37 船旅
セラフィナ達が城を出てから1週間。
一行は、港町「コルネリウス」から出る定期船に乗り、無色の大陸の都市へ向かい、2日間の船旅を楽しんでいた。
「この先に無色の大陸が……そして魔術コンテストが待っているのね!」
セラフィナは甲板の先に立ち、まだ見ぬ海の向こうにある、無色の大陸に思いを馳せている。
『楽しそうだな、セラフィナ』
「ええ、楽しみで仕方がないわ! 無色の大陸で年に1度行われる魔術の祭典、世界創作魔術コンテスト! 魔術研究者を名乗るからには、1度はこれに参加しなければ!」
「そして結果を残すことで「王位継承権一位でありながら王になれなかった人」以外に歴史書に書くことを作るのでしたね。すでに竜殺しとして記されることは確定ですが」
「そんな体育会系な称号、すぐに払拭してみせるわ!」
セラフィナは今までにないほど張り切っていた。
このコンテストに参加し入賞、そして優勝することを目標として、何年も魔術の研究をしてきたのだから、それも当然の事だろう。
「元気だな、姫さん……うぷっ」
「大丈夫ですか?」
コルネリウスから船に乗って半日。
オルキスは船酔いでグッタリしながら船から身を乗り出し、カリンはオルキスの背を擦っている。
初めて船に乗ったキテラは、最初こそ辛そうにしていたが、今ではすっかり元気である。
カリンは、以前に何度か船に乗った経験があり、慣れていたので平気だ。
セラフィナは、神の加護と天性のバランス感覚のおかげで、欠片も酔うことは無かった。
そしてオルキスは、無職の大陸に着くまでの2日間、酔いっぱなしなのである。
「オルキスは毎年来ているのに慣れないの?」
「歳を取ると乗り物酔い強くなると聞きましたが。歳を取ると」
「歳を強調するな……。色々理由はあるんだろうが、酔うものは酔うんだよ……」
「キテラさん。お年寄りをあまりイジメたら駄目ですよ」
「俺はまだ50代……うぷっ」
本人はまだまだ元気なつもりだが、上は20代のキテラ、下は一桁のセラフィナからしたら、オルキスは十分年寄りであった。
「さて、初めての船で脳がいい感じに活性化している間に、昨日出来なかった魔術研究をしましょうか」
「船の中で書き物読み物って……酔うぞ? 俺みたいになるぞ?」
「気を付けるわ。キテラ、オルキスに付いていてあげて」
「キテラより優しくしてくれるカリンの嬢ちゃんの方が……ぐほっ!」
キテラは無言無表情でオルキスの尻に蹴りを入れる。
セラフィナはこういう結果になるのが分かっていたが、護衛騎士のカリンと離れて行動するわけにもいかないのだ。
「それじゃあオルキスの事は任せたわよ」
「はい、お任せを」
「待て、姫さん! せめてこいつも連れて――」
そう言ってセラフィナは、カリンを連れてその場を後にした。
オルキスの断末魔は聞かないこととして。
セラフィナ達は船室の方に向かっている途中、何やら聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「この先に無色の大陸が……そして魔術コンテストが待っているんだ!」
「楽しそうですね、アニキ」
「ああ、楽しみで仕方がないぜ! 無色の大陸で年に1度行われる魔術の祭典、世界創作魔術コンテスト! 魔術研究者を名乗るからには、1度はこれに参加しなくちゃな!」
話している内容まで聞き覚えがある。
気になって近付いてみると、3人の男がおり、1番大柄な男は見覚えのある頭をしていた。
「あっ! あなた達は!」
「ん? げっ! 白の国の姫!」
互いに指さし驚きあう。
セラフィナにとって彼等は、この場所に居るはずのない人物で、更に魔術の話とは無縁そうな人物なのだ。
『……誰だっけ?』
「お姫様の知り合いですか?」
『セラフィナに城の人間以外の知り合いがいるはずが……』
「エドブルガを誘拐した連中よ」
そう、彼等はセラフィナを殺そうとし、エドブルガを間違って誘拐した3人組である。
男AとBの髪は以前よりだいぶ伸びているが、Cは相変わらずだ。
3人が誘拐犯だと知ると、カリンはセラフィナの前に出て、背負った剣に手をかける。
先ほどまで纏っていた緩い雰囲気はどこへやら。
カリンから発せられる殺気で、男達は金縛りにあったかのように動けなくなった。
この状態から抜刀し、3人の命を奪うのに1秒もかからないだろう。
モトキも表に出ていたが、カリンが頼りになりすぎる上に、剣も持っていなかった為、すぐに戻っていった。
「「「ひぃいいいいい!」」」
「そのまま動かず答えなさい! 何故あなた達がここにいるの! あの事件の関係者は、全員城の牢にいるはずよ!」
「捕まってねぇからだよ!」
「え?」
セラフィナはカリンの方を向き目で問いかけるが、心当たりはない様子だ。
3人のことを思い出したモトキは、当時の事を思い返すと、1つの記憶を掘り起こした。
