20.恐怖の顔
第三章クライマックスなので連続投稿です!
モンスターがいなくなった、安全なダンジョンの探索。
ピクニック気分で歩く俺たちの道行は順調で、このまま何事もなく終わるかに思えた。
だが、それも最初のうちだけだった。
ダンジョンの奥に進む度、ジュンの視線は険しくなり、口数は少なくなっていった。
「どうしたんだ、ジュン?」
俺が話しかけると、難しい顔をしたままのジュンが、地面に落ちていた魔石を拾った。
「魔石が、大きすぎるんだよ」
「大きすぎる?」
確か、魔石は基本的には大きいほど価値が高いはずだ。
何がよくないのか、と頭をひねっていると、ジュンは声をひそめるようにして話し始めた。
「ゴブリン程度がこのサイズの魔石を生み出すなんて、ありえねえ。たぶんこいつは、ホブゴブリンの魔石だ」
「え? だけど、このダンジョンには……」
「そうだ。本来なら、このダンジョンにいるのは通常のゴブリンとコボルドだけ。ホブゴブリンなんて間違ってもいないはずなんだ」
しかし、いるはずのないホブゴブリンが、ここにはいた。
ということは……。
「まさか、乱入モンスター!?」
場違いな魔物、とも呼ばれるそれは、ダンジョンでごくまれに見られるそうだ。
本来出てくる魔物と同系統の上位種が、低確率でダンジョンに出現、徘徊する現象で、ダンジョンの難易度が大幅に上昇することから、冒険者には危険視されていると資料で読んだ。
「だけど、ゴブリンがホブゴブリンになったって……」
「いや、違う。ホブゴブリンは大量にいた。だから、乱入モンスターは、ホブゴブリンじゃないんだ」
ジュンは深刻そうな顔で、魔石をギュッと握りしめた。
「いる、んだ。ホブゴブリンの上に。……ゴブリン種でありながら、とびっきりの危険度と強さを持った、最悪の奴が」
ジュンの、幽鬼のような視線が、俺の背中を、背後に広がる無窮の闇を見つめる。
そうして彼女は、その名を告げた。
「――そいつの名前は、〈ゴブリンキング〉。ゴブリンでありながら、その危険度はAランク。アタシが……B級の冒険者が束になったって勝てない相手だ」
ゴブリンキング……。
その名前は、ずっしりと重く、俺の鼓膜を揺らした。
「……流石に、確率は低いと思う。だけど、新人の命を預かる身として、無用な危険は冒せない」
そこで、ジュンは俺に向かって、頭を下げた。
「こんなことになっちまって、悪い! だけどアタシには、フールを無事に地上に返す責任がある。だから、今回の探索はここまでにしよう」
「ジュン……」
普段明るい彼女の必死な様子に、俺にもその緊張が伝播する。
そうして、
「最後に、この分かれ道だけ調べてしまおう。この辺りの魔石を回収したら、もど……え?」
分岐に顔を向けたジュンが、その表情を凍らせた。
「う、そだ。あ、ぁ……」
そして、そのままペタンとその場にしりもちをつく。
「ジュン!?」
ぞわりと、背筋が震えた。
最悪の予感に、足がすくみそうになる。
だが、それでも。
彼女の身体を支えながら、俺は分かれ道の先を覗き込んだ。
「…………え?」
果たして……。
そこに、「それ」はあった。
「あ、あぁ……」
全く、想像の埒外の事態に、言葉が出ない。
前を見ているようで、その実何も映していない虚ろな目。
黄色い歯をむき出しにした、品性を感じられない下劣な口。
血色が悪く、見ているだけでおぞけを振るうような緑の皮膚。
そして、おぞましいその顔の上に載った、不格好な王冠。
「なん、で……」
もはや、疑いようがない。
そこにはA級モンスター、ゴブリンキングの顔が……。
「――なんでお前まで死んでんだよ、ゴブリンキング!」
身体の全てを失った、ゴブリンキングの首だけが、そこにはあったのだった。
フールは ゴブリンキングの首級を てにいれた!