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【短編】彼女の影は、いつでも甘酸っぱくて、ほろ苦い。


蛇足的な感じですが、まさかのアルベルト視点のSS。







 青く突き抜けた空に鐘の音が鳴り響き、あちこちから振り撒かれた花びらが美しい色彩で視界を染める。

 歓声、祝福の声、どこを見回しても広がる笑顔。



 アルベルトはその日、心の底から幸せだった。

 本当に、本当に幸せだった。



 そのことに間違いはない。











「結婚することになった」

 そうレナに告げたのは、森で人狼に助けられるという何とも消化し難い経験を、レナが人狼と関わりあまつさえ心を引っ張られているという受け入れ難い経験をしてから、数年後のことだった。


 身を固めろ固めろと周りからやかましく言われ続けていたが、ようやくアルベルトにも結婚という人生の一大イベントが訪れた訳だ。

 正直、良い年になってきていた。それにアルベルトは商家の息子だ。次男坊とは言え、今や王都に出した店舗の切り盛りを任される身。所帯を持って落ち着けとか、跡継ぎがどうとか、言われても仕方のない身でもあった。

「式は実家もあるし、こっちで挙げることになってて」

「へぇ、そうなの」

 喫茶店の向かいの席、レナが興味深そうに相槌を打つ。

 正直どうでも良さそうにされるかと思っていたから、ちょっと意外だった。それとも振った相手が結婚すると聞いてホッとでもしてるのだろうか。



 ーーーーいや、違うな。


 アルベルトは胸の内ですぐに否定する。


 レナは見た目の素っ気なさほど冷たい人間ではない。素直さが足りないだけで、本当は人一倍人のことを気にかけてしまう人間だ。ちゃんと、本当に興味を持ってくれてるのだろう。


 因みにレナの隣の席には、一番上の弟・クリスが控えている。 知り合いしかいないこの街で散々言い寄っていた彼女と結婚前に二人きりで茶をしばくほどアルベルトは迂闊ではないし、レナも不用意ではない。クールに見せて姉さん大好きなクリスは、彼女を守るために一緒にいる。今だって通りに面した側に自分が座り、姉が目立たないようにしている。


 正直レナと自分の間のことはもう片が着いているし、ここまで警戒しなくても街の人間もそれほどあれこれ言わないと思うのだがーーーーやはりこんなところで声をかけたのは、自分が迂闊だっただろうかとアルベルトはちょっと反省した。


「それで、お相手は?」

「王都の端で反物屋をしてる店の娘だよ。小柄で穏やかだけど、案外胆は据わってる」

「大切なことね。アルベルト相手だと、舵取りが重要そうだもの」

「どういう意味だよ」

「アルはこれと決めたら一途だから女関係の心配はないけれど、仕事の方は没頭して、しかもあれこれ手を出すでしょ。そこらへん、しっかり見ててもらわなきゃ、放っておいたら奥さんだって苦労するわ」

「言えてる」

 姉弟で遠慮なく笑ってくれる。

「ひどいな、もうちょっとオレのこと褒めろよ」

「褒めてるわよ、仕事熱心だって」

 ひどいと言いつつレナが笑っているのを見て、少し安心した。


 

