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50話

お時間いただきましてありがとうございます。


 エスドゴ達が島を出発してから一月ほど経った。大陸はもうそろそろ冬だろうか。

 政務もそこそこに切り上げて、午後から街の様子を見に行く。相変わらず人が少ないのでゴーストタウンのようだ。


 住宅区へ行くと挨拶をしてくれるくらいの人はいる。彼らに住み心地はどうかと尋ねるが、特に不満は無いようで、今のところは問題なしと言えるだろう。


 商業区へ着いた。ここは更地が目立つ。あるのはムングの鍛冶屋と製紙工場と倉庫が少し立ち並ぶだけだ。

 製紙工場へ入る。


 「こんにちは。試作品できてますよ」

 「やぁ工場長。では早速見せてもらおうかな」


 ダークエルフの工場長が挨拶をして部屋へと案内され報告をしてくれた。出てきたのは白い紙だ。

 あれから紙を作る工程を増やした。

 漂白して白くし、鉄の板の上に何人も乗って押し固め、乾燥させて何とかザラ紙といえるくらいまでにはなった。

 だがまだまだ筆の乗りは悪いし、書くときにも少し引っかかる。所々繊維の跡が目立つし、丈夫さもいまひとつで、ちゃんとした紙を知っているとどうも物足りなさを感じる。だが今までと質が全然違うのでよしとしよう。


 「材料を集める時に人がいなくなるので、おっしゃられていた効率の安定化は難しいです」

 「分業にしてやらせたいんだけど、やっぱり人が足りないんだよね。今移民募集のために遣いに行ってもらってるから、もし希望者がいれば人を回すようにするよ」

 「よろしくお願いします」


 草原はその名の通り草だらけなので、それを使えば今は無理に木材を切らなくてもしばらくは大丈夫だ。

 引き続き質の向上に力を注いでもらう。今回は間に合わなかったが、次に大陸へ行くときに持っていって反応を見ようと思う。








 街を出て港へ向かう。


 「いい天気だな~。潮の匂いが陽気な気分を覚ましてくれるよ」

 「私は逆に落ち着くので、波の音を聞いていると余計に眠たくなります」

 「すっかり海になれたね」

 「そうですねぇ。……ランドルフ様、少し休んでいきませんか?」

 「……そうだな」


 海岸で魔法で椅子を作ってアプスと一緒に海を眺める。


 「綺麗ですね。私はずっと山で育ちましたから、海を見たことがありませんでした」

 「そう言ってたね」

 「はい。今はこうして島へ来て、新しい世界が開けた気がして楽しいです」

 「それはよかった」

 「今こうしていられるのも、旦那様が私たちを導いてくださったからだと思っています」

 「そんな大層なことはしてないし、偶然だよ偶然。あと旦那様はやめろ」


 アプスはクスッと笑って肩に顔を預けてきた。


 「私は運命というものを感じられずにはいられません」

 「そうかもしれないが、アプス達の一つ一つの行動が引き合わせたんだよきっと」

 「そうですね……」


 アプスは思った。自分達があの日食料を求めて街に下りなかったら?謎の集団から声を掛けられてレスタイト王国へ来なかったら?もしトクルマティアと同じように盗みを働いていたら?

 ランドルフと出会わなかったかもしれないし、下手をすれば処刑されていたかもしれない。


 「人生そんなもんだよ」

 「ふふっ、旦那様は子供なのに妙に達観したところがありますね」

 「旦那様はやめろって。どうせ俺は変なやつらしいからな」

 「かもしれませんが、我々にとっては偉大な恩人であり、大切な人です」


 ランドルフは臆面も無くまっすぐに言われた言葉に、照れくさそうに顔をそらした。


 「偶然だ偶然。さっ、港行って次はダークエルフの集落に行くぞ」


 その空気から逃げるように足早に港へ向かって歩いていった。







 フォラスさんと始めてあった倉庫へとやってきた。研究資材などは当然なくなっており、木箱が所狭しと並べられている。

 今埠頭には鹵獲した船が放置されているだけで、見張りの人しか人はいない。話を聞いても特に問題ないようなので山へと向かった。


 「おお、結構家が建ってるな~」

 「畑もずいぶんと拡張されているようですね」

 「ランドルフ様、ようこそお越しくださいました。アプスも元気そうだな」


 族長が挨拶に来てくれたので話を聞いた。前回訪れたときはまだ集落といった感じだったが、現在は家が10軒ほど立ち並び、だいぶ村としての形を成してきた。

 入り口には木を削って出来た像が二本、道を挟んで建っている。一つはランドルフの姿に似ている。もう一つの狛犬のようなのはデンだろうか?