『そうだ。3人が気絶してるはずの馬車に、騎士達が付いた頃には、既にもぬけの殻だったって話だ。それから捕まったという話も聞いてない』
(あー、そんなこと言っていた気がするわ……)
当時は、リツィアとの確執を解消できたことで舞い上がっていた為、今更誘拐犯の話などどうでもいいと聞き流していたのだ。
「思い出したわ。あの時は急いでいたから拘束も服剥ぎもしていなかったわね」
「ひょっとして、馬車に乗っていた連中ですか?」
「ええ、逃げられて当然ね」
セラフィナは悩んでいた。
この3人組は、王族を2度も襲った極悪人である。
しかし彼等の裏で糸を引いていたのは、他ならぬリツィアだ。
それ以前にも何らかの悪事を働いていただろうが、だからといって、それをセラフィナが裁くのは違う気がした。
そして――
「ねえハゲ」
「ド直球だな!」
「名前を覚える気はないわ。アゴ、ハコ、ハゲで十分よ」
モトキに顎を蹴られ気絶した男Aがアゴ。
セラフィナを攫う為の箱を持っていた男Bがハコ。
そしていつまでも髪が生えてこない大柄な男Cがハゲである。
「さっき魔術コンテストに参加すると言っていたのは、あなたね、ハゲ」
「だからハゲって……ああ、そうだよ」
「だったら頭がいいのでしょ? 悪事に手を染めなくても、真っ当に生きていく方法があったはずよ」
「……夢の為だよ」
「夢?」
セラフィナはカリンに威圧するのを止めさせ、話を聞くことにした。
男達はその場で座り込み、やや間を置いてハゲが話し出す。
「……俺は子供の頃から魔術に憧れててな、魔術研究者になる為に独学で勉強してたんだよ。けど城下の図書館にある魔術の本は基礎的なものばかりで、本格的に学ぶには専門家か専門書が必要だ。だがどちらも金がかかるんだよ」
「そうなの?」
「王族のあんたには分からないだろうな。安いものでも1冊10万アスはする」
城の書庫には専門書がドッサリとあり、オルキスを始めとした専門家も複数人いる。
そんな環境で育ったセラフィナには、学びたくても学べない苦労など、考えたことすらなかった。
そしてアスが四色王国の通貨だということは知っているが、10万アスがどれだけの価値なのかは未だに分かっていない。
セラフィナは再び目でカリンに問いかける。
「そうですね……この船の料金が1人3万アスです」
「高っ! お前らどんだけいい部屋に泊まってるんだよ!?」
「王族とそのお付きですから」
ちなみに男達は1番安い部屋で、1人5000アスである。
「私のお給料が月に45万アスで、キテラさんが60万アスですから、10万アスは大金ですよ」
「いや、どんだけ高給取りなんだよ!」
「新人とはいえお姫様の護衛騎士と長年仕える傍付きメイドですから」
ちなみに一般騎士の初任給は30万アスで、それでもかなりの高給である。
「お金の話は正直ピンとこなかったわ。でも確かなことは、魔術を学びたくても学べない人がいること! これは国が悪いわ! 白の国の姫として見過ごせない!」
魔術関連だから見過ごせない、である。
これが運動関連だった場合、全力で見過ごしたことだろう。
「えーと、地竜から採れた素材の利益の3割を自由にしていいから、総利益は確か……」
『確か5000万アスくらい』
「私が使えるお金は1500万アスね」
「「「1500万!?」」」
桁違いの資産に、男達は驚愕した。
もちろん王女であるセラフィナは、用意しようと思えば更なる大金を用意できる。
しかし私欲が混ざって居ることに、国の金を使う訳にはいかないと判断したのだ。
「よし、各街の図書館に魔術の専門書を増やすわ。ありがとう、おかげでようやく地竜討伐の功績を魔術に活かせるわ」
「なんで俺……命を狙った相手に感謝されてるんだ?」
「お姫様は魔術の事になると、細かいことを気にしなくなるんです……」
セラフィナは実に満足げだ。
魔術研究者の大半は、金持ちか身内も魔術研究者でなければなれない。
その敷居を下げることが出来れば、将来的に国全体の魔術研究のレベルを上げることが出来る。
魔術で城の国に貢献したいと考えているセラフィナにとって、これ以上ない金の使い道だった。
それに気付かせてくれたハゲに感謝をするのは当然であろう。
「それであなた達だけど……誘拐の依頼を受けた時に前金を貰ったわよね? そのお金で研究は進んだの?」
「……ああ、コンテストで結果を残す自信があるぜ」
「そう、ならいいわ」
セラフィナは振り返ると、男達の下から立ち去って行った。
アゴとハコは、事態を飲み込めずポカンとしているが、ハゲだけはセラフィナの真意を理解し、目に火を灯している。
「お姫様、あいつ等放っておいて良かったのですか?」
「ええ、彼等のやったことは水に流すわ。あくまで私個人としてだけど」
『セラフィナって本当に魔術大好きだな』
そう言われるセラフィナの表情は明るく、この先にある魔術コンテストに更なる期待を膨らますのであった。




