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第10話:さよなら、境界線

卒業式を翌日に控えた、静まり返る夜の校舎。

本来なら感動的な余韻に浸るべき時間だが、今、県立高校の屋上には、この世のものとは思えない「虹色の嵐」が吹き荒れていた。


「……う、ううっ。先生……聞こえすぎます! 世界中の音が、私の頭の中に流れ込んでくる!」


中心にいるのは、純白の制服に身を包んだすずだ。

強大すぎる「聴凝ちょうぎょう」の力が、影の教育委員会との激闘を経て完全に覚醒し、暴走を始めていた。校舎の壁からは異界の触手が這い出し、現世の物理法則がメキメキと音を立てて崩れていく。このままでは、学校全体が異次元の藻屑と化してしまう。


「すず! しっかりしろ! 耳を閉じるんだ!」

暴風の中、教員用ジャージをボロボロにしながら、つよしが叫んだ。


「無理です! 怖いです……だって、みんなの『さよなら』の声が、石ころや机の泣き声が……全部、私の中に突き刺さって……!」


すずの目から、真珠のような涙が溢れ出す。その美しさは、今や校舎を侵食する「破滅の光」そのものだった。

つよしは決意した。彼はすずの耳を塞ぐのではなく、彼女を抱き寄せる道を選んだ。


「――いいか、すず。よく聞け!」

つよしは、荒れ狂う嵐のど真ん中で、すずの両肩をがっしりと掴んだ。至近距離。すずの震える唇と、つよしの視線が真っ向からぶつかる。


「聞こえる音を拒絶するな! 怖い音も、悲しい音も、全部お前の味方につけろ。お前はただの『無駄美人』じゃない。お前のその『無駄すぎる美しさ』は、現世も異界も関係なく、あらゆる存在を黙らせる最強の暴力なんだよ!」


「せ、先生……?」


「いいか、これは担任(元)としての最後の無茶振りだ! その声を力に変えて、異界の連中を全員お前のファンにしてこい! 全校放送室をジャックするぞ、ついて来い!!」


「……っ、はい!! 先生がそう言うなら、私、魔王でも神様でも、全員ファンクラブに入会させてみせます!」


二人は手を繋ぎ、空間がねじ曲がった廊下を疾走した。すずの指先がつよしの手に食い込む。恋愛耐性ゼロのすずは、この世界の終わりという極限状態において、つよしの熱い手のひらに「……あ、これ死ぬほど幸せ」と、一瞬だけ異界の恐怖を忘れてオーバーヒートしていた。


放送室に飛び込んだつよしは、機材に「清め塩」入りのコーヒーをぶちまけ、強引に電源を立ち上げた。

「すず、マイクの前に立て! お前の声を、全次元に叩き込め!」


すずはマイクを握りしめた。彼女の耳には、今や何万という異界の怪物たちの咆哮が届いている。

彼女は大きく息を吸い込み、つよしの方を振り返った。


「先生、最後に一つだけ聞いていいですか?」

「なんだ、こんな時に!」

「私、先生のこと、大好きです!!」


「――っ!?」


つよしが顔を真っ赤にしてフリーズする中、すずは満面の笑みで放送を開始した。


「えー、異界の皆様、および卒業生の皆様! 聴凝の巫女、すずです! 今から皆様に、私の『無駄に綺麗な歌声』と、つよし先生への愛を込めた叫びをお届けします! ――全員、私に惚れなさい!!」


すずの声が、つよしの魔力を乗せたバリアとなって、校舎全体を突き抜けた。

それは歌であり、説教であり、そして純愛の咆哮だった。あまりの美しさと、あまりの「中身の無駄さ」のギャップに、異界の怪物たちは『……ナ、ナニ……コノ神々シイ……馬鹿ハ……!?』と、戦意を喪失して次々とファン化(成仏)していった。


夜明けと共に、嵐は去った。

屋上で並んで朝日を浴びる二人。すずの覚醒した力は、その圧倒的な「肯定」によって平穏を取り戻していた。


「……先生。私、卒業しても、先生の『特別補習』は受けられますか?」

すずが、朝日に照らされて、生涯で一番美しい微笑みを向けた。


「……勝手にしろ。ただし、月謝は高いぞ。お前の姉さんの写真を、生涯分納めてもらうからな」

「……先生って、本当に台無しです! ……でも、そこが大好き!」


すずが、つよしの腕にぎゅっと抱きついた。二人の境界線は、もうどこにも存在しなかった。


エピローグ:数日後

「――というわけで、先生。サウナの優待券を二枚、お姉ちゃんから預かってきましたよ!」


春休みの校庭。つよしの前で、すずがヒラヒラとチケットを振っている。

つよしがその送り主である千歳(姉)からのメッセージカードを読むと、そこには。


『つよし先生、いつも妹がご迷惑を……。お礼に今度、二人でサウナでも行きませんか? 先生のジャージを脱いだ姿、少し興味があります……ふふっ』


「――ブフッ!!」

つよしは、全盛期の噴水のような勢いで鼻血を噴き出し、砂場に沈んだ。


「せ、先生!? 先生ー!! 生きてください! 追いサウナは健康に悪いですよ! あと、お姉ちゃんは私がガードしますから、先生は私だけ見てればいいんです!」


すずが倒れたつよしの顔を覗き込み、甲斐甲斐しく(しかしデリカシーなく)ティッシュを鼻に詰め込んでいく。


「……お前……。……いつになったら、俺を……安らがせてくれるんだ……」

「百年早いです、ダーリン! ほら、起きてください! 私、お腹空きました! 卒業祝いのあんみつ、おかわり付きでお願いします!」


桜の花びらが舞う中、美少女の怒鳴り声と、哀れな教師の呻き声が響き渡る。

境界線は消えても、二人の賑やかな日常は、永遠に終わらない。


(完)

最後まで読んでいただきありがとうございました。明日からは「異世界黄金の7人 〜転生泥棒と、帝国銀行の空飛ぶ金庫〜」が始まります。

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