の人が効率的にやるよりも、なぜか良い結果に結びつきやすい気がする。
そんな不思議なところが、彼女にはあるのだ。まるで神さまにでも愛されているかのような強運が。
だとすれば、デススちゃんの特殊な才能、それに賭けてみるのも、悪くないかもしれない。
彼女の行動は、なぜか良い結果に結びつきやすい、そこに期待してみるのだ。
デススちゃんが今後、黒幕に与することがあったとしても、こちらの捜査網に、勝手に引っかかってくれるだろう。
そうでない場合は、人質という立場を活かして、黒幕に対する「火種」であり続ける。その結果、峰谷マノの離反を促すことができれば、こちらとしては儲けものだ。
途中の過程はどうあれ、彼女なら「炎の能力を使わずに、『海箱座』の有利になるよう、立ち回ること」ができるかもしれない。
とはいえ、デススちゃんを本気で当てにするには、あまりに時間がなさすぎる。
黒幕が指定してきた日時は、明日に迫っているのだ。
焦りはある。
しかし、これはチャンスでもある。
黒幕を捕らえて、白い紐の『海箱』を取り戻すことができるかもしれない。
今回、相手の挑戦を受けたのも、それが一番の理由だ。
ただ、黒幕の狙いが、どうにもよくわからない。
明日の《無無劇》、その内容を指定してきたのは、なぜなのか。
あらすじは、「巨大劇場を模した迷宮で、怪盗たちが財宝争奪戦を繰り広げる話」。
役のリストは、「怪盗」。
さらには、「引退した役者を七人、《ゲキバン》には参加させずに、その日の舞台に上げること」、そんな奇妙な条件をつけてきている。
(どうして、七人なのでしょうか?)
怪盗たちが財宝争奪戦を行うのだから、一人や二人では足りない、というのはわかる。
でも、どうして「七」人なのか。疑問が拭えない。この数は、残りの『海箱』と同じ数でもあるのだ。
また、三年前と違って、今回は事前に犯行予告をしてきている。
この差は何だろう。
海箱ユユの脳裏に、複数の疑問がまとわりついていた。




