201話 涙の理由
前回のお話:ルキエピスがなんか語りだした。
夜遅くにランドルフは自分の泊まっている宿とは別の宿にいるハーディとランクイロを呼びだして緊急会議を開くことにした。
「と言うわけで、ランクイロは明日それなりに金を使って、それなりに買い物を済ませてくれ」
「何が、と言うわけで、なのかわかりませんが、わかりました」
「金払いのいい客が現れたらこちらを調査してる人達に気付いてもらえるでしょ? 何か聞かれても普通にスプモーニ商会の者ですがって言えばいい。何なら実際に船長に必要なものを聞いて買い出ししてくれても構わない」
「了解です」
「それだけで相手さんの全員が全員気を取られるとは思わないけど、違ったのかと安心して気を緩めてもらえればそれでいいから」
「こちらを調査している者達は基本的に身体が大きいようです。ですのでわかりやすいかと」
ハーディが補足してくれた。
「それと、どうやら教団には赤頭巾と呼ばれている暗部の者がいるようです。その名の通り赤い頭巾を目印にして行動しているようです」
「暗部か……。いきなりこちらを攻撃してくるようなことはないだろうけど、その辺はカレンに任せよう。お友達にお礼を言っといて」
「かしこまりました」
ハーディが慇懃に頭を下げた。
「カナンカ」
「なんじゃ?」
「カナンカって基本的に夜行性なの?」
「そんな事はないが、何故じゃ?」
「明日の夜にでも乗り込む時に、その竜天女様が起きているとかあるかなって」
「もし母上であるならば、昼夜問わずに気付かれるであろう。我以上に敏感じゃからな。もしかしたら既に我の事も気付かれているやも知れぬが……、この胸飾りがあればその様な事もないかもしれぬ」
そう言って胸元についている小さく地味なブローチを強調するカナンカ。
「つまりわからんって事ね。それはそれで忍び込む楽しみが増えたかな」
敏感に気配を察知する相手に対して如何に気づかれずに忍び込むか……スリルがあって面白いかも。
そんなランドルフの考えを察してか、ランクイロは呆れた表情を隠さなかった。
「それで、フーテンの方はどうするのですか?」
アプスが気になって問いかけた。
「どうしよう?」
「我としては面白いやつじゃから助けて配下に引き入れたいところではあるのぉ~。クックック」
「しかし、そうなると何かと問題が発生します。特に助けた後、ランドルフ島にフーテンがいるとなったら国家間の問題になりかねません」
「と言ってもせいぜい引き渡し要求程度でしょう? 知らぬ存ぜぬを通す、もしくはカナンカ様が気に入ったと言えば不問にされる可能性は高いかと思いますが」
ハーディとウィステリアが意見を述べる。
「守護龍様を前に出されるのであれば貸しを作る事になりますがハムシンカム教国としては黙らざるを得ないでしょう。もっとも、裏でフーテンが暗殺される可能性はありますが……」
「そこは本人と我々治安部隊の仕事です」
「人魚族もね。何とかなるというのなら、後は旦那様のお考え次第です」
「……このまま無視するってのはどう?」
「旦那様がそれで後悔しないというのであればかまいませんが」
「彼が極悪人だったら気にもかけないんだけどねぇ~」
そうであればどれだけ楽だったかと頭を悩ませるランドルフ。
考え方や身体的能力はランドルフも認めている所なので、死なせるのは惜しいと思ってしまう。
「やっぱり死刑になるかな」
「「はい」」
ハーディとウィステリアが声を揃えてはっきりと返事した。
「……助けるとして、竜天女にお願いするのはどうだろう?」
「守護龍様の母上であるか確かめるついでにという事ですね?」
「教皇の相談相手としている竜天女の言う事ならば聞いてもらえるかもしれない」
「どうやって願いを聞いてもらうつもりじゃ? 言っておくが母上ならば、相当なご機嫌を取らなければ無理じゃぞ?」
「例えば?」
「母上の好きな光り物をたっぷりと献上するか、あるいは実力を見せるか。それともランドルフのように態度や話術で楽しませるかじゃな」
「俺分かった。未来が見えた。絶対に実力を見せろってなるね」
「カナンカ様の事がありますからね。そうなる可能性は高いですね」
「あ~やだやだ、俺もう帰りたくなってきた」
肩の力を抜いて腕をだらりと下げるランドルフ。
