#045 Thorn gift
女衒 (ぜげん)
……身売りなどの人身売買を仲介する役割の人物。各地を回り、売れる人物を探したり売られる人物を連れていったりし、もしくは売買に使われた金銭の媒介などを仕事とする。人攫いとも呼ばれる。女衒は主に女性関連の仕事らしく、見世物小屋の芸を仕込むため少年をさらう人物は「越後獅子」(えちごじし)。
現代において女衒は存在しないと考えられているが、突然に蒸発、あるいは失踪する人があとを絶たない状況では信用ならないのが現状である。また性風俗業界に限って言えば勧誘などは大っぴらに行われているようであり、これらは女衒と言えるかもしれない。ただし金銭は本人が受け取るなど、女性の地位が向上しているところが見受けられる。
いつものごとくダークネスな始まり方。心の中までダークネスです。精神状態はまだ大丈夫。
どうぞ。
チルンの由来、だったかいの。
……むかぁし、むかしの話じゃ。
エイルンは大都市じゃった。言わんでも分かろうことじゃが、ちと事情が違うでの、先に念を押しておくんじゃよ。エイルン以外はまだまだ村でのう。その中には今に大きな街になっておるものもあるが、滅びたものもあるわい。
オルゼトは寒村でな。そのくせミオンの血は強かったんでの、女衒がよく来たんじゃ。
その村にはな、役に立たん娘がおった。名前はチルン。寒村じゃきょうだいの多い家族は少ないもんじゃが、チルンの家にはフィルチという姉とポギンという弟がおったもんで親も呆れ果ててのう。
ミオンが人間に比べてずいぶんと無能なことは知っておろうが、チルンは輪をかけて無能でな。役立たずじゃわい。古文書によれば他の兄弟はミオンの血がそんなに出ておったわけではないらしくての。少なくとも、手伝おうとして怪我をさせないくらいには可愛げがあったようじゃ。
女が軽くみられる時代になっておった。人間にミオンの血が混じらん頃はまだ男女は強さでも平等じゃったし、魔女と呼ばれるたぐいの化け物も多くおったでな。時代は下りミオンの血が強く現れ始めると、女は美しいだけで役に立たん無駄飯喰らいに成り果てたと罵られたそうじゃわ。
チルンも無駄飯喰らいに思われて、女衒と相談して売りに出されることになったのじゃが、チルンは美しい娘ではなかった。ふつうの顔ではあったが、ただそれだけで、家事もできん、掃除も洗濯も、裁縫もままならん娘だったのじゃ。
なんとか掃除の修行を積んで、売りに出されたチルンの値段はいくらじゃったろう?
それが。
銅貨1枚。
あきれるじゃろう。情けないことよの。女衒は顔も良い、男に貢ぐだけ貢がせてから、途方もない高い金で身請けさせられるような女を求めておったでな。チルンはそもそも、そういうことには不向きだったのじゃ。人と話せぬでもないが、ただの娘じゃった。
親の二人は、がっくりしたそうじゃ。育てた甲斐もない、とな。チルンが売れたのは間違いないが、銅貨一枚では一回の食事も買えんからのう。一人分でも、じゃよ。
時間が流れた。
チルンは一生懸命働いておったが、女衒に買われたものの末路よ、給金なぞ出んわ。休みもなく働きに働いて眠りに堕ち、叱られる夢を見て目覚め、また働く。
掃除婦でも身なりはそれなりに整えるような所じゃったようだが、もちろんきちんとした三食が出るわけもない、まともには育たんわ。少なくとも周りから比べればやせっぽちで美しくもない娘はみすぼらしかった。一日中掃除をしておればきちんとしていても汚れるものじゃし、風呂を貸してくれるわけもない。
さんざ蔑まれるわ、仕事はきついわ、チルンは病気にかかってしもうた。
ところが、じゃ。神はいたずらっ子での。
病気にかかっていたチルンがある日に目覚めると、チルンは美しい娘になっておった。いつものように看病に来た下女も驚いて、これなら、と思ったのじゃろ、女将にこれならば売り出せると言ったのじゃな。
その日に店に来た男が、金貨よりも上の、デルク貨を取り出して見せた。
逆らうな、という意味じゃな。もしくは金で買われろということじゃ。いずれにせよろくなことには関わらんのじゃが、金があれば何でもできる時代じゃ、チルンは無事に買われて行った。
仕送りとして十分の一が親に贈られた。金貨一枚じゃ。
親は何と言ったと思う?
