57.限界を超えて
寝落ちしました!!
無機質な電光掲示板が示す「99999」という表示と、それからどこかやり切ったような笑顔を見せる月を見て、俺は唇を噛みしめた。
(――そういうことか!)
完全に消失した的を前にしてようやく俺は、この勝負の「仕掛け」に気付いた。
(やってくれたな)
俺が恨みを込めた目で月をにらむと、彼女はニッコリと笑って俺に手を振ってきた。
ほんと、いい性格をしている。
非常に癪なことだが、どうやら俺は最初から最後まであの守成 月という女に踊らされていたらしい。
思えば月が最初に「ファイアアロー」という魔法を撃った時、すでに違和感はあったのだ。
(あの魔法は、Aランク冒険者が撃ったにしては明らかに気の抜けた魔法だった。なのに……)
なのにあの魔法は、的に小さな焦げ跡を作った。
そこで俺は、「的の強度」について疑問を持つべきだった。
月はこの〈魔法決闘〉を「特別な的に魔法を撃って、強かった方が勝ち、という非常に単純なルール」と説明し、これが威力を競う勝負だと俺の思考を誘導した。
だが、違う。
低ランクの間はまだしも、ここの的はAランク冒険者の本気に耐えられるようには出来ていない。
であれば最初から、この的で魔法の威力を測るなんてことは不可能だった。
つまり、この勝負の本質は、「小細工の利かない純粋なパワー勝負」とはまるで対極。
――「壊れやすい的」という限られたリソースに対し、知識と技の限りを尽くして最大ダメージを引き出す、テクニックの勝負だったのだ!
だがそうなると、俄然こちらが不利になってくる。
この的と同じものが、月の学校にもあるらしい。
事前にいくらでも練習出来た彼女とは違い、俺はこの的の特性も理解出来ていない。
「ふっふふ。意地を張らずに、降参しちゃってもいいんですよ」
声に振り向くと、余裕の表情の月がいた。
彼女はいつの間にやら持ってきたのか、本来そこになかったはずのパイプ椅子に優雅に腰かけ、ニヤニヤとこちらを見ていた。
「……そっちこそいいのか? 生徒会の仕事で来たくせに、訓練施設をぶっ壊したりして」
「まあ、私の心配なんてお優しいんですね。でも大丈夫、ダンジョン化した施設はダンジョンと同様、元の形に自己修復されます。跡形もなく吹っ飛ばしたとしても、一晩経ったら元通り、です」
せめてもの意趣返し、と嫌味を言ってみるが、余裕の笑みで返される。
その目は、「だから貴方も的を壊してくれて構わないんですよ?」と無言で語っていた。
だが、それなら好都合だ。
もう俺も、遠慮することはない。
「――そうか。それを聞けて、安心したよ」
一歩、前に出る。
月が壊したものの反対側、まだ無事な的に向かって視線を定める。
「……ふぅ」
小さく、息を吐き出す。
思えば、こっちの世界に来てダンジョンに潜るようになってから、「全力を尽くして何かを成し遂げる」なんてこととは無縁だった。
いつの間にか手加減することが当たり前になって、そこに何の疑問も覚えていなかった。
錆びついた、なんて言い方はしたくはないが、ぬるま湯に浸かっていたのは事実だ。
(そういう意味じゃ、月に感謝しないとな)
勇者時代の自分に戻っていくような感覚。
限界という楔を引きちぎり、不可能をねじ伏せる快感に、身震いする。
「な、にが……」
抑えきれない力の余波が、冷気となって部屋に漏れ出す。
一瞬のうちに氷点下になった部屋の中で、しかし俺の心は熱く燃えていた。
的だけでなく棒を壊しても点は入るのか。
スコアに影響しやすい属性や壊し方はあるのか。
的を回復しながら攻撃したらスコアは伸びるのか。
そんな雑念は投げ捨てる。
月は、あの的の仕様を知り尽くしているはず。
ならば、下手な小細工であの点数は超えられないだろう。
だったら、今必要なのはただ一つ。
――「速度」だ。
的を壊すのに必要な力が仮に100だとするならば、そこに1000の力で魔法を撃っても、残りの900は無駄に終わってしまう。
だから……。
――魔法を受けてから的が壊れる一瞬の間に、1000の力を一気に叩き込む!!
言葉にしてみても、理屈にすらなってない全くのめちゃくちゃな理論。
だが、勇者時代のただ強いだけの自分には出来なかったことが、今の自分には出来る。
「――〈氷神覚醒〉」
渦巻く冷気が、収束する。
氷点下だった部屋から瞬時に「寒さ」が奪われ、かつて巨人を屠った力の十倍を軽く超える魔力が、冷気が、ほんの直径一メートルほどの的に殺到する。
……だがそれだけじゃ、ただ強いだけの魔法じゃ、月は超えられない。
「まだだ!」
炎の勇者の力が活性と加速なら、この氷の力の本質は、鎮静と停滞。
ならば……。
――極まった氷結の力は、時の歩みすら停滞させる!!
集まった魔力の「質」が変わる。
凝縮し、押し込められた魔力によって的は一瞬にして凍りついて、
「――砕け、散れ!!」
次の瞬間、まるで内側から弾けるように爆散した。
「う、そ……」
耳の痛いほどの静寂の中、背後から、まるで魂の抜けたような月の声が響いた。
それを聞いて、やっと俺は力を抜いて右腕を下ろす。
(……これが正真正銘、今の俺の「全力」だ)
これで負けたとしても、悔いはない。
月がそれだけすごかったのだと、素直に納得することが出来る。
俺は凪のように穏やかな気持ちで電光掲示板を見上げ、
「……へ?」
そこにはっきりと浮かび上がる、「0」の数字と対面したのだった。
圧倒的敗北!!!!
次回、第五十八話
「は? 勝ってないが?」
を、お楽しみに!