200話 独房での昔馴染みの語らい
前回のお話:フーテンが捕まったらしい。それを知らないランドルフは暢気に観光していたようだ。
お久しぶりです。
首都から遠くにある砂漠が月を半分隠し、溢れる光が砂漠を神秘的に見せる夜の事。
とある場所にある地下の独房にルキエピスが訪れていた。
監視員に話しかけ、中にいる男と二人だけで話がしたいと言うと、渋い顔をしながら監視員が去っていった。
鍵を開けて暗がりな独房の中に入ると、真ん中に建てられた柱に男が一人厳重に鎖で縛り付けられている。
「久しいな、ジャファール。まさか怪盗フーテンがお前だとは思わなかったよ」
「義賊だニャ!」
「ニャ?」
怪訝な顔をしながらルキエピスが首を傾げると、フーテンが何でもないと呟く。
「率直に聞くが、なぜこんなことをした」
「お前の良くない噂をよく耳にするからだ」
「ほう……、これでも私は良識者で通っているのだがね」
「表の顔はそうでも、裏では敬虔な信徒を無償で働かせ、しかも悪事に加担させているそうではないか。脱税、横領、商人とも癒着しているな。ガエターノとも知り合いのようだ」
「私はそんなことをした覚えもさせた覚えもないが……」
「メロファクトと繋がってるんだろう? 知ってるぞ、400年前の遺物を使って企んでいることもな。あの鉄の塊はなんだ?」
ある程度の情報は掴まれていると感じたルキエピスは仕方がないと話し出す。
「メロファクト司教にはただこうして欲しいと頼んだだけだ。やり方についてまでは関知していない。悪事を働いているのなら証拠を集めてメロファクト司教を告発するが?」
「捨て駒か、反吐が出る」
「そう言われても私は知らんよ」
「まあメロファクトは叩けば埃がでるから後回しでもいい。あの遺物はなんだ?」
「さあな?」
「惚けるな、証拠は揃ってるんだ、芋ずる式にお前も引きずり出してやる」
フーテンに睨みつけられたルキエピスは、お互いにしばらく見つめ合ったあとため息を吐いた。
「なあジャファール……私もお前もカルーウィン王国の末裔だ」
「それがどうした、もはや王国はとっくの昔に滅んでいる。そんな昔の事を持ち出されても今の吾輩には何の関係も無い事だし何の感慨も湧かん」
「はぁ……。正直私もそうだった。だが、私はあの貧民街で育った。お前もそうだ。王族や貴族の末裔だと言うことであの島に閉じ込められ、今もなおそれが当たり前のように続いている」
「それがどうした。大司教様ならいつも教えを説いてるんじゃないのか? 彼らに罪はない、すでに許されていると」
「そうだな。だが彼らはあそこを離れようとしない」
「長い間住んできた土地をそう易々と放り投げることができる者ばかりじゃない」
「だとしてもだ。自らの手で安寧を得ようともしない、いや、やろうとしても命懸けだ。ドブネズミの吹き溜まりのように、流れ者や犯罪者共の巣窟になって弱い者は殺されて淘汰されている。まじめに働いても奪われてすぐに失う、そんな状況だ」
「そうならないようにしようと吾輩は動いている」
「そうだな、お前は立派だ。だがそれだけでは足りないんだよ」
それはフーテンも思っている事だった。自分と同じ思いを感じている人はほんの一握りだけで、他は考えている余裕すらない。
「私はあの環境が嫌で島を抜け出してこうして教団に入った」
「……そうだったな」
二人とも若い頃を思い返して思いに耽っているようだ。
「……逃げたわけじゃない。ただ教団の力を利用して私も治安を良くしようと思っただけだ。だがいざ入ってみて、司祭になった時に私は気が付いた」
「メロファクトみたいに腐った奴が沢山いるって事か?」
「それもあるが、ほんの一部だ。それよりも問題なのは、敬虔な信徒程頭の中がお花畑だという事だ。上からの指示にしたがい、自らは何も考えずに言いなりになるだけ。教団の教えを鵜呑みにして矛盾があったとしても目を逸らす。誰も考えようとはしない」
「皆が皆そうじゃないだろう」
「そうかもしれない。だがその数が多すぎる。何度教えを説いても彼らは考えようとも動こうとしない。何かあれば直ぐに天竜天竜と祈り始める。ゆえにメロファクトのような業の深い物に利用されていると気が付かない。そしていざ滅亡の危機に瀕したとしても天竜が助けてくれると本気で信じてやがる。偉くなってからは余計に感じるようになった」
「それは大司教様のお言葉としてどうなんだ?」
