もたらされた情報
「実は、このことをセディに話すかどうか、陛下も迷っていたらしいんだ」
リーデスは苦笑を伴い俺へと告げる。
「本当はその辺の説明をしてから任務を行ってもらうつもりだったらしいけど、君の仲間が現れ時間も無かった。だからやむなく強制的に、という話らしい」
「……俺って、そんなに信用ないのか?」
そんな質問を俺はぶつけてみた。するとリーデスは首を傾げ、
「信用?」
「俺は大いなる真実に関することで勉強中の身だけど……エーレのことについては信用することにしているし、従おうと思っている。で、俺としては別に気にしていないというのが回答なんだが……エーレから見ると、怒ると思っているのか?」
「親しき仲にも、ってことじゃないかな? まあ、その旨は伝えておくよ」
笑いながら語ったリーデスは、表情を戻し改めて説明を加える。
「で、囮役という点だけど……そんなに難しいことをする必要はない。目先の任務を調べていけば、いずれ敵方と戦う時も来るだろう。そこでシアナ様を守ってくれればいい」
「無茶苦茶大変な気がするが……というかそもそも、シアナの技量なら守る必要なんかない気もする……」
「何が起こるかわからないからね。単独行動しないようにだけは、注意していてくれ」
形は違えどカレンと似たようなことを言う……まあ、魔王の妹だ。エーレを含め魔族達も心配しているのだろう。
加えて、彼の瞳の奥には何やら懸念を抱いているように感じた。あれほどの技量を持つシアナに対して、不安を抱いている様子――
「しかし、よくエーレが了承したな」
考えつつ、俺はリーデスに話題を振った。
「安寧としていられない……というのはわからないでもないが、まさかシアナが」
「セディのことを気にしてじゃない?」
「そこに結びつくのか……まあいいさ。エーレのことだ、シアナを通じて何か策略があるのかもしれない……とにかく、指示には従うさ」
「助かるよ」
「で、これからの任務についてだが、具体的には?」
「マヴァストにいる、西側の国の勇者達の話だ」
「勇者?」
「群雄割拠の西側も勇者というのは存在する……もっぱら、魔物や魔族ではなく人間相手に戦う連中だけどね」
「それはわかっているが、彼らが何かあるのか?」
「噛み砕いて言えば、彼らの中に魔族幹部が使っていた武器を使用している者がいる」
「幹部が……?」
なるほど、それならエーレが調べようとするのも理解できる。
「本来はもう少し泳がせておくつもりだったのだけど……セディの件もあるし、それに合わせて調べることになったというわけ」
「そうか。で、幹部の武器というのは?」
「より正確に言わせてもらえば、幹部が武器として使用していた体の一部、とでも言えばいいのかな」
「一部?」
聞き返す俺。リーデスは「そうだよ」と答え、説明を始めた。
「ほら、以前修復とか浄化の魔法が魔族は苦手って話をしただろ?」
「ん、ああ。言っていたな」
「その関連で、魔族は武器を作る能力とかもあまり向いていない……ゼロじゃないし、実際魔族の中にはファルーガという有名な鍛冶師もいたりする」
「魔族が鍛冶師……」
また認識が変わる……けど、彼の口上から例外なのだとは理解できる。
「そうした存在は非常に稀で、創った武器もしっかりと管理される……で、幹部を含め魔族達はどうするかというと、体に眠る魔力を変形や変化させ武器を作るというわけ」
「そうなのか……体の一部を使っているのは、武器が無いことの裏返しだったわけか」
なんだか悲しい話だ……まあいい、その辺は置いておこう。
「で、その魔族の一部が出回っていると?」
「そう。しかも調査によると既に滅んだ魔族の体だった……勇者が魔族を滅ぼせば当然魔族は塵となるけど、それ以前に分離した体の一部は結晶化するため残る。それらを、どっかのバカが人間へ横流ししているというわけだ」
魔族の体の一部を……そう考えるとすごい話だ。
「なあリーデス……これは、あの天使の騒動みたいに実験的な意味合いなのだろうか?」
ふと、俺は思いついたことを口に出す。
「ジクレイト王国の件も実験という意味合いがあったし」
「……僕の私見を述べさせてもらうと、敵は来たるべき戦いのために準備している印象を受ける」
「準備?」
「ああ。来たるべき陛下や神々との戦いに備えて……ね」
「そんな馬鹿みたいな真似を?」
