第3話 出雲大社で願ったこと
完結です
再びバスに乗り、今度は出雲大社へ向かう。
「縁結びの神様」というイメージが強かったので、女性ばかりだろうと思っていたが、
若い男性の姿もあちこちに見えた。
もしかしたら、彼らにも「縁」を願いたい理由があるのかもしれない。
鳥居をくぐると、因幡の白ウサギを彷彿させる、可愛らしいウサギの像が出迎えてくれる。
玉砂利を踏みしめながら、凜として空気に心が引き締まる思いがする。
本殿が目の前に現れたとき、私はまた10年前のこの場所に思いを馳せた。
そう。
あの日は、めぐみ夫妻とこうすけくんと、4人でここを訪れた。
大きなしめ縄の前で一列に並び、それぞれに手を合わせる。
パン、パンと柏手の音が重なって、しばらくの静寂が流れた。
参拝を終えて振り返ると、めぐみがすぐに私のところへ寄ってきた。
「何をお願いした?」
にやにやした顔で聞かれて、私は少し考えてから答える。
「プロジェクトが成功するように」
私の答えに、その場の空気が凍り付いた。
本当は、彼女が期待している答えが何かくらい、分かっていた。
「未来の伴侶と幸せな家庭がつくれますように」とか、
「良縁に恵まれますように」とか、
そういう言葉を返して欲しかったのだろう。
沈黙を破ったのは、めぐみだった。
「私たちもいろいろあったけど、結婚っていいもんだよ」
それに続くように、テルさんが言う。
「熱出したときとか、看病してもらえるって安心感あるし。
年をとっても、こうやってお互いたすけあっていけるんだろうな、って思えるしね」
「そうね、私たちは、きっと最強カップル」
めぐみがドヤ顔で言い切る。その自己評価の高さに、私は相槌を打つタイミングを失う。
「こうすけくんは、結婚したい?」
めぐみが矛先を変える。その質問、今なら完全にハラスメント案件だなと、私は心の中で苦笑した。
「したいです。あ、でも相手誰でもいいわけじゃないですよ」
こうすけくんは、少し照れたように笑って即答した。
会話の流れが、そのまま私のほうへ向かってくる。
「よしこは?」
は? 私に振るか。
心の中でそう叫びながらも、逃げ場はない。
「私は、もう結婚はしない。離婚したとき、けっこう精神的にきつかったから。結婚する気力はないな」
できるだけ淡々とした声で答える。
いっきに、場の空気が重くなるのが分かった。
それでもめぐみは、慌てて明るい声を取り繕う。
「でもさ、いい人がいたら、したくなるでしょ?」
フォローのつもりなのだろう。
「いや、いい人がたとえいても、見るだけにする。
いい人とつきあうエネルギーが私には残っていない。
だから結婚もしない」
口から出た自分の言葉は、思った以上に冷たく聞こえた。
正直、この場は「もちろん。いい人がいたら結婚したいよ」
とでも笑って答えておけば丸く収まる。
でも、恋愛や結婚だけは、それができない。
周囲に期待を持たせるくらいなら、最初から本当のことを言ったほうがいい。
あとでがっかりさせるよりは、正直な気持ちを伝えるほうが、誠実だと思うから。
そのあと、ほとんど会話のないまま、私たちは車に乗り込んで帰路についた。
今、10年後の私は、その記憶を少し離れた場所から見つめている。
後悔は、していない。
あのときの私は、あのときの精一杯で、自分を守るためにそう答えたのだと思うから。
出雲大社の境内で、私はひとり、大しめ縄の下に立ち、静かに手を合わせる。
日本中の神様が集まるという神在月に、日本一有名な神様に向かって、私が願うのは一つだけだ。
どうか、この自由でしあわせな時間が、少しでも長く続きますように。
誰にも気を遣わず、好きな場所へ行き、好きなだけそこにいて、好きなときに帰る。
島根への旅は、過去の自分に会いに行く旅だった。
同時に、自分にとっておそらく最適な選択をしてきたことを、静かに確信する旅にもなった。
後で風の便りに聞いたところによると、こうすけくんは6年前、
職場結婚をして、今は2人の息子のお父さんになっているそうだ。
私はといえば、ネットカフェのリクライニングチェアに身体を沈めて、
スーパーで買った総菜と、島根ワイナリーで買ったワインを飲みながら、
そのことを思い出している。
誰かと人生を分け合うしあわせもある。
ひとりで誰にも気を遣わず、自由に生きていくしあわせもある。
私が選んだのは、後者のほうだ。
今日も、誰かに遠慮して我慢をすることも無く、楽しい時間を過ごせた。
好きなだけワインを試飲できたし、
神様へ何をお願いしたか、なんて干渉されることもない。
私は、なんとなく嬉しくなって
グラス代わりの紙コップのワインをそっと口元に運んだ。




