52話
お時間いただきましてありがとうございます。
ラヴェンナがやってきた次の日、今度は先に連絡が届いてから会うことになった。
ブルグロットからの話では、クベーラ商会は物流を主にするスプモーニ商会のライバル会社だということぐらいしかわからなかった。
「まずは先日のお詫びの品をお納めくださいませ」
いくらするのか分からない高そうな壷と、豪華な飾りの付いた剣をもらった。
組み合わせがよく分からないし、どういった意味があるのかも分からない。とにかく飾ってもらうことにする。
文官達やベネディッタに相談したが、自分でやれと言われ部屋にいるのは昨日と同じ面子だ。
袖の下でもやってくるのかと思ったが違ったな。
「まずは、ということは、今日はどのようなご用件で?」
「昨日も申し上げましたが、この街に店を構える許可をいただきたいのです。それと港の使用も」
「港の使用ですか?」
「入港は許可されましたが、荷を降ろしておいておく倉庫などの使用を許可していただきたいのです」
「港の使用は料金を支払えばどなたでも大丈夫ですが……」
そこは一般的な港と同じルールだが……だがそれにどういう意味があるのだろう? 荷物をそれだけ大量に運ぶということだろうが……別に街中にも倉庫はあるし、街で店を開くならそっちのほうがよさそうなものだが……。
まぁ、別に港だけならお金を払ってくれるならかまわないけどね。
「……昨日も申し上げましたが、私はあなたが信用できませんので出店は無理です。今後やってこられる方に強引な手法で迫る可能性もございます」
「それについては謝罪をさせていただきましたが」
「それは昨日までの事だと思って受け取りました。私は今後といいました。例えば大きな店を持ちたいからと土地を必要以上に確保するとか、圧力をかけて販売制限をするなどですかね」
「そのようなこと……」
「昨日のまでのあなたのやりようを見ていては、そう懸念をもたれても仕方の無いことでは?」
詫びの品はもらったが、まだ罰金をまだ支払ってもらっていないし、ペナルティを課して当然だ。
「どうしても無理だとおっしゃるのですか?」
「はい」
「……でしたら。私はここの住民になりたいと思いますわ」
「は?」
思わず言葉が洩れてしまった。
「この島に住むと言っているのです」
「それまたどうして」
「私は昨日の行いを反省いたしました。それを誠意を持って行動で証明したいのです」
「ですが店を出す許可は出せませんよ?」
「かまいません。ですが、いずれ私が信用に足る人物だと判断なされたときに許可をいただきたいのです」
どんだけ島で店を構えたいんだよ。ありがたいけど不和を招くような人物はごめんだぞ。
昨日ラヴェンナは感情を抑えて考えをめぐらせた。自分はクベーラ商会の顔としてきたのだから何かしらの成果を挙げて帰りたいと思っていた。
今のところ港の使用許可まではうまくいった。もう一手うまくいけば……。
「では島に住むとして何をされるのです?」
「何か働き口を紹介してくださいな」
とことん厚かましく強引な女だな~。いっそ清々しいわ。
「今は木綿の栽培と漁師と倉庫での荷物運びなどぐらいしか仕事はないですよ?」
製紙工場で働かせるわけにもいかないし、ダークエルフの村で工芸品や遊具の製作ってのもなぁ~。
「私、商人ですので計算や簿記は得意ですの」
「ええと……つまり、この屋敷で働きたいと?」
「人手が足りないようですので雇っていただけませんこと?」
いきなり中枢に入り込もうとするとは、もはや手放しして褒めたいぜ。だが人がほしいのは確かだし、文官さんたちもいずれは帰るだろうし、う~む……。
「……最初の出会いがまともであればお願いしたかもしれませんが、さすがにそれは無理ですね」
「それは残念ですわ。でしたらせめて自分達の船の管理だけはやらせていただいてもよろしいですか?」
「ええ、そりゃご自分の船ですので……」
ランドルフは途中まで言いかけてふと疑問に思った。
あら? 今度はやけにあっさりと引いたが……自分達の船の管理? ……もしかして?
