女神の剣
街道を進むこと自体、特に問題は起きなかった。まあ、ただ歩くだけで騒動が起きるのも勘弁願いたいのだが……とにかく、至って平穏。
このままマヴァストへ行ければという風に思ったのだが、どうやらこの旅はすんなりと目的地へは行かせてくれないらしかった。
「えーっと、通行止め?」
マヴァスト王国へ入る手前の宿場町。俺達は宿を取り食事のため店を探していた時、尋ねた露天商から話を聞いた。
「ああ、マヴァストで大規模な捕り物があったらしくてなぁ。現在は国境を封鎖し、逃げた面々を捕らえようとしているらしい」
――どうやら、マヴァスト国内で騒動があるのは間違いないらしい。もっとも、この件と王が語った件が繋がっているのかわからないけど。
「となると、それが収まるまでは……」
「立ち往生だな。宿代はあるか? なけりゃ、仕事を探すしかないな」
そう言って露天商は笑う。俺は「ありがとう」と告げ、後方にいるカレン達に視線を送る。
「だ、そうだが……どうする?」
「ひとまず、お店を探してから考えようよ」
カレンからの提案。俺は「そうだな」と同意しつつ、そこから再度店探しを始めた。
それから見つかった店に入り、席に着く。四人掛けなのだが、俺とカレンが隣同士に座り、シアナがカレンと対面……旅が始まってからの、いつもの構成。
「先ほどの話、どうしましょうか?」
注文してから、シアナが問う。彼女の中では騒動と任務のことが結びついているのだろうか……訊いてみたい所だが、カレンのマークが強く、二人きりになるような機会もないため難しい。
「無難なのは、ここで情報を集めることだと思う」
質問に対して答えたのはカレン。それは至極もっともなのだが――
「でも封鎖されている状況だろう? 情報なんて得られるのか?」
人や物の流れを止めている以上……けれど、カレンは頷く。
「現状を知らずとも、捕り物がどのような内容なのかを調べるくらいはできると思う」
「ああ、そうか。で、王様が言っていたことと関係あるのか、類推することができるかもしれないな」
「では、情報を集めるということで」
最後にシアナが告げ……途端に、カレンが目を光らせた。
「早速、食事が終わり次第やるよ……シアナさんは、私と一緒に行動してもらうから」
「ええ、どうぞ」
あっさりと了承するシアナ。正直、ずっとこんな調子なのでストレス溜まらないのか不安だったのだが……彼女は、淀みなく答える。これには、感服するばかりだ。
できれば礼の言葉でもあげたいのだが……それをやると途端にカレンが不機嫌になるので、やらないようにしている。
……そこで、シアナの視線が一瞬だけこちらを向く。顔にはわかっています、と書かれていた。どうやら、こっちの意図を汲んでくれた様子。
すまない――そんな風に思いつつ、俺は無言に徹する。すると、
「では今回、セディ様はどうなさるのですか?」
話がこちらへ向いた。
「あ、俺? どうしようか……」
「情報収集は私がするから、兄さんは休んでいていいよ」
カレンが言う。んー、それもなんだかなあ。
「いや、俺だって動くさ」
「……でも」
「カレン、心配し過ぎだろ」
「魔族となってしまうような出来事に遭遇したんだから、警戒するに越したことはないよ」
本当に曲げないな、カレンは……こうなると説得するのは大変なのだが、
「私も、休むべきだと思います」
今度はシアナから提言が来た。
「ここまで休みなく来たわけですし……それに魔族から戻って以後、きちんと休んでいませんし」
まさか、彼女からそんな提案をさえるとは……いや、待て。ここは、彼女の言動自体に意味があると考えても良いかもしれない。
つまり――これまで俺はカレンとシアナの二人に集中していて頭が回らなかったが、魔族の誰かがこの旅に隠れて同行しているのかもしれない。さすがにこれだけの長期任務で俺やシアナを野放しにしておくのはまずいだろうし……とすれば、俺かシアナのどちらかが孤立すれば、干渉する可能性は高い。
「……二人がそこまで言うなら、お言葉に甘えさせてもらおうかな」
だから二人に従う。結果カレンは頷き、シアナは微笑んだ。その答えが、一番正しいというのが両者の雰囲気。
後はエーレ達から接触が来るのを待つばかりか……シアナも了承している事だし、ひとまずこれで大丈夫だろう。
方針が決まった時、料理がやってくる。俺達は適度に会話をしつつ食べ終え……店を出た。
そして俺は宿に戻り、カレン達は情報収集……カレンはご丁寧に部屋に入るまで付き添っていた。そこまで警戒するようなことでもないと思うのだが……彼女の好きにさせることにした。
と、いうことで早速暇になってしまった俺。連絡なんて本当に来るかもわからないので、とりあえず休憩するべくテーブルに備えられた椅子に座った。
「そういえば、俺の荷物とかどうしたんだろ」