「あくまで僕の意見だよ……で、実験を繰り返し陛下に対抗できる技術を探している、という感じかな」
「だから至る所に敵の魔の手があると……」
「正体は不明だけど、ロクでもない奴であるのは確かだね」
肩をすくめて語るリーデス。それに俺は同意し、深く頷いた。
「任務については、以上となる……あ、資料は所持しているけど、君の仲間に見られるとまずいよね? どうする?」
「……そんなに量が多くなければこの場で憶えるけど」
「そう? じゃあどうぞ」
そう言ってリーデスは懐から書類を取り出す。数は三枚……多くはないが、この場で憶えきれるのかどうかわからないな。
「ありがとう」
礼を言いつつ受け取り、目を通す。そこには武器を所持している勇者の詳細が細かく記載されていた。
さすがに全部は無理だな……思いつつ、とりあえず名前と簡単なプロフィールくらいは憶えようと読み始める。
「しかし、ちょっとばかりヒヤヒヤしたよ。君のことを仲間が心配していたようだし、分かれてくれないと思っていた」
――そうリーデスが漏らし、俺は目の動きを止めた。
「……ちょっと待て、仲間がバラけるのは予定の内だったのか?」
「ん? ああ、そうだよ。陛下はシアナ様にそう指示しておいたらしいけど……」
「理由は?」
「実は、女王アスリから要請があったんだ」
アスリ――ジクレイト王国の、女王。
「君が仲間達を迎え撃つ時、幹部を通して彼女から連絡があった。国内で、以前の事件に関連する案件が発生したらしい。それは捨て置けないということだったんだけど、前回騎士が裏切った経緯から、できれば大いなる真実を知る魔族幹部か、陛下自身が信用できる存在を派遣してもらえないかと言われたんだ」
「それで……俺の仲間を?」
「提案したら二つ返事で了承したよ。君の仲間達は当然大いなる真実なんて知らない……けど、彼らは君のために動いている。ジクレイトで起こった事件だってセディに関わる案件だ。だから少なくとも裏切るような真似はしないと考えたわけだ」
「……あんまり、感心しないな」
俺が書面から目を離し言うと、リーデスは苦笑した。
「君にとっては、自分自身のことより仲間を勝手に扱われることの方が不快、というわけか」
「……管理のために必要なら、俺だって理解はするさ。それに、ミリー達だって喜んで協力するだろう……けど、事前に知っていればもう少し仲間達にフォローできたかもしれない」
「その点については、謝るよ」
リーデスが頭を下げる。それでも多少引っ掛かるものを感じたが……とやかく言っても始まらない。話を戻そう。
「わかった……で、俺はこの資料にある勇者を探せばいいのか?」
「そうだね。できれば敵の尻尾を掴んでくれると助かる」
「期待はしないでくれよ……」
俺は再度目を通し、ある程度憶えたところでリーデスに資料を返した。
「とりあえず重要な部分は憶えた……後は、現地についてどうにかする」
「了解。ま、僕も監視するつもりだし、何かあったら言ってくれ」
「それならシアナの様子を……仲間のカレンが監視しているから、大丈夫だと思うけど」
「シアナ様、大変そうだね」
「まったくだ。申し訳ないよ」
俺が言うとリーデスは笑う。なんだか、俺達の動向を面白おかしく見ているような気配も漂わせるのだが――
「あ、そうだ」
突然リーデスは真顔になり、手をポンと叩いた。
「セディ達はしばらくここで足止めだろう? その間にと言ってはなんだけど、任務に関係して一つ情報がある」
「情報?」
「ああ。陛下に報告するようなレベルでもないから話してはいないんだけど、配下の悪魔から変わった報告があったんだ。この街から北へ行くとマヴァストに到着するわけだけど……少し進路を外し北西、山方面に進むと山賊の根城があるらしい」
「山賊……か」
そういう集団がいるのは珍しくはない……特に小国では。騎士を派遣するにも限界があるし、そういう奴らが出てしまうのも致し方ない部分。
「で、その山賊なんだけど……どうも今回、マヴァストが行っている捕り物と少しばかり関わりがあるらしい」
「何?」
俺はリーデスと目を合わせる。対する彼は腕を組み、決然と告げた。
「捕り物の内容は、国から宝物を盗んだ人物達の捕縛。もしかすると、主犯者達はそこへ逃げ込むかもしれない。だから先んじて根城を潰しておけば、事態収拾も早くなり、任務に行くことができるんじゃないかな――」