「あ、別の人に店を出させて自分が後ろから指示を出すとかはなしですよ?別の人に荷を卸して販売するのもだめ。物流は今のところスプモーニ商会だけでやってますので、信用の置けない人を入れることは出来ません」
ラヴェンナは内心舌打ちした。島の住民に持ってきた荷物を売って、それを別の形で自分達の商品を販売してもらおうと考えた。
要するに持ってきた商品を直接自分たちで販売するのではなく、卸売業者として島に入り込もうと考えたのだ。
物流が整っていない島では重要なポジションである。島に運ぶ荷をすべて自分達で運んでお金を得るのだ。
島に店は出さないが、船を管理するということで、物流を牛耳ることが出来ればと考えていたのだが、ランドルフには見破られたようだ。
「……」
「その様子では私の考えは当たったようですね」
「ええ、なかなかに聡い子供ですこと。最初にそれを見抜けなかった私のほうが未熟だったのね」
あぶねぇ~。この女、島の首根っこを掴もうとしていたのかよ! 突拍子も無い発言はそのためか。話術っていうか詐欺師のような手口じゃねぇか!
今はスプモーニ商会に頼りきってはいるが、クベーラ商会が入ってくるとそちらに変わってしまうかもしれない。半々でもまずいことになりそうである。
「しかたないですわ。今回は大人しく帰ることといたします。ですが、我が商会を迎え入れなかったこと、後悔なさいますわよ?」
「わざわざ島まで航海なさってこられて、ご期待に沿えず申し訳ないですな~」
冗談に皮肉を交えて言葉を返す。
「くっ、覚えていらっしゃい!!」
抑えていた感情が爆発したのか、怒鳴って部屋から出て行った。
「ふぅ……、商人怖いよ。精神的に疲れるわ」
「お疲れ様です。はい、どうぞ」
アプスがお茶を入れてくれた。
「半分ほど意味が理解できなかったのですがどういうことですか?」
簡単に説明した。
「島へ運ぶ荷物を全部自分達でやろうとしていたとそういうことですか?」
「そう、島に店を構えることができないなら、物流を自分達がやってやろうというわけさ。港の許可は出すって言っちゃったしね」
ラヴェンナはスーパーマーケットに注文を受けた商品を届ける仕事をしようとしたのだ。しかも自分達の船と言っていたので、一隻とは限らない。何隻も引き連れてやってくるかもしれない。
あるいはクベーラ商会とは名前が違うが、子会社を派遣して店を出していたかもしれない。
「ですがスプモーニ商会があるのに」
「別にスプモーニ商会だけに任せるつもりはないけど、彼女はそのつもりだったようだね。それに今は新商品の事で手一杯みたいだから、何も知らずに任せていたら取って代わった可能性は高い。そうなるとスプモーニ商会もいい顔はしないだろうしね」
人の少ない今のうちに顔を売って浸透させていったであろう。始めは島に人がいないので損だが、増えてくると最初から物流に携わっているというアドバンテージもできる。
「島で販売するのと何が違うのです?」
「自分達の好きなように売れるのと、人任せにして売るのとの違いかな~。でも荷物の輸送費とかで仕入れの値段も変わってくるでしょ?それを理由にあの信用できない女に任せたらどうなったことか」
「値段を吊り上げられていいようにされるということですか」
「かもね。それだけでなく強引な女だったから、島の経済封鎖とかしてきたらたまったもんじゃない。こっちは事実かどうか確かめにいくのに何週間もかかるし、確認した頃にはまた状況は変わってるからさ」
「なるほど」
「でも一貫してすべて販売できるというのはすごいよね。それほど大きい商会なんだろうけど、今後もああいうのが増えると思うと疲れるな~」
「ランドルフ様はよくやっておられます」
