38 アステロ
馬車に乗り、汽車に乗り、船に乗り、ついに無色の大陸の都市「アステロ」に辿り着いた。
「ここが夢にまで見たアステロ!」
『凄い賑やかだな』
「ええ、流石は世界の中心と言ったところね」
船から見える港の様子は、コルネリアスを上回る賑わいを見せている。
明日に控えた魔術コンテストに参加、あるいは観戦する為に来たものも少なくないだろう。
「いよいよなのね。いよいよ私が魔術コンテストに!」
『頑張れ。セラフィナならきっといい結果を残せるさ』
「ええ、楽しみにしていて!」
無色の大陸に国はなく、都市もアステロ1つしかない。
東西南北に存在する4つの大陸と4つの国家、四色王国。
4つの大陸のほぼ中心に位置する場所に存在す3000平方キロメートル程度の大陸。
日本で言うところの東京都の1.5倍ほどで、大陸ではなく島と呼ぶべき大きさだ。
そこは四色王国のどこにも属さず、また全てに属する、完全中立の場所である。
人も物流も、国を渡るときには全てこの無色の大陸を経由し、国同士の会談は必ずここで行われる。
あらゆる意味で世界の中心であるこの地は、土地の大きさ以上に重要な役割を果たしており、いつしか大陸と呼ばれるようになっていた。
「ふうっ、ようやく陸地か。毎年の事だが嫌になるぜ」
「まだ帰りの分も残っていますがね」
「言うな、辛い……」
結局オルキスは、船旅の2日間、常に酔い続けていた。
殆ど食事もとらず、睡眠もあまりとれなかった為、コルネリウスを出た時よりだいぶやつれている
「大丈夫オルキス? 宿の方へ行きましょうか?」
セラフィナは見たいこと、やりたいことが他にもあったが、この状態のオルキスを連れまわすのは気が引けた。
別行動をする手もあったが、アステロに慣れているオルキスにはガイドを頼みたかったのだ。
「確かに少し休みたい気もします。けど、それより姫さんに見せて、どんな反応をするか気になるものがありましてね。まずはそこに行きませんか?」
「オルキスがそう言うなら構わないわ」
「どこへ行くんですか?」
「あまり変なものを見せられたら困ります」
「心配するなって。絶対に姫さんが喜ぶもんだからよ」
そう言って港から出ている乗合馬車に乗り、走ること数十分。
一際賑わう施設に辿り着いた。
「どうだい姫さん」
「これは……」
『壮観だな……』
アステロセンターホール。
それは地球で言うところの地球の東京ドームとローマのコロッセオを合わせたような巨大な円形の建物だ。
中央にステージがあり、それを取り巻くように並ぶ観客席。
正面ゲートに取り付けられた「第294回世界創作魔術コンテスト」と書かれた看板は、セラフィナの心を震わせる。
「凄い建物ですね。お城にも負けてないですよ。ここでお姫様とオルキスさんは、魔術を披露するのですよね?」
「そう言うこった。年に1度の魔術の祭典に前日から大盛り上がりよ」
「なるほど。これは確かに姫様に見せたく――姫様!?」
「こんなの見たらまたお姫様の脳が活性化して――お姫様!?」
『大丈夫かセラフィナ!?』
セラフィナは涙を流してへたり込んでいた。
ここまで来るまでに、馬車に乗り、汽車に乗り、海を見て、海に入り、船に乗った。
これだけ長の外に出ることも、寝泊まりすることも、全てセラフィナにとって初めてことばかりである。
知識として知っていても、実際に見て体験するのでは訳が違う。
セラフィナはそれらを経験するたびに、感動と興奮を覚えてきた。
しかしアステロセンターホールは、セラフィナが写真を見て想像していたものより、遥かに巨大で壮観だったのだ。
魔術コンテストが行われる憧れの場所に、セラフィナは感極まりすぎてしまった。
脳が活性化するどころか、頭が真っ白になり声も出ない。
『無理……感動で死んじゃう……。モトキ変わって……』
(お、おう……)
初めて城を出て、街を見た時を上回る感情の爆発に、セラフィナは限界を超えてしまった。
入れ替わり表に出たモトキは、立ち上がろうとしたが、どうやら腰が抜けてしまっていたようで、筋肉に力が入らず起き上がれない。
「姫様! お気を確かに!」
「あっ、ごめん。体に力が入らなくて……。背負ってくれない?」
そう言うと、キテラはハンカチでセラフィナの顔を拭い、背負った。
「いやー、まさかあそこまで感動してくれるとはな。流石に予想外だったわ」
「いや、良いものを見せてもらったよ。ありがとう」
むしろ今見せてもらって正解だった。
もしこれが当日だったら、コンテストに参加するどころでは、なかったかもしれない。
「お姫様! 眼の色が戻ってるですよ!」
「嘘っ!」
モトキはとっさに眼を抑える。
あまりに感情が肉体に与えた衝撃が大きく、カラコンの魔術が解除されてしまったのだ。
これが当日なら本当にコンテストに参加できなかっただろう。
不幸中の幸いは、周囲の人が誰もセラフィナの眼の色に気付かなかったことである。
カラコンを掛け直したいところだが、転生して1年経った現在でも、モトキは魔力のコントロールが上手くできず、魔術を使うことが出来なかった。
「眼の色を変える魔術が使えないのか? ここまで来たついでに、姫さんの登録を済ませとくつもりだったんだが、こりゃ駄目か」
「登録しないと何か問題なのですか?」
「初参加の奴は、色々と書かないといけない書類があるんだよ。登録してないと受付の際に書かされるんだが、当日だと混んでるんだよ」
「どっちにしても、この状態じゃ馬車にも乗れないよ。少し落ち着いたら使えるようになるから行こう」
オルキスの提案を了承し、一行はホール入り口の横にある受付の前の列に並ぶ。
その途中でセラフィナが落ち着きを取り戻したが、何故か表に出ようとしない。
そのまましばらくすると、セラフィナがポツリと呟いた。
『……私みたいな子供がこんな大舞台に……場違いじゃないかしら……』
(セラフィナ!?)
