#018 あの目
毎回引きがひどい、って言うの何回目なんでしょうか。
今年はもうちょっとマシになるといいなあ。
龍か、とつぶやいたところでそれだけで退却してくれるわけもなく、もちろんイベントの起こり始めには通常のスキルは使えない。つまり解析も使えず、龍の正体はまったく分からなかった。
『よくぞここまで辿り着きました、人間たちよ。あなたたちには封印されし水の聖域である、扉の奥を訪れる権利がある。しかし』
しかし、と言われても心当たりがない。何か問題あるのか。
『あなたたちは死んでも蘇ることができますが、一度この世界を出るためには基点を用意する必要があるのです。ここを基点として使いますか、人間たちよ』
「ネルカ、こんなの聞いてないぞ。ここがセーブポイントの代わりになるのか?」
「代わりじゃなくてそのものみたいだけど…… 水の龍よ、この先にはいったい何があるの? 幾度も死に続けるような、恐ろしい試練があるの?」
水の龍と呼ばれたが正解らしい。鷹揚にうなずいた龍は、重々しい声で優しく告げた。
『魔法を極めるために訪れる聖域、そこには恐ろしい試練が待ち構えています。あなたたちの強さではとうてい勝つことなどできない魔物もいる、あなたたちの力では乗り越えられない場所がある。その時のために、あなたたちはここの場所に一瞬で来ることができるように基点を配置できるのです』
「そんじゃ基点を配置するぜ」
セーブポイントというよりも、ここをテレポートできる場所の一つにする、というイベントらしい。つまりこの奥には、ただのダンジョンではない何かがある、ということだろうか。ただのダンジョンよりもっと広い何か、例えば街のような……。
『いいでしょう。ですが中に入ることはやめておいたほうが良い。水の王は私たちほど寛大ではないのです。強いものを叩き潰し、弱いものもただではおかない。気まぐれを起こすこともあるようですが、あなたたちではとうてい……。幸運を祈っていますよ』
セーブポイントならではの、泉のような青い光の球体が生まれた。
『門扉を開きましょう。幸あれ』
腹の底まで響くような重い音で不思議な紋章が刻まれた扉が、紋章を半分に割りながら開く。灯火というのとは違う、魔法の輝きが左右に一対現れた。
そこには水の王が待ち受けていた―― ほうが良かったが、そうじゃない。門をくぐった俺たちを待ち受けていたものが特別何かあるわけでもなく、ダンジョンの名前である「水晶の泉」にふさわしい青く煌めく水晶がトンネル状の道を形作っているだけだ。拍子抜けしたというわけでないが、魔法どーん即死ぃ、だと思っていた。
「こういっちゃ何だが、静かだな」
「しゃべっちゃいけないような雰囲気よね。あ、トンネル終わりよ」
風も吹かず音も聞こえないなかでは、この先に何があるのかも分からない。分からないことが恐怖につながるわけではないが、死ぬ運命を先に引き延ばすと言うだけならとっととトンネルが終わって魔法即死でけっこうだ。
と思ってトンネルを出た瞬間にも、やはり何も起こらなかった。
教会の中心に立ってでもいるように部屋はドーム状の屋根につながっている。水晶の内側にでもいるかのような形を見て、俺はその部屋の端に玉座があることに気付いた。誰かが座っていることは分かったが、急に暗くなった部屋では二つの目しか見えない。
「ほう、そのレベルでここまで来るとは。知恵の回る人間のようだ」
何か言い返せるような声ではなかった。威圧感というより、重力でも発生しているように感じられる。海の底のように深い青の目が二つでこちらを見ていた。たったそれだけでまったく動くこともしゃべることもできない。状態異常が発生すればHPゲージに変化もあるはずだが、そんなことを確認する心も余裕すらなかった。
「選べ。この私と戦い四散するか、褒美で引き下がるか。どちらを選ぼうと貴様らの自由だ。見えた瞬間に吹き消されぬことを嬉しく思え」