 一時期彼女は酷く落ち込み傷付いていた。それがあのおかしな人狼のせいだと言うことを、多分アルベルトだけが知っていた。知っていたけど、してやれることが何もなかった。

 やめておけ、以外の言葉が出て来なくて、でもそういう理屈を既にレナが超えてしまっていることに何となく気付いていたから、益々何も言えなかった。


 あの頃、レナはふらりと森に出て、そして随分長い間帰って来なかった時期があった。

 人狼を追いかけて、行ってしまったのだと思った。あちらを選んでしまったのだと。



 あんなに憎んでいた人狼なのに。



 いや、確かにあの人狼は妙に人間くさかった。あれからは親切しか読み取れなかった。

 でも、あれは人狼だ。人狼だ人狼だ人狼だ。

 レナが、人狼なんかにーーーーーーーー



 焼きもきして待つことしかできなかったが、けれどそう、結局レナは戻ってきたのだ。

 何か一つ、するりと悟ったような空気を纏って。




「お見合い、じゃないわよね」

「あぁ」

 あれから、レナの口から人狼のことは聞かない。アルベルトも突いたりはしなかった。

 何がどうなったのかは知らないが、何か決着がついたのだろことは察せられたからだ。

「ウチに買い物に来てくれたのが知り合ったきっかけだよ」

「どっちから?」

「…………向こうから」

「やだ、やっぱりあんた、向こうでもモテてるのね」

 モテたい相手にモテる訳じゃないけどな。

 心の中でごちる。


 アルベルトと同じく良い年になっているレナは、けれどやはり今も独り身だ。

 古書店のルイスがどうとか、隣街のどこぞの息子との見合い話がどうとか聞いたこともあるが、結局どれも結果にはなっていない。多分、レナ自身に全くその気がないのだ。


 彼女は昔からそう。弟達の成長を何よりの楽しみに、他のことにはあまり目を向けない。


 彼女は今ある家族以外の幸せを、手に入れる気があるのだろうか。


「アルベルト、彼女のことがすごく大事なのね」

 レナが穏やかに微笑んだ。

「それはもちろん」

 そうだ、レナは以前と比べると随分穏やかになった。時折厳しい表情や遠くを見るような目をすることはあるが、それでも一時よりは随分と楽そうだった。張り詰めていたものが、いくらか緩んでいる。森に入る回数も少しずつ減ってきていると聞く。

 それには少し安心する。レナが何か楽になれたならそれが良いし、危ないことから遠ざかってくれるのも有難い。

「ふふ、だってさっきから顔がだらしなく緩んでるわよ。ねぇ、クリス?」

「うん、ちょっと気持ちが悪いよね」

「おい、クリス、ストレート過ぎるだろう」

 上のクリスは既に学校を卒業し、隣街の薬園に勤めている。真ん中のクリスも先の春に卒業した。甘えたのヴィンセントだってそろそろ最終課程に入るはずだ。皆、確実に大人になっていく。

「まぁ、あれだ、とにかく今度式を挙げるから、ぜひ出席してくれ」

「もちろんよ。ちゃんとお祝いさせて」

 向こうからアプローチがあったのが交際のきっかけだが、アルベルトは今ではすっかり婚約者の虜だ。


 きちんと、心が動いた。

 彼女と幸せになりたい、彼女を幸せにしたいと思えた。


 誰に無理に勧められたのでもなく、自分の心が動いたから結婚を決めたのだ。


 今まで、流されずにちゃんと待っていて良かったとそう思う。

 アルベルトは、自分の幸せを確信できている。


「アルベルト、おめでとう。直接知らせてくれて有り難う。当日は家族で駆け付けるわ」

「……姉さん、そろそろ行こうか」

「そうね」

 クリスに促されて、レナが席を立った。

 にこりと笑って、そのままするりと伝票を抜き取られる。

「あ、おい」

「ちゃんとしたお祝いはまた今度するわ」

 そのまま、会計に向かってしまう。

 擦れ違い様、ポツリと落とされた声をアルベルトは拾った。

「間に合って良かった」



 間に合って、良かった?



