決闘と策略
と、いうわけで俺達は街を出てしばらく、街道から逸れ草原に赴いた。
山肌を近くに見ながら、俺は対峙するカレンとシアナを眺める。
「どのようなルールですか?」
まずシアナが問うと、カレンは俺を一瞥した後口を開く。
「先に訊いておくけど、シアナさんは前衛後衛で言えば、どっち?」
「どちらでも」
即答するシアナ。まあ、グランホークの居城で見せた戦いを鑑みれば、どちらかというと接近戦メインなのかもしれない。
「では、単純な決闘方式にしましょう。相手に負けを認めさせた場合、勝ちということで」
……それはカレンが納得しない限り終わらないのでは? と思ったが口には出さない。代わりに、
「なら、俺が審判をするよ」
と、手を上げた。
「明らかに決着がついた場合、俺が呼び掛ける」
「わかった。兄さん、お願い」
カレンはあっさり承諾し、シアナと一定の距離を置く。
「それじゃあ、早速始めよう……覚悟は?」
「いつでも」
自然体のままシアナは答える。その姿が余裕に見えたのか……カレンは苛立ったように顔をしかめた。
けれど表情をすぐさま戻し、シアナを見据える――実はカレンも、俺やミリーのように心得がある。とはいえ本格的な剣術ではなく、
「武器を使用するけど、問題ないよね?」
「構いませんよ」
シアナの言葉と共に、カレンは腕を振る。直後、右手に短剣が生じた。それこそ、カレンの武器。
敵が接近してきた際、上手くいなすような護身術。それが、カレンの主だった技術。とはいえ普段から使用しているわけではない。あくまで敵が近くに来た場合に備えた、保険程度のものだ。
戦法としては短剣で相手の攻撃をどうにか防ぎつつ、魔法により迎撃する……カレンは基本奇をてらった戦法は使用しないので、今回もおそらく同じだろう。
「私から行きますか?」
短剣を握ったカレンに対し、シアナが問う。表情や雰囲気からは余裕も不安も感じられない。ただ目の前の出来事を淡々と処理しようとする気配がある。
対するカレンは黙し、短剣をかざすだけ……ふむ、号令を掛けた方がよさそうだな。
「待った。俺が声を――」
そう告げた瞬間、シアナが駆けた。俺の口が止まり、さらに短剣を握るカレンの手に力が入ったのを、視界に捉える。
まずシアナは挨拶代りに手刀を放った。それは以前、グランホークの城で見せたものとは比べ物にならないくらいに、遅い一撃。けれど手に魔力がまとわりついているのは明確に理解でき、カレンはそれを短剣で弾いた。
腕と短剣が衝突し、硬い金属音が周囲に響く。すると多少衝撃が大きかったのかカレンは数歩後退し、対するシアナは立ち止まり……一瞬、俺のことを見た。
どうするのか――俺に、そう問い掛けているのだとわかった。なので、どう反応しようか瞬時に考えようとする。けれど、
「光よ!」
カレンの攻撃が早かった。生じたのは光の刃。それがシアナへ一直線上に襲い掛かる。
おそらく手刀で弾くこともできたはず――しかしシアナはそれを横に体を逸らして回避。光はシアナの後方を少し飛ぶと、空中で消えた。
「……なるほど、体術か」
カレンは声を発しつつ、警戒の度合いを強めたか厳しい目で短剣をかざす。反面、シアナは先ほどまでと表情を変えず、体勢を自然体に戻し、悠然とカレンを見る。
「カレン様は魔法使いだと思っていたんですが、短剣も扱えるんですね」
「……自分の身くらいは、自分で守らないと」
「確かに、同意します」
邪気のない笑みを浮かべるシアナ。興味本位で訊いているのだと俺にはわかったのだが、カレンがどう受け取ったかというと、
「……余裕だね、ずいぶんと」
「余裕?」
聞き返すシアナ。その態度もカレンを苛立たせる要因となる。
「……まあいいよ。それじゃあ、今度はこちらから行くよ」
カレンはさらに顔を険しくしつつ宣言。同時に、シアナが俺のことを一瞥した。どうすればと、再度問い掛けている。
――実際の所、カレンに勝ち目はない。彼女が今対峙している相手は、魔王の妹だ。魔王に比肩しうるかもしれないシアナに、全力で相対したとしても勝てるかどうかわからない。
なので、この戦いは実質シアナが主導権を握っている……こう考えるとカレンに申し訳ない気もしてくるが、決然とした事実なので仕方ない。
で、シアナの目で問うことに対する俺の答えだが、頷くことにした。彼女は俺の反応を見て、すぐさまカレンに視線を戻す。
「どうぞ」
シアナが言った直後、今度はカレンが走り込む。同時に左手に魔力を収束させ、
「断罪せよ――天帝の剣!」
カレンは魔法を解き放つ――って、ちょっと待て!
