2-11
リサの心が晴れたきっかけは、聖堂で夕べの祈りをした後に、
「どうしたの?」
と若いシスターに声をかけられたことだった。ステンドグラスが美しく輝き、修道服のシルエットを神々しく照らし出している。
「あ、アイラム先生」
リサは俯いていた顔を上げた。その声にあまり元気はない。
「教師じゃないんだし、先生なんて呼ばなくってもいいよ」
アイラムは柔和な笑顔を讃えていた。その雰囲気が、どこかノーヴさんに似ている気がして、リサはじっと見た。
アイラムはここの学園の卒業生で、卒業直後、シスターの道を志し、この聖堂で祈りを捧げる生活をしている。慎ましく暮らしているが、本来は明るくて社交的な性格だから、親しみやすく、生徒にも何かと人気がある。
リサも、この人なら相談してもいいかもと思った。
「あの、……」
と言いかけて、喉元で言葉がつっかえてしまう。話したいことはたくさんあるのに、何から話したらいいのか分からなくて、リサは戸惑った。それに、人目も気になった。
「えっと……」
「向こうで話す? よし、そうしよっか」
アイラムは誘って、懇談室にリサを連れていく。入ったことのない部屋に初めて入って、リサは非日常を感じた。
「これは内緒ね」
と人差し指を口に当てながら、クッキーの入った瓶を開けて、ハンカチの上に広げる。
「でも、晩御飯が……」
「お菓子は別腹、でしょ?」
アイラムは親しげにウインクする。
そう言われると、食べてもいいような気がしてきて、リサはクッキーに手を伸ばす。
「おいしい」
素朴な甘さが口に広がる。食べた途端に視界が明るくなっていくのを感じて、もしかしたらエネルギー不足だったのかもしれないと今になって気づいた。お腹が空いたら、力が出ないものだ。
「どんどん食べちゃえ」
いろんな人に餌付けされている気がするが、それは、リサがおいしそうに食べるからかもしれない。食を愛する者は食に愛されるのだろう。リサがほっぺたが落ちそうな様子で顔をとろけさせていると、さらなるクッキーが与えられた。まさに、「求めよ、さらば与えられん」の世界が実現していた。
アイラムは、
「美味しそうに食べてくれるの、ほんと嬉しいんだよね」
などと言いながら、もう一度、
「最近調子どう?」
と尋ねる。
リサはホームシックになったことや、友達関係がうまくいかないこと、寂しい思いが止まらないことを話した。話すうちに感情が溢れてきて、泣いてしまったが、アイラムは親身になって聞いてくれたので、全部打ち明けることができた。憂鬱な時、誰かが共感してくれると、もやもやしていた心が晴れることが女の子には多いものだ。リサも話していくうちに、心が軽くなっていくのを感じていた。
「今日もアリーチェちゃんに渡しものがあったんですけど、会えるかなって期待しちゃったんです。でも、いなくて、なんだかしょんぼりしちゃって、あたしって、ついいろんなことに期待しすぎちゃうのかな。部屋に帰って、それをレレちゃんに行ったら、『期待できるだけ幸せなことですよ』って言われて、なんだか傷ついちゃって。それであたし、自分のこと、嫌になっちゃったんです……」
「そっかー。そうだよね、本当は仲良くしたいのに、仲良くできなかったら辛いよね、わかるわーそれ」
「あたし、どうすればいいんでしょう」
リサは本心から困っていた。
「リサっちはさ、素直なところが、めっちゃいいとこだよね」
「あたしが……?」
「そうだよ! だって、素直になれなかったら、なかなか人に相談したくてもできないよ? 話してくれて、ありがと」
アイラムに指摘されて、リサはきょとんと首を傾げた。自分が素直だとは思えなかった。
(素直なのは、アイラムさんの方じゃないのかな)
褒められるとくすぐったい気持ちになる。
アイラムは優しく笑いかけながら話を続けた。
「人生の中でね、自分と強く関わってくる人ってさ、絶対なんか深い縁があるの。お互い好きになったり、嫌いになったりすることもあるけどさ、そういう人って、どうしても気にしちゃうでしょ? 絶対何かを教えてくれてるんだよ。『私ってどういう人なんだろ』『あなたってどんな人なんだろう』って。
だから、誰かに出会えるってことが奇跡だと思わない? 世界で何千何万っている中で、その人に会えたって、本当はすごいことだと思うの。だからさ、どんなに人間関係がうまくいかなかったとしてもね、『あなたに会えてよかった』って、感謝することはできると思うの。それで、本気でさ、そう思ったら、不思議と相手に伝わっているんだよねえ、これが」
「そうなの?」
不思議な話だった。感謝なんて考えたことなかった。ましてや、うまく行っていないのに、「ありがとう」って感謝するなんて、ヘンな話だ。
でも、確かに人との出会いって、奇跡みたいなものかもしれない。
(あたしがここにこなかったら、アリーチェにも、セルビアちゃんにも、先生にも、レレちゃんにも……出会えていないんだ)
そう思うと、ここに来れてよかったかも、と思えた。ここにいる意味が、小さいかもしれないけれど、見つかった気がした。
「アイラムさん……」
リサの青い瞳に、光が灯った。
「ありがとうございます!」
パアッと笑顔が生まれる。
(アイラムさんに会えてよかった!)
心の底から思った。どうしてこんなにいつも明るく生きられるんだろう。それは明るく生きるという選択を、いつも選んでいるからなのだろうか。
「全然、全然っ、私、なんもしてないから」
「そんなことないです!」
「ホント? あはは、ありがとう。リサったらもう、かわいいなあ、食べちゃいたいくらい」
と冗談半分でアイラムはいった。リサは真に受けて、
「食べないでくださいー!」
「え? だって、目に入れても痛くないっていうじゃん」
目に入れるのと食べちゃうのは、結構違う気がする。が、とりあえず可愛いものは体内に吸収したい派らしい。
「それじゃあ夕食の時間だね」
いつの間にか1時間くらい話し込んでいたらしい。時刻を告げる鐘が鳴って、
(もうこんな時間)
リサはびっくりした。アイラムは別れ際に、
「相談してくれてありがとね。また何かあったら、遠慮なく言ってよ?」
と言ってくれた。アイラムさん、本当にいい先輩だとリサは思った。