 何が? と訊き返す前に、レナは行ってしまったので、結局意味は分からず仕舞いとなってしまったのだが。











 結婚式当日、空は青く澄み渡り見事なまでの快晴だった。明るい日差しの中、沢山の人にアルベルトは祝福された。

 隣では妻となったばかりのエレナが微笑んでいる。その幸せが蕩けた笑顔に、また胸がいっぱいになる。


 降り注ぐフラワーシャワーの中、二人寄り添って進む。

 前方を見遣ると、三人の弟に挟まれてレナが花びらを撒いていた。

「来てくれたんだな」

「行くって言ったでしょ」

 本当におめでとうございます、とレナがエレナに声をかける。

 それから、アルベルトに向き直って。



「アルベルト、結婚おめでとう」



 笑顔で、そう言った。そう言ってくれた。



「本当に、おめでとう」



 心からの言葉だと分かった。

 本当に自分のことのように、レナはアルベルトの新しい門出を祝ってくれている。アルベルトの幸せを願ってくれている。


 アルベルトは本当に今エレナを愛していて、レナへの気持ちはきちんと決着が着いていたけれど、嬉しいと思った。愛や恋を抜きに、そもそも二人は幼馴染みだったのだ。色んな出来事を共有してきた間柄で、そもそも単純に大切な相手だ。

 そんな相手にこんなにも祝福してもらえるというのは、本当に幸せなことだと思った。

 だから自分の幸せと同じくらい、レナにもそれを知って、感じてほしいと思った。

「レナ、次はお前の番だぞ。嫁き遅れてるんだからな」

「ちょっと!」

「アル、失礼よ!」

「そうだよ、ねーちゃんは嫁き遅れてても美人だから良いんだよ!」

「レオ! それ全然フォローになってないわよ!」

 冗談の中には、でも真摯な願いが込められていて。



 歓声、祝福、鐘の音。



 アルベルトはその日、心の底から幸せだった。

 本当に、本当に幸せだった。











「ねぇ、パパ? パパってばー!」

「っ、おう」

 息子に腕を引っ張られてアルベルトは意識を回想から引き上げる。広場で鳴る鐘の音に、記憶を引っ張られていたらしい。

 息子のエリアスは、今年もう五つになる。結婚二年目に授かった、可愛い子どもだ。

 そして先月、二人目の女の子を無事に授かった。

 そう、今や自分も二児の父親である。たまにちょっと自分でもその事実に驚く。


 忙しいが王都の店はきちんと軌道に乗っていて、家族仲も良く充実した日々が手元にはある。

「今日は秘蔵の鉱物コレクション見せてくれるって約束したでしょ!」

「あぁ、そうだったな」

 時に困難や揉め事はあるが、アルベルトは概ね幸せな人生を歩んでいる。

 そしてそんな自分の幸せを噛み締める時、時折レナのことが頭を過る。




 あの日の、間に合って良かった、の意味は後から知った。




 結婚して、しばらく経って故郷へ帰った時、レナはそこにいなかった。

 遠い街の人間に嫁いだのだと、それだけを聞いた。誰もそれ以上のことは語らなかった。ーーーーいや、誰もそれ以上のことは知らなかったのだ。


 でもアルベルトには何となく分かった。



 レナは、きっとあの人狼の元へ行ったのだろう。あの人狼を、ちゃんと選んだのだろう。



 人狼に対する忌避感はある。今だってきっとレナに会えたらやめておけと言うだろう。理解できない部分もある。



「ガラスケースだからな、危ないからそーっとだぞ」

「うん!」



 でも、それ以上に。

 レナが幸福であることを祈っている。

 後悔の少ない人生を歩んで欲しいと切に願っている。

 あの人狼が誰よりレナを大切にしてくれることを、望んでいる。



 レナが自分の結婚を、本当に我が事のように心から喜び祝福してくれたように、アルベルトだってレナのことを祝福しようと思う。




 レナ。

 意地っ張りで、頑なで、強くて強くて、でも本当は繊細な女の子。

 キツいように見せかけて、素直じゃないだけ。人のことを見捨てられない、知らんふりできない優しい女の子。




 アルベルトの、初恋の女の子。




「ーーーー幸せになれよ」




 吐息に紛れた呟きは誰にも聞き咎められることなく、鐘の音と共に青天に向かって小さく小さく吸い込まれていった。







アルベルト救済短編&ちゃんとレナの選択を知った上で祝福してくれる人が欲しかったので。

恋愛的には上手くいきませんでしたが、レナとアルベルトは本当にお互いを大切にし合える良い幼馴染み同士だと思います。



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