チルンが一万人になった、じゃよ。ろくでもない親じゃ。
たまたま通りがかった王様がそれを聞いておったが、下々のものの実情ということで深く心を痛められたそうじゃな。人間の力を使っていくらでも親たちを問い詰められたろうが、王様じゃからの、慎むわい。
さてと、ろくでもない男と言うのはな、けして自分で女を味わったりはせん。男が何も言わずにデルク貨だけ突き出して買ったのは、もちろんワケアリなのじゃな。美しい姿はどうあっても変わらない、それがたとい死ぬ間際であったとしてもな。
チルンの行かされた場所は、エイルンの闘技場じゃ。
ミオンの混じった女が行くとなれば、「悪趣味」なものしかあるまいて。
王様が死んだ女の親を呼び出した。そして、かじられて半分になった黒いされこうべを渡して、こういったのじゃ。
娘を売るは、困窮してのことと思われ、仕方なしと言えよう。
それを蔑み、あまつさえ不幸を喜ぶとは何事か。
知らぬことではあるまい。申し訳は要らぬ。
死せよ。
たった一枚の銅貨で売られ、それが金貨になった。しかも彼女には一枚の銅貨すらも与えられずに、不幸のみを得て死んだ。
王様はそれを悲しみ、新たな貨幣を作ることに決めたのじゃ。虚空より現れ虚空へ消える、価値を吸い取る魔性の「ジエルナイト鉱石」を使ってのう。見た目は元の硬貨と一緒じゃったが、価値を溜めるごとに色が変わるのじゃな。
王様がその硬貨に付ける名前はもちろん決まっておった。
チルン、じゃ。
「なにその中世暗黒史」
「いや知らん、というかこのおばあさん誰だよ」
「え、さっきクエストっぽいのが頭の上に出てたし、話しかけてみたの」
「それでこの長話かよ」
長えよ。何分かかってるんだよ。
「なんかの由来ってたいていろくでもないよな……」
「そうなの? チルンの由来は確かにひどいけど」
いや、ファリアーの由来もろくでもなかった。それに人間が修行しないとスキルを使えない理由もひどいものだったし、滅びた古代種族の話なんか最悪だ。
「それで、毒を精製するんだったよね?」
「おう。錬金スキルを使える場所を探してたんだよな」
さりげなく説明しているが許してほしい。
街に戻った俺たちは錬金をできる場所を探していた。だが見つからず、誰かに話しかけてヒントを得ようとおばあさんに話しかけた。教えてあげよう、というので何かと思ったら冒頭へ戻るわけだ。
「錬金はの、フラスコの中でできるんじゃよ。錬金術師の道具を扱うところに行くとよいじゃろうて。一通り揃えられるぞ」
「それを最初に言ってくれって!」
どういうことなんだろう。
「あっ、ゼルムさん! へこんでへたれたって聞いたのに、案外だいじょぶそうですね」
「リセイてめえ何言ってんだこら」
なんでここにリセイがいるのかとかそういうことは置いておくとして、リセイはにやにやしながら「妹と何してたんですか、おそとで」とかいう嫌らしい言い方をしやがった。
「バカ野郎てめえ、妄想が捗る言い方しやがって」
「妹とのことを妄想しちゃうなんて、ダメですよ?」
「じゃあそういうわざとらしい言い方すんなよ」
「ぐふふふひひ」
それはそうと、とリセイは真面目な顔に戻る。
「最近は街に関することばっかりなんですよね、NPCも。そろそろ次の街が開放されますかねー。ゼルムさんって負けたんでしたっけ、街のクエスト」
「ああ負けたよそれが何だ」
「あー、開き直ったー。次は行けそうだとか、そういう公算、あります?」
「あるよ。投げナイフに毒を塗る」
「単純ですねー」
単純だが、阻害魔法で強化できる可能性もあるし支援魔法に使う分のMPが浮いて全体への支援を行うのが簡単になるだろう。もちろん回復魔法を使うMPも残る。
「まあ、これから錬金の道具を揃えるんだけどな」
「あ、良心的な店が揃ってるとこ知ってますよ」
「おう、案内してくれよ。お願いします何でもしますから!」
「え、ほんとですか?」
嘘で言うわけがない。
このゲームには、メールはあるものの電話や仮想掲示板はない。攻略サイトは一応あるものの、嘘を書き込むやつが多いうえに情報の隠匿もありがちだ。