「戦いを選ぶほど愚かではございません、水の王」
ネルカが言った。俺は何も言えない。
「ではこれを一つ与えよう。欲を出したり戦いの準備を始めれば、分かっているな」
俺はネルカに利用されたのだな、と思った。
「宝石箱だ。これはもっとも功績を遺した戦士にしか渡さぬが、貴様らは特別に運が良いようだ、この私が気まぐれをいくつも起こすほどに。帰る手間を省いてやろう」
水の塊が左右から俺たちを包み、何も見えなくなった。
そして、意識を失うこともなく俺たちは洞窟の入り口にいる。
「ネルカ、利用してたんだな」
「お互いにね。こっちの利益の方が大きかっただけよ」
まあ、魔法を借りていたことは否めない。
「宝石箱なんてもらえるとは思ってなかったけど、きみが答えなかったからよ。戦えそうには見えなかったけど、どうだった?」
「いや…… 戦いたい相手じゃなかったな」
どうやら、ある程度低いレベルで辿り着くと戦わずに済む選択をできるようだ。その低いレベルは恐らく20以下なのだろうが、それはそれとしてこいつまでそんなにレベルが低いとは驚きだった。一回はレベルアップの祝福の光が見えたが、考えてみればそれだけでレベルが分かるはずもなかったのだ。
「それにしても宝石箱って、何が入ってるんだ?」
「名前の通り…… じゃ、ないみたいね」
宝石のように輝く、しかし宝石とは決定的に違う、鉱石だ。
「鉱石二つに宝石三つか。検証組に引き渡すのがいいかしら」
「俺は自分で加工してみるよ…… ありがとな、いろいろ」
「ええ。ログアウトしたほうがいいと思うわよ、時間的に」
こっちが中学生だということを知られてでもいるのか、時間がすでに十二時を五分ほど過ぎている時計の文字盤を示されてしまった。
「やべえ、落ちないと…… そんじゃな」
「ええ、おやすみなさい」
ログアウトボタンを押した瞬間に立っている感覚が寝ている感覚に変わる。
「やべえな…… 時間が遅すぎる」
アニメを録画予約しようとか勉強に今から打ち込もうと言うのではない。寝るのだ。ただそれだけでも、布団に入り始めた時間で寝るのにかかる時間がぜんぜん違う。生活リズムが崩れるのだ。とりあえず言うなら今日はアニメの日じゃないし、勉強は午前中とおやつ前に済ませてある。
トイレに行くために台所に降りて、ミサがそこにいるのに気付いた。
「美沙、まだ起きてたのかよ」
「お兄ちゃんが帰ってこないから……。PKにでも遭ってるのかと思って」
「そのぐれえ蹴散らすよ。Jでもない限り負けやしないからな」
「最近PKが増えてるらしくて、私も今日PK倒して来たの。いやだった」
人に剣を向けられて、自分も相手に剣を向ける。それがどれだけ嫌かなんて、説明するまでもないことだ。日常に生きているならばまず経験することのないことだが、VRMMOなんていう特殊なゲームだから仕方がないと言ってしまえばそれだけで済む。
「ちなみにどうやって倒すんだよ」
「盾で殴ってからキックして剣で斬ってだいたい終わり。逃げるもん」
「ああ、そうだよな……」
VRMMOでプレイヤーキルをやらかすやつは、意外なほど自分が死んで経験値を失くすのは惜しかったり反撃されると度胸なかったりするやつだ。
「美沙、あんまり人を攻撃することに慣れちまうなよ。危ないぜ」
「うん。なんだか手に感触が付いてるみたいで、いやなの」
しょうがない、俺は美沙の手をつかんだ。
「冷えてるな」
「……うん、部屋ちょっと寒いから」
「こんなとこにいちゃだめだ。早く寝ないと、背ぇ伸びねえぞ」
「お兄ちゃんは……」
美沙が何か言いたげだ。それがとても恐ろしいことだということは心の隅っこの方に大きな可能性として転がっていたが、俺はそれから目を背けていた。
「私を助けてくれる?」
「ああ」
答えてはならないと分かっていても、答えることしかできなかった。
「お兄ちゃんは、 ……お兄ちゃんは大丈夫なの?」