「大司教だからだ。お前にはわからないかもしれないが、どいつもこいつも口では何とかしないとと言うだけ、あるいは祈るばかりで能動的に動こうともしない。そんなお花畑な頭をした連中ばかりが暢気に暮らし、生きていくだけでも大変な貧民街の連中は必死に頭を働かせてずる賢く動き回るが、上手くいっても油断をすればすぐに魔物の餌だ。それはおかしくないかと私は思ったわけだ」
うんざりした顔で言うルキエピスの気持ちはわからない事もないが、あまりに独善的な考えにフーテンも対抗する。
「おかしいのはお前の頭だ馬鹿が、一方的すぎる。街の人達を見ろ、酒場には行ったことあるのか? 敬虔な信徒でもちゃんと働いている人は皆考えている」
「そう言う奴らも結局は自分の事だけで他に目を向ける事はしない」
「思い過ごしだ。そもそも権力者のお前なら貧民街を何とかしようとすればできるだろう」
「やったさ、改善していこうと必死に訴えた。でも上も下も言い分はこうだ。それも島の連中の自由でしょう、とな」
「……っ!?」
フーテンも感じていたところがあるのだろう。二の句を告げなかった。
「それに、強硬に改革を始めたとして、お前は歓迎してくれるのか?」
「まずは話し合いからだな。ガエターノの奴は絶対に断るだろうが……」
「そこだ。それで争いになればどれだけの犠牲が出る」
「そこまで考えていて被害を気にするのか。ご自慢の赤頭巾や戦士たちを動かせばすぐに終わるだろう。吾輩も協力するぞ」
「違うな。動かせば相手が一方的な虐殺になるのは目に見えている。すでに汚れているとはいえ、生まれ故郷を更なる大量の血で穢すのか? それも一考だな。だが絶対に教団からは邪魔が入る。竜人種は基本的に争いを好まない」
「……」
確かに虐殺になるだろうとフーテンも考えた。そしてそれはその後の統治をやりにくくし、遺恨を残すこととなるだろうとも。下手をすれば泥沼な戦いが長い間続くことにもなりかねない。
「それにガエターノ達は徹底的に反逆するだろう。何せ、自分の地位が脅かされるんだからな。非道な手も好んで使うかもしれない。商人たちは金を貰えれば相手が悪者だろうとコソコソと動くぞ? そうならないために遺物を使って力を見せつけて心の底から屈服させるのだ」
「遺物がちゃんと動くとは思えないがな」
「動くさ。資料を何度も読んだが高名な錬金術師が魔法陣を幾重にも重ねて作った、対竜滅兵器なんだからな。竜の攻撃にも負けないように頑丈な造りになっている。実際にものを見たが、長い間海に沈んでいた割にはどこにも腐食や歪みはなかった」
苔むしてはいたがとルキエピスが呟いて補足する。
「それをガエターノ達に使うのか?」
「それでは結局虐殺するのと同じではないか。結局は身内が邪魔をする。実際に使用はするが見せつけるだけだ。こんなものが海に眠っているとわかった連中は果たして動くのか……。それでペレシュド島の事に目を向けさせられればよいのだが……」
「動かなかったらどうするつもりだ?」
「そうなれば一度滅ぼしてしまうのも手かもしれないな」
「なにっ!?」
「何の価値もない。我々の先祖が負けて島に追いやられたのは、何もしないクズどもにのうのうと暮らしてもらうためではない。父や母が辛い暮らしを強いられていたのは、クズどもの代わりになる為ではない!」
叫びながら目をギラギラとさせてフーテンを睨みつけるルキエピス。
「それでも、他にやり方はいくらでもあるだろう。例えば、慈善事業に精力的に働きかけるとか」
「それはいつだ?」
「なに?」
「いつになれば人々の意識が変わるのだと聞いている」
「……10年、20年はかかるだろう」
「話にならないな。私は既に訴え続けてきたが、その間にお前のように現状を変えようとする優秀なものが日の目を浴びずに何人死ぬんだ? お前はそのすべてを助けることができるのか?」
「……」
ここですべては無理だとは言える状況ではなかったので黙ってしまった。
「私には無理だった。あろうことか手を差し伸べても噛みつかれる始末だ。成功した事もあるが、大抵は力を見せつけて脅し、そこから従順に仕立て上げていくしかなかった」
「仕立てた結果が赤頭巾というわけか」
腹を刺した子供の事を思い浮かべる。
よくもまあ従順で強かに育て上げたものだとフーテンは皮肉にも感心していた。
「そうだ。それに、万が一、滅んだあとをまとめ上げる筋書きはできている」