「クックック、母上とランドルフの対決か。見物じゃな、クックック」
「カナンカ様を凌ぐ実力の相手では流石にランドルフ様でも厳しいのでは?」
「旦那様なら余裕ですっ!」
「まあ、ランドルフであれば大丈夫であろう。不意打ちさえ喰らわねば、じゃがの」
「不安になるようなことを言うなよ~」
ランドルフは情けない声を出しながら顔を覆った。
「では助けるという事でよろしいのでしょうか?」
ハーディが話をまとめようとする。
「そうしよっか。でも絶対に助けなければらないというわけではないと言っておく。ギリギリまではやってみるつもりだが、助けようとしてこちらが色々と不利になる恐れがあったり、みんなの命が危険になったら容赦なくフーテンを見捨てるつもりだから」
「わかりました」
他の皆もわかったと頷いている。
「忍び込むのでしたらこちらをお持ちください」
話がまとまったところでハーディが懐から丸められた羊皮紙を取り出した。
「これは……宮殿の間取り図? どうしてあなたが持ってるの?」
「私のお友達が偶々あの宮殿で警備の仕事をしていまして、覚えている範囲での図ですが守護龍様のお役に立てるならばと渡してくれました」
「まじか! いいタイミングで出してくるな~。こんな事をしてばれたら大変じゃないの?」
「本物の間取りを写したわけではなく記憶の中だけでの事ですので、領しゅ……ランドルフ様が持っているのを誰かに見られたり盗られたりしなければ問題ありません」
「すげぇな、なかなかできる事じゃない。組織を裏切る行為に等しい事だ」
「うむ、よくやった。ランドルフにそこまで言わせるとは、そのものには我からも感謝すると伝えておいてくれ」
「わかりました。さぞ本人も泣いて喜ぶことでしょう」
「事が終わればそやつを呼んで一杯飲もうではないか」
「幸甚に存じます」
「ハーディよ」
「はっ」
「いつまでも守護龍などと呼ばずに直接名を呼ぶことを許そう」
「まっ、誠にございますかっ!?」
「うむ」
「……」
ハーディが驚き、信じられないといった表情で固まっている。
「どうした? 嫌じゃったのか?」
「……か、こ、この上ない、よろごびぃにごじゃいまずっ!」
「うむ、これからもランドルフの事を助けるがよいぞ」
「はぃ、はぃっ!」
カナンカに認められて余程嬉しいのだろう。滂沱の涙を流しながら土下座して床に頭を打ち付けそうになりながら何度も何度も頭を下げた。
「……あ~、とにかく方針は決まったという事で、まずはランクイロ、明日は頼んだよ。一応船長にも話はしておいて」
「は、はい!」
「という事はじゃ、この国での酒を味わえるのは今夜が最後かもしれぬという事じゃな!」
「おい、もしかして今から酒場に行くとかじゃないだろうな?」
「うむ、そのつもりじゃ。良いことをしたのじゃから許すがよいぞ」
きっぱりと言い切るカナンカに全員が呆れた。
まったくいう事を聞き入れてくれないカナンカにはもうランドルフもお手上げだ。
「ウィステリア」
「はい……」
「すまん……」
「いえ……」
ランクイロは会議が終わると、明日の朝から活動するのに付き合わされては敵わないと、いまだに泣き続けるハーディーを連れて窓から出ていき、月灯りが照らす街を隠れながら翔けて自分の宿へと戻っていった。
「ジャファール……、これも貴方の作戦なの?」
客のいなくなった自分が営んでいる酒場で一人酒を飲みながら呟くトリーチェ。
彼女は恋人が捕まったと客から聞き、衝動に身を任せてペティーロン宮殿へと一人走っていこうとしたが、途中でフーテンの仲間に止められて店へと戻っていた。
「ジャファール……」
トリーチェは目に薄っすらと涙を浮かべ、恋人の無事を祈っていた。
そんな時である。
「失礼するぞ」
入り口から入ってきた予定外のお客に、トリーチェは涙を拭いて対応する。
「ごめんなさい、折角来ていただいて申し訳ないのだけれど、もうおしまいなの」
「むっ、掛札を見て入ったはずじゃが?」
「あらやだ、私ったら閉めるのを忘れてたみたいね、ごめんなさい」
「カナンカ様、帰りましょうよ」
「まぁまて、開いているのはここが最後だったのじゃ、もう少し粘ってみる」
「もうっ!」
小声でウィステリアがカナンカを引き留める中、トリーチェは慌てて入り口に向かい、札を反対に向けて看板を片づけた。