そんな中、善意だけで教えてくれるといったやつにお礼をしないではいられまい。
「リアルで会ってくれます?」
「お、おう? は、えー、あれか、オフ会か?」
「二人でですよ?」
「……いいぜ。場所はそっちで指定しろよ、行けない場所だったら断る」
石民って遠いですか、とリセイが言ったので俺は呑んでもいないお茶を超次元的に鼻の奥に作り出して噴き出すところだった。
「わりと近いな。そこなら問題ない」
わりとじゃない、ひと駅だ。
「それじゃ、石民駅のケヤキの下で。会ったら分かりますよね?」
「ああ、多分な……。服装にもよる」
こいつが男か女か、それが分からない。聞くわけにもいかないので我慢しよう。ミサがさっきからぷるぷると震えているが、
「だめ!」
「何だどうした!? こいつは犯罪組織のボスか何かか」
「そ、そうじゃないと思うけど…… とにかく、ダメなの」
「よく分かんねえけど、ミサもついてくるか?」
そう言った瞬間にリセイがキッとこちらをにらむ。
「デートに他の女の子を連れ込むんですか? 修羅場メーカーですか?」
「いや、そんなつもりじゃねえよ」
「でもダメです。ダブルデートならまだしも、修羅場を作るのは許しませんよ」
「お兄ちゃんをたぶらかさないで」
「二人とも落ち着けよ」
「落ち着けないよっ!」
「エロゲだったらもう死んでますよ」
こいつら。なんてしょうがないやつだ。
俺だって鈍い方ではない、というか鋭い方なので恐らくこれが人生最大級のモテ期であることは自覚しているが、それが素直に喜べることかどうか、俺には分からない。
片や妹キャラとして至高と言えるであろう義理の妹。
片や性別が分からないことに定評のある男の娘。
両方とも、たぶん普通の女の子なんだろう。リセイのほうはよく分からないが、少なくとも女だろうということはだいたい分かっている。年齢と性別はごまかせないのだ。体型は本人の望みでだいたい決まるそうなので、どちらなのか分からないキャラもいちおう作れてしまうことになる。
まあ、女の子を含めた近しい人に憧れてしまう女の子もいるし、ブラコンもいる。女にコンプレックスを持って、男みたいな体型を望むやつもいるんだろう。いいことだとも悪いことだとも思わないし、責めようとかけなそうとか思ってもいない。
そういう、どちらかというと濃いキャラの二人が同じやつに好意を持ったら?
そんなふざけたIfなのだ。
俺自身に決断力はあまりない。あると言えばあるがないと言えばない、というくらいで女の子にはっきり言って傷付けるのはどうかな、いや、でも言わないと確実に修羅場になるよな、と考え込むタイプだ。
俺以外の人間の感情が絡んだ問題で鉛筆を転がすのは、さすがにふざけていないか。そうは思いつつも何か思い切ったことがなければ決断はできない。
リアルのリセイに俺が惚れたら?
もしもだが、俺と美沙が元の両親に引き取られ別人になったら?
きっかけなしには俺は何もできないだろう。それは分かっているが、そのきっかけ自体は訪れる確証がない、決断を先送りにする言い訳だ。
「それよか案内してくれよ」
「そうでしたね。着いたらお返事を聞きますよ」
ともあれ俺は、リセイの案内に従って良心的な錬金術具の店に行くことにした。
最初に解説したので今日は解説なしですはい。
毒を独語訳してみたら(ダジャレじゃありません)、まんま英語のギフトでした。発音は違うかもしれないけどえぐいなあ。危険な贈り物なんてのは古今東西どこにでもあるし、ゼルムがミサに送った何かも未だに中身が明かされていないわけで、危険なものである可能性はありますよね。明かされていないのは別にまだ考えていないからとかそういうのじゃないですよ、ミサ視点で明かさないとよくないですからね。
次回更新はやっぱり遅いでしょう。リアル事情が複雑なので。近頃は忙しくてコレクション(何のとは言わない)の賞玩も満足にできないのです。
ひと月くらいお待ちください。