 恥ずかしいので撤去させようかとも思ったが、ここまでできてしまっているのでもったいないだろうと放置する。次から作る時は一声かけるようにしてほしい。


 「薬草の栽培はどう?」

 「土がいいのかすくすくと育っております。収穫ももうすぐでしょう」

 「いい薬が出来たら売りに来てね」

 「売るなどとそんな……。ぜひ献上したと思います」

 「いいのいいの。売買することで街の人とも交流も生まれるからさ、そのほうがいいって。ダークエルフの皆さんにはずいぶんと助けられているしね」

 「ランドルフ様……」


 族長は我々の事を考えてくださっている。そう感じて心の中で感謝していた。

 だがランドルフの心の中は違った。


 この閉鎖されたような島で貨幣を流通させるのはまだ無理だからな。慣れさせて概念を浸透させる。そしていずれ人がたくさん訪れて物があふれてきたら、ダークエルフたちも消費してくれるだろう。


 「この山はあげるから自由にやってよ。でもあまり畑を作りすぎて木を切りすぎると、土砂崩れ起こして危険だから注意してね」

 「な、なんと!!」

 「よろしいのですか旦那様っ!?」

 「人前で旦那様はやめろって言ってんだろ!!」


 アプスの太ももをパチンと叩く。族長は山をくれるということに言葉が出ないようだ。


 ランドルフは最初からあげるつもりでいた。だがちゃんと住めるかどうかも分からないので、安易に告げるのも悪いと思っていたのだ。今日村の様子を見て大丈夫と判断しての発言だった。


 「ダークエルフの人たちが、街を見下ろせる位置から見守ってくれてたら安心できるからさ」

 「な、なんと……そこまで我らの事を……」


 族長はその言葉を聞いて泣き出した。ランドルフが住む場所を見下ろすなどと思ったが、信頼して任されたと思うと、心の奥からこみ上げてくるものがあふれ出した。

 周りにいた人々も、こちらの話が聞こえていたのか、みんな立ち止まって感謝していた。


 「分かりました。我らは街を見守る守護者となり、ランドルフ様が安心して暮らせるように心身ともに鍛え、尽くしたいと思います」

 「そ、そこまで気負わなくてもいいんだけど」


 族長の迫力に少しひいたランドルフ。いつの間にかアプスまで目に涙を浮かべて方ひざを着いて感謝していた。

 だがランドルフの心の中ではこう思っていた。


 灯台案が却下されたから、街を見下ろせるここは防衛監視に適していると思うんだよね。距離もそんなに離れてないし、今はゴーストタウン状態だから特にだ。


 高台を作ってもいいかと聞くと、どこでも好きなところにと言われたので、邪魔にならない海岸や街全体を見渡せる位置に作った。

 何か異常があればすぐに知らせるように頼んで、村を後にした。









 街を巡回警備してくれているダークエルフ達に挨拶をして屋敷へと帰ってきた。


 「旦那様。私たちダークエルフの事をしっかりと考えてくださってありがとうございます」

 「だから旦那じゃ……はぁ……もういいや。別にダークエルフ達だけのためってわけじゃないよ。ちゃんと打算もある」

 「それでもです」

 「海岸でお礼の言葉は聞いたし、ちゃんと仕えてくれるなら応えたいと思うからね」


 島には住めることになったが、他国の人間であった彼らは、もし何か失敗すればいつ追い出されるかも分からないという不安があるだろう。ランドルフはそんなことは考えたことも無いが、ならばその憂いをなくして気兼ねなく働けるようにしてやればいい。今の立場なら紙一枚で済むのだ。