ふと、カレン達と別れる前に所持していた荷物のことが気に掛かった。あの中には使わなくなった魔法具なんかがしまわれていたのだが……まあ、必要としていないので捨て置いても良かった。
けれど一つだけ――いつも読んでいた本だけは、少し気になった。名を『女神の剣』といい、実話を基に構成された魔族と戦う勇者の話だ。
その人物の名はラダンといい、俺達から見て百年ほど前に活躍していた剣士だ。魔物と戦っていく中限界を感じるようになり……それでも彼は少しでも上に進むべく努力を重ね、ついに女神から武器を授かった。
その後、暴虐の限りを尽くしていた魔族との激闘が始まり、彼は幾度となく倒した。その戦い一つ一つが記録として残され、小説として構成したのが『女神の剣』というわけだ。
ちなみに総数二十巻にもなる壮大な物語。その数は、彼が倒した魔族幹部の数を表している。
その中で特に好きな話を故郷から持ち出し、暇な時読んでいた……あれだけは、気になるな。
「カレン達は故郷に戻ったはずだよな……となると、屋敷の棚にしまわれているかな」
手元にない……そう思うと、少しばかり読みたくなった。
「よし、買いに行くか」
決断し、立ち上がる。カレンが何か言うかもしれないが……何もせず部屋にこもっていても気が滅入ってしまうとでも言えばいいだろう。本を買いに行くだけなのだから、問題ないはず。
俺は宿を出て通りを歩き出す。書店を見つけるべくしばらくうろつき、やがてそれらしい場所を見つけると急行した。
店に入り、早速本を探す。当該の物語はどこにでも売っているため、こうした宿場町でも売っている……はずだった。
「な、なぜだ……」
物語のある棚を見つけ確認すると……俺の欲しい巻が見事に欠けていた。そこだけピンポイント、というのは何かの嫌がらせだろうか。
失意の中店員に確認すると、取り寄せになるとのこと。なお悪いことにこの街に書店はここ一つしかないらしい。さすがに待ってもいられないので、今日の所は引き下がることにした。
「くそう……」
なんとなく悪態をつきつつ、店を出た。同時にため息を漏らし、限りない徒労感が体を襲う。
本一冊で……という意見はもっともなのだが、俺としてはそれが無性に欲しかったのだ。
「どうやって暇をつぶすかなあ」
別の話を買うという候補もあるにはあるのだが、さすがにお金がもったいない気がする……ちなみに金はカレンから貰い受けている。というか俺の荷物にあったお金をカレンが管理していて、それを返してもらっただけなのだが……旅をするうえで節約は必要だ。しかも、この場でしばし立ち往生で仕事の当てもない以上、余計にお金を使わないようにすべきだ。
「おとなしく寝ようか……」
そんな風に考えた時、ふいに前方で手を振っている人物が目に入った。気になりそちらを注視すると――
「あ……」
銀髪に黒い瞳。そして旅装姿の男性……って、リーデスじゃないか。
「あいつが連絡役か」
久しぶりに見た顔だと思いつつ、俺は彼に歩み寄っていく。すると彼は移動を開始し、一軒の店に入った。
俺はその場に着き、看板を確認。やや大きめの、雑貨店らしい。
とりあえず無言で入店する。結構な人が買い物をしていた。
木の床を踏みつつ、俺はリーデスを探す。少しして、壁の端で皿を物色している彼が見えた。
「……リーデス」
近寄り、声を掛ける。すると彼は俺を見返し、
「やっと連絡できたね……結構長かった」
「もしかして、ずっと監視していたのか?」
「まあね。もしもの場合ということで僕が」
「仕事はいいのか?」
確認すると、リーデスは「仕方ないさ」と答えた。
「どうにか他の幹部を回し対応している。この連絡役は、君が見知った魔族じゃないとできないしね」
「そうか……で、連絡内容は?」
「二つある」
そう述べた彼は突如腕を振った。瞬間、魔力の壁が俺達の周りを包む。
「簡易的な結界を張らさせてもらうよ。人々の思考を誘導して、ここに来ないようするやつだ」
「外にはカレンがいる以上見つかる恐れがあるから、店内で使ったと」
「そういうこと」
告げたリーデスは右手を俺にかざし、指を二本立てた。
「伝えるべき情報は二つ。なぜシアナ様が連絡係となったのか……そして、任務についての詳細だ」
「ああ、シアナの件は気になっていた。リーデスが言う以上、何か明確な理由があるんだな」
「そうだ。まあ、わかりやすく言わせてもらうと――」
語るリーデスは、神妙な顔つきとなって語る。
「陛下は今回のことを相当危惧し……自分達も安寧としていられないと断じた。そして、シアナ様が尖兵となることを申し出た」
「つまり……」
俺は彼が何を言いたいのか察し、口を開く。
「シアナ自身が動き、敵を誘う……囮役、ということか?」
こちらの問いにリーデスは頷く――どうやら、エーレは相当な厄介事を俺達に押し付けたらしかった。