モトキは騒然とする。
魔術の事に関しては、常に強気で楽しそうにしているセラフィナが、弱音を吐くなどと想像していなかったのだ。
『私は魔術が大好きだし、私が作った術式にも自信がある。けどコンテストに参加する人は皆そのはずよね。それこそ私の年齢以上の時間をかけて……』
セラフィナの弱音は止まらない。
アステロセンターホールのそんな時間に完全に委縮してしまっているのだ。
モトキは、そんなセラフィナを強引に表に出し、心の中で語りかけた。
『俺は魔術の事は全然分かってない。だけどセラフィナの事は分かってるつもりだ』
「……」
『セラフィナは今まで頑張ってきたのは確かだ。その努力量は、大人だからって誰でも出来るものじゃない。俺と同じように好きなことの為に狂えるから出来ることだ』
セラフィナもモトキの事は分かっている。
愛するイサオキの為に、そしてセラフィナの為に、頭がおかしくなりそうな量の努力を平然とこなしてきた。
モトキは、セラフィナが魔術の為に積み重ねてきた努力が、それと同じだと言っているのだ。
『セラフィナは俺の事を凄いと思ってるんだろ? だったら、同種の努力を積んできたセラフィナだって、凄いことになってると思うぞ』
「……無茶苦茶なのに、説得力が凄いのだから」
「姫様、何か仰いましたか?」
「ありがとう、もう大丈夫よ。自分で歩けるわ」
そう言うと、セラフィナはキテラから下りた。
カラコンの魔術を掛け直し、しっかりと自分の足で地面を踏み、アステロセンターホールを見据える。
決して上手な励ましや、鼓舞ではなかったが、モトキの言葉はセラフィナを立ち上がセルには十分だった。
(努力の化け物のモトキからのお墨付き……。頼もしすぎて、怖気付けないわ)
セラフィナの足取りに、もはや迷いはない。
それから数分後、セラフィナの登録の順番が回ってきた。
セラフィナの魔術研究者としての証明書を提出し、いくつかの書類に必要事項を記していく。
流石に王女であることを書く訳には行かないので、事前に仮の身分を用意してあった。
「9歳ですか。その歳で魔術研究者とは凄いですね。もし今回のコンテストで入賞したら、歴史上の最年少受賞ですよ」
「そうなの?」
「確か今の最年少は、十何年か前にフリージアの奴が10歳の時に入賞したやつだったか?」
「その通りです」
「フリージア選手の記録!?」
フリージア。
去年の魔術コンテストでも優勝し、過去8度の優勝を飾る、天才魔術研究者。
セラフィナの憧れの人物である。
セラフィナは俄然やる気が湧いてきた。
これでコンテストで入賞すれば、魔術研究者として、これ以上ない最高のデビューを果たせるのだ。
「優勝したらフリージア選手の記録を! 私が!」
「残念だが、そいつは我が姫の果たすべき役目だ!」
燃えているセラフィナに無粋な茶々が入る。
声のする方を向くと、赤い髪に褐色の肌の2人組がいた。
「やたら小さいのがいると思ったら、まさか姫と同い年とはな! だが赤の国の天才魔術研究者である姫と同じ年に産まれたのが不運! 過度に期待をすると、あとで悲しい思いをすることになるぞ! だが決して恥じることではない! 姫が天才すぎるのが悪いのだから!」
「やめて、カリスト……。恥ずかしい……」
1人は、先ほどの声の主と思われる、20歳前後で荒々しい雰囲気の青年。
もう1人は、男の後ろで隠れている、大人しく気の弱そうな少女だ。
話の流れからセラフィナと同い年なのであろう。
そして少女は、長い髪で眼を隠しているが、その隙間からチラリと金色の瞳を覗かせていた。