「絶対の正しさの基準てやつを持ってるなら、歪みはしない。大丈夫だ」
そんなことはない。俺は日々揺れ動いている。絶対の正しさの基準などというものがあるのなら俺の日々の悩みなどどこにもないはずだ。正直なところ言葉だけだった。
「……なら、任せちゃうね」
「任しとけ。シスコンって呼ばれるまでやるぜ」
俺はふざけることしかできなかった。
その夜は悪夢を見た。
◇
暗い。灰色の壁がある部屋に、椅子が置かれている。誰かが座っていて、それは多分主観という意味での俺なのだろう。俺はどこかを見ていて、魔法でも呼び出すように広げた手のひらの上で何かを遊ばせていた。拡大された手のひらの上のものは、紫色をした、ぐちゃぐちゃと蠢く薄気味悪い何かだった。
誰かが「俺」を見ている。目があるのだ。だが誰の目か分かるほどはっきりした顔ではなく、目だけが空中に浮いているように見えた。
「さがしているんでしょう」
「あんなに」
目が近付いてくる。紫色のアメーバみたいなものが、俺の手から落ちた。
「さびしいものね」
「泣きそうで」
景色が変わった。
森だ。今にもモンスターが出てきそうな、限りなく「リアル」であって果てしなくリアルからかけ離れた森。
「さがしているの」
「そうだよ」
目がある。
「さみしいから」
「どうだろう」
目が溶けて、黒い顔に変わった。
「わかりたくないの?」
「みせろ」
紫色のアメーバみたいなものが盛んに俺の近くで蠢いている。
「みえた」
「みえない」
アメーバが俺の足元を浸した。
「ほら」
「わからない。わからない」
目が俺の真ん前にあった。
「見えてるの」
「見えないんだッ!」
◇
ひどい夢を見た。数日は同じ夢でうなされそうだ。
何のメタファーかはもう分かっている。俺がこんな夢を見るなんて思わなかった。というよりも、この夢が現実に沿っているなんてことは絶対にない。
「お兄ちゃん、大丈夫?」
「言いながらネットサーフィンすんな」
ったく、こいつは。
「ちょっと悪い夢を見ただけだよ。なんでもない」
「ちょっと萌え画像のコレクションを」
「おいばかやめろ!」
お、俺の秘蔵の画像コレクションをあさっていると言うのか!
「作ってるの」
「逆にやめろ! というかダメだ!」
なんだこいつ!? どうして男向けの画像を集めて平気でいられる……!?
「いい趣味だと思うよ、お兄ちゃん」
「やめろおおおお」
しかもすでにあさった後じゃねえか! 事後だよ!
「うるさいぞ二人とも」
「父さんなんで!? なんでここにいる!?」
「どうしたのよトシ、美沙にパソコンの深いところ見られたの?」
「そのままなんだよ助けて母さんん」
「ってことは今、その画面に表示されてるのは……?」
「母さんダメだやめてノー、だめなんだ!」
私にも見せて、なんて母さんが美沙に言うので全力で母さんを止めて父さんに預ける。
「母さん、今は朝だぞ」
「そうね。でも早くはないと思うの」
にっこり、というよりにやぁり、が表現としてふさわしい笑い方だ。
「朝だからだめだ」
「えー」
「えーじゃない、だめなんだ」
「はーい」
父さんも母さんもフリーダムな人だ。ふりぃだむと書いた方が似合うかもしれない。昔っから分かっていることではあるんだが、でもなあと思うことも多々ある。朝っぱらから子供の前で始めようとするのは教育上よくないとおもいます。
「悪い夢でも見たか、トシ」
「俺のことを知ってる人が、追いかけてるみたいだ」
黒い部屋。
森。
目。
アメーバ。
「一番会いたくない相手だよ」
考察されるでもなくただ単に意味不明だと切り捨てられそうなシーンがまたひとつ増えてしまった……。
そもそも低級なものなので人が居着かないとかマジで読む人が少ないとか場所が場所なので時間をかけていられないとか、言い訳は立つんですが、作者の力不足なのかなんなのか、もう分からないですね。
書きたいものを書いてるからと割り切るしかないですかね。
明日も更新します。