トリーチェが店内に戻ってくると先ほどのお客がまだ立っており、連れの女性が腕を弱々しく引っ張っている。
「ふむ、おぬし、泣いておったのか?」
「見られちゃいましたか? ちょっと今はそういう気分なの」
「ほら、迷惑ですって、帰りましょうよ」
「良ければ我が話を聞いてやろう」
「ちょっと! 何を言ってるんですかっ!」
ウィステリアがカナンカの腕を力強く引っ張るがびくともしない。
「……そうね、折角来てもらったんだし一杯だけでもいかがかしら」
「うむ、馳走になる」
「あぁ~、もうっ!」
ズルズルとウィステリアが引っ張られていき、カナンカが席に座るとウィステリアも強制的に座らされてしまった。
「金はこれで良いか?」
カナンカが先に銀貨を一枚取り出してテーブルの上で滑らせ、女主人の前に差し出した。
「ちょっと多いけど、いいのかしら?」
「何、迷惑料とだと思ってくれ」
「ふふふっ、それじゃ遠慮なく。何を飲みます?」
「お任せしよう」
「それじゃ、気にかけてくれる貴女に美味しいのを作ってあげる」
トリーチェは銀貨を受け取ると、カウンターへ向かい用意し始めた。
「変な所ばかり真似して、いいですか、余計な事だけは喋らないでくださいよ?」
「わかっておる」
小声で話す怪しい二人。
トリーチェは気にせずにお酒を混ぜ、カクテルを作り出す。
「ふむ、ここは普通の酒場とは違うのか」
「ここはそのままのお酒を出すこともあるけど、混酒が主ね」
「果実酒などは我も好きじゃぞ」
「それはよかった。はい、どうぞ。果実酒とはちょっと違うけど、今の私の気分を変えたいときに飲むといいかもしれないわね」
ちゃっかり自分の分も作っているトリーチェ。
「おぬし、名は?」
「トリーチェよ」
「我はカナンカと言う」
「ちょっと! 早速何言ってんですか!」
「カナンカ……どこかで聞いた名前ね。話し方と言い、従者を連れている事といい、偉い人か有名人なのかしら?」
「そのようなものだと思ってくれてかまわぬ」
「ふふっ、余計な詮索はしないでおくわ」
「うむ、それでよい」
「もぅ!」
「従者さんのお名前は聞かない方がいいのかしら?」
「こやつはウィステリアという」
無言でカナンカの口を抑えにかかったウィステリアだが、カナンカにかわされてあっさり名前を暴露されてしまった。
「お役目を果たせずごめんなさい……」
「そう気を落とすな」
「貴女様のせいなのですがっ!」
「ふっふふっ! 面白い従者さんですね」
「じゃろう? 我の腹心なのだ」
「……もうっ、知りませんからね!」
不貞腐れるウィステリアだが、カナンカに腹心であると言われてちょっぴり嬉しそうである。
「それでは頂くとしよう。静かな夜に三人で飲めることに乾杯じゃ」
「乾杯」
三人一緒にマグに入ったカクテルに口を付ける。
「酒精は強めに薬草の入ったお酒とは中々」
「非常にすっきりとしていて辛さもすぐに消えますね」
「ありがとうございます」
口元に手を当てて上品に笑うトリーチェ。
「それで、気は紛れたかの?」
「えっ? あっ……」
トリーチェは言われて気が付いたとばかりにカナンカの方を見つめる。
「クックック、ランドルフがいつもよく使う手じゃ」
「手ではなく口ですけどね」
「その言い回しもランドルフがよく使うの」
もうこうなったらやけだとばかりにカナンカを信じて半分役目を放棄しだしたウィステリア。
「して、何故泣いておったのか聞いてもよいかのぉ?」
「お優しいカナンカさんにならちょっとだけ話をしてもいいかしら」
「うむ、よいぞ」
「ありがとう。私、恋人がいるんだけど、ちょっと仕事で無理をし過ぎちゃって困ってるのよ」
「働き過ぎか? ランドルフはいつも働き過ぎはよくないと言っておる。心身の十分な休養から労働力が生まれるらしいぞ」
「そうかもしれないわ。あの人は休養を取るのが下手なのよ。取り方もね」
「体でも壊したのか?」
二人の会話を黙って聞き、ゆっくりとお酒を飲んで陰に徹するウィステリア。
「そうじゃないんだけど……」
言葉に詰まるトリーチェ。
「言えぬことか」
「……」
黙ったトリーチェの目に再び涙が浮かび始める。
「彼の、仲間が……何とか助けようと、動いてるんだけど……、もうだめかもしれない」
涙が頬を伝って顎の先からテーブルにポトリと落ちる。