「いっそ力技で排除してやろうか……なんてな。はぁ……」
アプスも椅子に座ってもらって一緒にお茶を飲み、そのまま雑談をして少しほっこりしたのだった。
「ぬお~、ランドルフや、こっちに来るのじゃ」
定期的に監視している北の海岸から帰ってくると、酔っ払いのドラゴンに絡まれた。
「カナンカ、飲みすぎるなっていつも言ってるじゃないか」
ワインの数が少なくなってきたので抑えていたが、島に補充が来てからはまた飲みまくっている。
ダークエルフメイド達にも言ってはいるが、カナンカに逆らえるはずも無く、つい甘やかして飲ませてしまうのだ。
カナンカのワインの問題もあったな。もしラヴェンナに任せてたらその辺もこじれそうだったわ。危なかった~。
「今は少しふらふら~っとしていい気分なのじゃ」
「はいはい、それで何の用事?」
「りぃば~しぃで勝てぬのじゃ、教えてりぇ~ぃ」
「飲まずにやれば勝てるかもよ」
「それは無理じゃ!!」
自信満々に言うことじゃないし。
「じゃあ無理だな」
「そんな事いわずに~。後生じゃ~、何か秘策を授けておくれ~~」
ランドルフに寄りかかり、しなしなと抱きついてくる。既に酔っ払っているので、今日もお酒臭い。
ランドルフはカナンカの顔を掴み、ほっぺたをムニムニと引っ張りながら引き剥がす。
「ぬぁにうぉするのじゃぅゎ~」
「そんなに酔っ払ってたら冷静に判断できないでしょ。今教えても頭に入らないんじゃないのか?」
「教えてくりぇりゅの~なりゃ~、いむゎ~だけは我慢するのじゃ~」
「ほんとかよ。じゃあ酔いを醒ましてもいいんだな?」
「うみゅ」
返事をしながらもフラフラと再びランドルフに寄りかかってきた。
カナンカのお腹に手を当てて解毒の魔法をかける。酔っ払う原因であるアセトアルデヒドを肝臓から取り除いて分解し、酔いを醒まさせるために水をぶっ掛けて乾かした。
水をかけられて地面にぺたりと尻餅をついたカナンカは、目をパチクリと何度も瞬きをした。
「目は覚めたか?」
「うむ。もったいない気もするが今は勝つために我慢するぞ」
テーブルについて対局しながら説明をする。どうやら今まで負け続けた経験で、四隅の角や、端を取られるのはまずいと思ってはいたらしい。
ダークエルフメイド達も長い耳を傾けて聞いている。
次に最初は内々に自分の色を集めて、相手の色を外側に持っていくことを教える。
そして手が進むと、外側まで広がってくるので、そのときにどう角と端を取るのかを教えた。
「あとはここまで来ると駆け引きだからな~。相手の考えを読んで誘導することも必要になってくる。上手い人だと最初からやってるけどな」
「それは我も常々考えておった。じゃがこうしてみると基本というものはあるものなのじゃな」
「注意していると少しはマシになるかもしれないよ。誰かとやってみなよ。あ、酒は飲むなよ」
「うむ。次は新しく来た白ワインを飲んでみたかったのだが、勝利の美酒として置いておくのじゃ!!」
カナンカがブルグロットを読んで来いと伝えた。しばらくしてブルグロットがやってきた。
「おい、いきなりブルグロットとやって勝てるのかよ」
「今お掃除中だったのですが……」
「ふっふっふ、ランドルフに教えてもらった戦法で今度こそ勝ってみせるぞ!」
「あ、対戦中耳触ってていい?」
「はぁ……お好きになさってください」
「「やったぜ(のじゃ)!」」
今はうるさいアプスがいないのでモフモフを堪能させてもらう。
パチパチペラペラと駒を置く音、めくれる音が聞こえて、まだ始まったばかりだが、カナンカは教えを実践しようとしているのが見て取れる。
「んっ……ランドルフ様、耳の根元を指で挟むのは……んんっ、こすらないでください」