 ランドルフは机に向かい何か紙に書くと、蝋をたらして指輪を押し付ける。


 「はいこれ。ちゃんとあの山はダークエルフ達の場所って書いておいたから。族長に渡しといて」

 「ありがとうございます」


 アプスは恭しく受け取ると、ランドルフの手を握ったあと、抱きしめてお礼を言った。そしておでこにキスをして「失礼しますね」と言って部屋から出て行った。


 思わぬ不意打ちに固まって、ポカンと一人部屋で呆然とするランドルフであった。








 新人メイド達は休憩をしていた。


 「あれ?アプス様夕食前なのにどこ行くんだろう?」

 「ん?さっきランドルフ様と帰ってきたところじゃなかった?」

 「何かうれしそうな顔をしていたけど……」


 優雅に庭先で三人でお茶を飲んでいた。


 「きっとランドルフ様に何か貢いでもらったんじゃない?」

 「そうかも~」

 「こら、お主たち、主様を貶める言い方をするんじゃない」

 「シャキュピ~。こういうのは貶めるじゃなくて楽しんでるんだよ」

 「そうそう。恋愛話は楽しいよ?」

 「れ、恋愛?」


 どちらにしても失礼な発言だが、彼女達はアプスとカナンカがランドルフの部屋で一緒に寝ているのを知っている。

 つまりはそういう関係だと認識していた。


 「そうそう。カナンカ様もいらっしゃるのに二人を相手にするランドルフ様はすごいわ」

 「私たちとあまり歳変わらないんだよね?」

 「そうだって聞いたけど。だからこそ余計にね」

 「やはりあの二人はそういう関係だったのか」

 「見たら一発で分かるじゃん」

 「そうそう」

 「うぐっ」


 シャキュピはずっと戦士として育てられ、村から出ても一人で魔物との戦いに明け暮れていたので、そういう話には疎かった。


 「ランドルフ様って朝は机に向かってらっしゃるけど、いつも昼からは外を出歩いてるよね」

 「当然アプス様も付いていくし、もしかして……」

 「「キャー!!」」


 妄想を膨らませ、黄色い悲鳴を上げるフェーニとクニャータ。


 「こ、こら!!おぬしたちはなんてことを言うのだ!!主殿は視察に行かれておられるのだぞ!!」

 「でもほぼ毎日じゃない?まだ人の少ない街なのにさ」

 「巡回してる兵士の人もいるのに何かあるって思うのが普通だって」

 「むっ、むぅ……」


 そういわれると確かなので、強く反論できないシャキュピ。

 実際には飛んで島の北にある海岸の様子を見に行っているだけなのだが、彼女達はそんなことは知らない。


 「でもカナンカ様ってドラゴンなんでしょ?」

 「初めて見たときは驚いたよね。白い龍人なんて珍しいと思ってたけどまさかね」

 「私も思わず腰を抜かしてしまった。顔を見ただけで食べられるかと思ったぞ」

 「でもランドルフ様は平然と話してたよね」

 「主殿はすごいお方なのだ」


 シャキュピは自分の事のように誇らしげに胸を張る。


 「シャキュピってそればっかりだよね」

 「もしかしてシャキュピもランドルフ様の事……」

 「な、何を言うのだ!!私は微塵もそんなこと考えていない!!」

 「そんなことってどんなこと?」

 「うぐっ」


 フェーニの突っ込みに言葉を詰まらせる。


 「ねぇねぇ?どんなこと?」


 クニャータもニヤニヤしながら問い詰める。


 「り、立派な主だと思っているだけだっ!!もう話は終わり!!私は仕事に戻る!!」


 お茶を一気に飲み干して逃げるようにその場から離れていった。

 残された二人は慌てて離れるシャキュピを笑って見送った。


 「でも私たちと同じくらいの歳で貴族になったってすごいよね」

 「それに宮廷魔法士なんでしょ?海賊に襲われたときもすごかったらしいよ?」

 「あれ?宮廷魔法士なのに島に来ちゃっていいのかな?」

 「さぁ?そこらへんはよく分からないよ。大人の事情ってやつじゃないの?」

 「あ、アプス様戻ってきた」


 アプスはダークエルフの部下に手紙を渡して届けるようにと伝えると、屋敷へと帰ってきた。

 二人に気づいたのかこちらへとやってくる。


 「あなた達休憩?」

 「「はい」」

 「後でちょっと料理を手伝ってほしいの」

 「「わかりました」」

 「ありがとう」

 「ねぇ、アプス様。うれしそうにして出て行かれましたが何かあったのですか?」

 「ちょっとフェーニちゃん、だめだよ」


 人様の恋愛事情に口を挟むなんてだめだ。成り行きを見守ることこそが楽しむための秘訣である。―――と思春期のクニャータは思っている。


 「いいのよ。ランドルフ様が我々ダークエルフに安住の地を約束してくださったの」

 「安住……ですか?」


 ダークエルフ達の事情は聞いていた。島にやってきたことで、安心して住めるのではなかったのかとフェーニは疑問に思った。


 「あそこにあるこの街を見下ろせる山に住んでるのは知ってるよね?あそこの山をダークエルフの山としてくださったの」

 「山一つ下さったのですか……」

 「ええ、その知らせを頼んだの」

 「立派な土地をもらえるなんてすごいです」

 「ランドルフ様には生涯忠誠を捧げるわ」


 二人は乙女モードになったアプスを見てお腹一杯になった。

 しばらく惚気が続き、我に返ると「後でお願いね」と言ってアプスは屋敷の中へと入った。


 「そりゃアプス様も惚れるよ」

 「持てる男がモテるのは当然だったのだ」

 「私たちも狙っちゃう?」

 「でもあの仲に割ってはいるのは命の危険もあるよ」

 「カナンカ様はドラゴンだしね。食べられちゃうかも」

 「でもドラゴンと人間の恋なんて実るのかな?」

 「わからないけど、面白いのは確かだよ」

 「そうね」


 二人はお互いに笑いあって、後片付けをして屋敷へと戻った。


 その日の夕食はアプスが頑張ったらしく豪華だった。







 それから数日経ち、エスドゴが帰ってきたと報告があった。

 だが予定していたより船の数が多いとのことだった。

お読みいただきましてありがとうございます。

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