彼女が魔法を放った瞬間、周囲に濃密な魔力が現れる。その魔法は魔族幹部にも通用する、真紅の光を伴った紅蓮の剣。
左手の先から、凄まじい業火が発生する。もし直撃すれば、常人など即死するような威力……カレン、シアナを殺すつもりで放ったのか?
内心ハラハラしながらシアナへ目を移す。当の彼女は目の前の強力な魔法にも涼しい顔で、まず右手をかざした。
紅蓮の剣がカレンの腕から離れる。放出されれば恐ろしい速度でシアナを襲う――思った瞬間、剣がシアナへ撃ち出された。
俺は息をすることも忘れ、食い入るように見つめる。刹那、シアナの右手に魔力が集まる。まさかそれで防ぐつもりなのか――
驚愕する間に、槍と腕が衝突する。炎熱がシアナを包み、俺は思わず足を動かそうとした。
しかし、一歩踏み出した時――炎がかき消え、右手を突き出したシアナが出現した。
「……どうやら、試したようですね」
そして一言。直後、カレンの眉がピクリと跳ねた。
「先ほどの魔法、見た目は非常に派手でしたが、相当威力は抑えられていた様子……カレン様を含め、セディ様の仲間の方々は私を疑っていたようですし、ここで本性を見せないか試した、といったところですか?」
カレンは何も答えない。けれど顔は驚きに染まり、図星なのだと俺は察した。
そうか……ミリーの態度を見て、カレンもシアナが魔族に関わっているかどうかを試そうとしたのか。対するシアナはそれを見事看破し、手に魔力を集めただけで防ぎ切った。
解説に対し、カレンは表情を変化させ警戒の色を見せる。
「魔力探知が、得意なの?」
「ええ、まあ」
答えにカレンはシアナと目を合わせ、顔を変えぬまま硬直する。思考しているようだ。
シアナの行動を、カレンがどう見るか……表情を見れば良くは思っていないようだが――
「申し訳ありませんが、私とてセディ様のことが気になる身です。なので、いくら疑われようとも、去るつもりはありません」
ふいに、シアナが口を開く。
「しかし、皆様がお疑いになるのであれば、私は監視されても一向に構いません」
「……それは」
カレンの顔に、僅かな困惑が生まれる。面と向かって言われてしまったため、逆に狼狽えている。
「カレン様がお望みになるのであれば、指示にも従います」
そして彼女は、この決闘を無為にするような発言をした……結果、カレンはさらに呻くこととなり、肩を落とす。
「……本当、あなたはやりにくい」
「そうですか?」
小首を傾げるシアナ。本人はわかっていないのかもしれないが……今回の勝負で、一つ明確なことがある。
シアナは罠を看破し、負けてもいないのに指示に従うとまで言い出した……カレンにとっては、主導権を握るチャンスを逸してしまった。
つまり、カレンの大敗北だ。
「……わかった。それじゃあ私と一緒に行動してもらうから」
「はい」
笑みさえ浮かべながら承諾するシアナ。それを見たカレンは、一瞬だけ俺に目を向ける。
こういう態度が、兄さんを惹き付けたのか――そんな風に質問したがっている気がした。けれど口には出さない。俺に「はい」と答えられてしまうのが怖かったのかもしれない。
もしかすると、カレンの頭の中では色々と思考が巡り、例えば俺がシアナに対し……などと推測しているのかもしれない。実際の所は……まあ、色々あるけれど。
「それでは、改めて出発しましょうか」
最後にシアナが言う。俺も「そうだな」と返し、この場を取りまとめるべく手をパンパンと鳴らした。
「カレン、十分だろう? なら、マヴァスト王国へ向かうとしよう」
「……うん」
彼女はどこか元気の無い声ではあったが――おそらく、自分の目論見通りにならなかったせい――返事をして、シアナを見た。
当のシアナはニコニコしながら小さく頭を下げ「よろしくお願いします」と、再度カレンに挨拶を行う。
対するカレンは複雑な表情を浮かべ「こちらこそ」と返すのみ。完全に、シアナにやられた感じだ。
こんな調子で大丈夫なのか……内心不安を抱いたが、ひとまずなるようにしかならないと思い、俺はマヴァストへ向け足を動かし始めた。