「ランドルフよ、今いいところなのじゃ、邪魔をするでない」
注意されたので控えめに耳を触る。
手が進んで、対局は中盤といったところか、教えたとおり真ん中に自分の色を残すようにしているようだが、ブルグロットがなかなかそうはさせようとしない。
「じゃあ次は尻尾を触ろう」
「ひゃっ! ちょっと、急にやめてください!」
「フサフサしていい尻尾だわ~」
セクハラ? 最初に本人から許可は出ていますので。
尻尾を丹念に触られて悩ましい声を出すブルグロット。カナンカは盤面を睨みながら熟考している。
「―――じゃからして、ここじゃなっ!!」
「ふっ、んっ……、もう、ランドルフ様尻尾を触るのは終わりです」
尻尾を器用に振り回してランドルフの手をパシンと叩く。
「残念だな~」
「でしたら引き続き私の耳をお触りください」
「うおっ! アプス、いつの間に」
「今来ました」
ついさっきまで触っていた尻尾の感触が無くなり、手が寂しくなったので仕方なく触ってやる。
すこし硬いが、耳の先は柔らかく、少ししなっとしている。クニクニといじった後、指に挟んで擦ってやる。
「ああっ、気持ちいいです旦那様」
アプスの声は無視して軽く引っ張ったり曲げたりして遊ぶ。そうしている間に対局は終盤になっていた。
「むむっ、しかし……これは……また我の負けか」
「はい。ここに置くとこの列がひっくり返るので次にここに置かれますと、私がこちらに置くことになりますから、何とか私の勝ちですね」
「ふぅ~、数え間違い……いや、見誤ったか。だがなかなかにいい勝負だったのではないか?」
「そうですね。今回はなかなか楽しめました」
「なぬっ!? 今回、ということは今までは楽しんですらいなかったというのか!?」
余計なことを言って、しまったといった顔をするブルグロット。
「……ええ、まぁ……その、あまりに次に置く場所が分かりやすかったものですから」
「よいのじゃ、我が未熟だっただけの事。そなたが気にすることはない」
「取れる数が多い所にすぐ置かれますので……」
「ふむ、なるほどのぉ~。自分ではさほど気にしてはいなかったが……ランドルフに教えてもらわねば勝負にもなっていなかったということか」
眉をひそめて己の至らなさを反省するカナンカ。
「なかなかいい勝負だったね。見てて面白かったよ」
「嘘をつけっ! おぬし耳やら尻尾やらを触ってみておらんかったじゃろ!」
「そうです! ランドルフ様のせいでぎりぎりの勝負になったのかもしれません!」
「なんじゃと!? それは聞き捨てなら無んぞ! では次はランドルフが邪魔をしないようにしてもう一度じゃ!」
「そろそろ仕事に戻りたいのですが……」
「もう一度だけじゃ! 頼む!」
「……ではもう一度だけですね。わかりました」
「おお~、礼を言うぞブルグロット!」
うむ。仲良きことは美しきことかな。これにて一件落着! って別に事件も何も無かったけどね。
「ランドルフ様。そろそろアプス様を解放してあげないとその……ひどいことになってますよ?」
「ん?」
ずっと耳を触り続けていたアプスの様子を見ると、顔は茹で上がり、もだえてへたり込んでいる。
ビクビクと小刻みに痙攣しているが、顔は幸せそうだ。
「……さて、デン。アプスは置いといて中に入ろうか」
「うぉふ?」
小首をかしげて「いいの?」といった表情をするデン。幸せそうなので放って置くことにしよう。
人が増えたらリバーシの大会もやってみるかな。賞金も用意すれば島に人が来るかも。
島の発展に考えをめぐらせるランドルフであった。
表現が難しい……。
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