その様子を見たカナンカとウィステリアは何も言えなくなってしまった。
ウィステリアがそっとハンカチを差し出すと、トリーチェは受け取って涙を拭いた。
「ごめんなさい、こんなことを話しても、意味なんてないのにね。手巾ありがとう」
「いえ……」
「話して気が楽になる事は多いとランドルフも言っておった。泣くこともじゃ。気がまぎれるならば好きに泣くがよい。我らはそれを馬鹿にしたりなどせぬ」
「……そのランドルフって人は、貴女の想い人なの?」
「うむ、婚約とやらをしておるぞ」
カナンカがドヤ顔で言う。
「そうなの……、ぜひ大切にしてね」
涙をもう一度拭いてハンカチを折りたたむ。
しばらく沈黙が続き、トリーチェは相手が身分の高い人ならば、藁をも掴む気持ちで助けてほしいと頼んでしまおうかと悩んだ。
「彼はね、この国の貧困層をできるだけ無くそうとしているの。仕事を斡旋したり、子供には読み書き計算や戦う術、新人の狩人には模範となって実践してみせたり、立派な人なの。この酒場でも何人か彼の紹介で働いている子はいるのよ?」
「なかなかの人物じゃな。ランドルフもそういう仕事をしているが、いつも頭を悩ませて苦労しておるぞ」
「私の彼もいつも悩ませているわ。でも仕事では厳しいけど、終われば優しいのよ? 私と同じ猫の獣人なんだけどね、偶に語尾にニャってつけて猫の真似をするの。それが全く可愛らしくないのよ?」
「そうなのかニャ?」
「そうそう、そんな感じ」
トリーチェは真似をしたカナンカに微笑んで答えた。
「まるでフーテンと同じ話し方じゃな」
「っ!? 彼を知っているの!?」
「むっ?」
フーテンと聞いて思い切り食いついたトリーチェに首を傾げるカナンカ。
「えっ、あっ、彼ったらフーテンの話が好きなのよ。会ったことがあるのなら彼の話を聞かせてもらえたりしないかしら。他のお客さんからもよく聞くのだけれど、直接彼にあった人はいなくて」
「……ふむ、そうであったか」
「……」
ウィステリアは今の流れでいきなりフーテンに食いつくのは状況的に絶対に恋人がフーテンで、その内容で話を逸らすのは無理があるだろうと思いつつトリーチェの方を横目で見ていた。
これ以上関わるのは不味いかと考えるものの、これから助けるつもりだと安易なことを言って安心させるのも酷だと思った。
何せ自体が悪い方向に進んだ場合は見捨てるつもりだとランドルフは言っていたのだ。
「ちなみに役人に捉まったらしいフーテンはランドルフが助けるつもりじゃぞ」
「は?」
「へっ?」
ウィステリアはお酒を飲もうとした口を開けたままポカンとした表情で固まってしまった。
そしてすぐに我に返ると椅子を倒して勢いよく立ち上がった。
「おぃ~! 流石に何言ってんですかっ!」
「何をするのじゃ!」
先程のウィステリアの思いも虚しくカナンカがあっさりとばらしてしまった。
流石に黙っていられなかったのか、思いっきりカナンカの頭に立ち上がってチョップをいれる。しかしダメージを負ったのはウィステリアの手の方だった。
「何をするのじゃはこっちの台詞ですっ! なぜそんなに簡単にばらすんですか! 私、ランドルフ様にお仕置きされますよ! もうこうなったら詫びて自害するしかないじゃないですかっ!」
「いや、そうはならんじゃろう。我が謝れば許してくれるぞ、何せ婚約者というやつじゃからな!」
カナンカのドヤ顔にイラっとしたウィステリアは絶望する言葉を吐く。
「禁酒一か月」
「なぬっ!」
「いいや、一年かもしれません」
「まてっ、それでは我が死んでしまうぞ」
「貴女様はそれほどの事を言ってしまったのです」
「ばっ、馬鹿なっ!」
今度はカナンカの方が唖然とした顔で固まってしまった。
そこで間に入ってきたのは再び涙を浮かべたトリーチェだった。
「あの、本当にジャファールを助けてくれるの?」
「ジャファール? 助ける予定なのはフーテンじゃが」
「フーテンは私の彼氏なの! 彼の本当の名前はジャファール、ジャファール・ニャ・カーン! お願いです、彼を助けてくださいっ!」
堰を切ったように助けを求め続けるトリーチェ。
涙を流し続ける彼女が落ち着くまでしばらく時間を要した。
お読みくださいましてありがとうございます!
次回も遅くなる予定でございます。
申し訳ないっ!