「教皇選定……指導者は既に決まっているというわけか?」
「そんなところだな」
「新しい国の王にでもなると?」
「彼らが変わろうとしないのなら……そう思ってもらっても構わない。他にも何通りかのやり方は考えてあるが、変わろうとしないのなら一度滅んだ方が手っ取り早いだろう?」
「下衆がっ!」
「ジャファール、私と一緒に一から国を変えよう。そして今度こそ本当の意味で自由に人々が意見を言い合い、考え、より良い方向に進む国にしよう。そのためには祈れば救われるなどという考えに縛られない教育を施していくのだ。お前にはペレシュド島との懸け橋になってほしい」
「お前は人々を縛り付けているハムシンカム教という鎖を壊したいんだな……」
「……どうだ?」
「断るっ!」
お互いの目を見ながらフーテンはたっぷり間を置いて考える。
「……ジャファール。私は人族、そしてお前は獣人族だが、今この国の人口の六割から七割は竜人だ」
今更それがどうしたとフーテンが視線だけで答える。
「その竜人も400年前は三割にも満たなかったらしい。そこから大きく増えたおかげか、我々の人種は随分と肩身が狭くなった。竜人は我々に比べて身体的な能力は優れている。だがハムシンカム教の教えがその能力を抑えているとも思わないか? その優れた身体能力は私も認めている。だが精神が高潔すぎてそれを活かしきれていない。自由を謳いながら自由を抑圧している矛盾が発生しているのだ。彼らの中で自由とは即ち完全なる平和の中での事で、発展のための競争ですらも好まれていない。それでいいのか?」
竜人種のほとんどは魔族ほどではないものの、身体能力は優れている。だが彼らは元々温厚で争いごとを好まない。それにプラスして教団の教えが発展と競争を抑制している。
教えに従っている方が楽だからだ。
しかし彼らも、一度これだと決めた事に関しては覚悟をもって挑むこともある。
だからこその400年前にカルーウィン王国が亡びたともいえるのだが……。
「いいや、違うな。彼らに国を良くするという気がないならその気にさせてやればいい。お前が言う不正を働いている人間もメロファクトをはじめ、そのほとんどが竜人種以外の人種ばかりだ。だが不正があるかもしれないと疑っていても告発などの行動を起こさない。目立った争いもなく、余計な軋轢を好まない。平和とは心地の良い言葉だが、何事も過ぎれば毒となる。毒はやがて国を蝕んで崩壊させるぞ?」
「……」
「そうならないために私は利用できるものは何でも利用するつもりだ」
たとえ枢機卿や教皇でさえもな、と小さくルキエピスは呟いた。
しかしその呟きは頭の中を整理していたフーテンには聞こえていなかった。
ルキエピスは停滞気味のこの国を変えていこうとしている。しかしフーテン自身はどちらかと言えば争いの少ない方がいいと考えているので、理不尽な事がなければ今のままの国でもいいと思っている。
だが、確かにルキエピスのいう事もわかっていた。
争い事に対して熱があるのは、国を守るという使命を持っている戦士たちだけで、市民たちとの温度差があると。そして緩やかな衰退も……。
しかし、だからといってルキエピスの独善的な思想だけで無関係な市民が危機にさらされてもいいのか?
国が混乱し、昔の吾輩たちのような明日死ぬかもしれない生活をさせるわけにはいかないはずだっ!
「やり方は違えど、昔語ってくれた貧困層を無くす気持ちはどこへ行った?」
「気持ちは変わっていない。私一人ではあの島を改善するのは無理だ。先ほども言っただろう。私が訴えても、彼らは動かない。島で暮らすものの自由だと言ってな。悪人たちはその足元をみて好き勝手に国を腐らせるのだ。人の欲が悪いとはいないが、欲にどっぷりと浸かった者は味を占めてまた次に悪さを働いて行く。このままでいいのかジャファール」
問いかけられたフーテンは黙ったまま、また考え始めた。
「……そうすぐに答えは出んか。明後日まで待とう。判決は既に決まっているが、実行日を引き延ばすくらいは可能だ。それまでによく考えておくことだな」
そう言ってルキエピスが独房から出ていった。
「どうしてそれほどまでに……。吾輩は……、トリーチェ……」
独房の鉄格子から差し込む月の光が、静かにたたずむフーテンを照らしていた。
お読みくださいましてありがとうございます。




