第三話 許容と覚悟
あれから数週間が経った。流石にこの世界のことも許容出来てきた。
いつまでもなってしまったことを考えていてもしょうがない。そう思えた。
「姉ちゃん、今日もあいつ酒を飲もうとしてるよ。逃げよう」
「待ってエミル。食事だけは用意していかなきゃ」
「料理だけできていたら自分たちでできるって早く出よう」
俺は姉の手を引っ張って急いで家を出た。週に数日はこういう日があり、日常化していた。もうエルナが殴られているのを見るのは勘弁だ。流石に自分も馬鹿じゃない。だから先手を打つようにしたのだ。
いつも川沿いに行ってあいつらが寝静まるまで時間を潰した。それでもあの家にいるよりは何百倍も良かった。
エルナとの時間が出来たことで話す時間も増えた。この際にまだ知らないことも聞いておこうと思った。
「お姉ちゃん、なんでここの村ってなにもないの?世界のどこもこんな感じなの?」
「エミルはまた変なこと聞くね」
エルナは少し笑った。
「ここは能力を持っていない人の村なんだよ。私は見たことないけど、もっと大きな街もあるみたいだよ。能力が目覚めた人はそっちに行けるけど、この村ではそんな人は一握りなんだよ」
「お姉ちゃんは能力はないの?」
「私はなにもないよ。だから変わらないの。」
エルナは川を見たまま言った。その声に、諦めとも違う何かがあった。
「この世界は能力があるかどうかで全てが決まってしまう」
それはアルトからも聞いた話だ。でもエルナの口から聞くと、また違う重さがあった。
「能力があったら外に出られるの?」
「そうだよ。能力が目覚めたら街に行ける。学校にも通えるし、仕事も選べるって聞いたよ」
エルナは遠くを見ながら言った。
「じゃあ…ここにいる人たちは…ずっとここにいるってこと?」
エルナは少し黙った。
「ほとんどの人はそうだね」
俺はこんな村にずっといるなんてごめんだ。エルナも同じはずだ。
「お姉ちゃん、いつかこの村を出ようよ」
「そうだね…」
少し沈黙が流れた。
「あのね。能力にも種類があるんだよ。RegaliaとかBasisとかって呼ばれてて、強い能力を持つ人たちは国から援助も受けられるらしいの」
「あとね、禁忌の能力っていうのもあって、それが目覚めたら消されるって聞いた。だから誰も口にしないの」
禁忌の能力。そんなものもあるのか。
「ここはNullって呼ばれてる。能力がない人たちの村」
雲が月明かりを遮った。
「私は女だしね。剣技を磨いて強くなるっていうのも難しいからね。外に出るのは難しいかもしれない」
「そんなのわかんないじゃん」
思わず強い口調で言葉を発してしまった。前の世界の自分を否定されているような気がして。
「そんなの…わかんないじゃん」
声が詰まって上手く言葉が出なかった。
「ごめんね。毎日剣の練習してるもんね?こんなこと言ってしまって。5歳の子に話すことじゃないのにね」
「私、ちょっとおかしいよね」
おかしいことはない。エルナも普段明るく振る舞っているだけで本当はいろんなものを抱えているんだ。俺がそこに触れてしまっただけだ。
「じゃあお姉ちゃんのために俺が強くなって、お姉ちゃんを守るから」
「冒険者になって稼ぐから」
「だからさ、だからいつか村を出ようよ」
「アルトだって村から出るって言ってたし、みんなで行けば大丈夫だよ」
エルナは少しだけ目に涙を浮かべた。
「ダメね。私、あなたのお姉ちゃんなのに」
「そうだね。じゃあいつか村から出ようね」
「そのためにはエミルは強くならなきゃね」
「うん、頑張る」
エルナはずっと微笑んでいた。
ゴルトが酒を飲まない日は決まって食事をみんなで取る。
その空気がいつも自分には耐え難い。
ゴルトは酒を飲まなければ至って普通だ。俺たちとは会話をするわけでもない。
上から目線で指示を出し、ただただ飯を食う。
ジュリアがゴルトに気を遣い話をする。そんな感じだった。
こちらも話すわけではない。ひたすら無言だった。
ただ、気になることがいくつかあった。
ジュリアの首元に、青黒いあざがあった。袖から覗く腕にも同じようなものがある。
気づいた瞬間、ジュリアと目が合った。
ジュリアは何も言わなかった。ただ、静かにこちらを睨んできた。エルナにも、同じ目を向けていた。
自分たちがいない時に、代わりに殴られているのだろう。
哀れに思うがそれ以上はなかった。今までこちらに振るわれていた暴力をただ黙ってみているのもれっきとした加害者だと自分は思ったからだ。
アルトとの稽古は活気を増していた。ただ、以前の記憶はほとんどないが自分なりにはかなりやる気になっていた。
木刀が風を切る音がした。
反応する前に、肩に一発入っていた。
「痛っ」
「遅い。見えてるだろ、あの軌道」
アルトは容赦なかった。構え直す。足を開く。重心を落とす。
「もう一度、行くぞ」
今度は見える。裁き切れたはず。そう思った瞬間に軌道が変わった。
木刀が腹に入った。
「痛い...イタタタ」
「おい、こんなものか?これで外の世界に行けると思ってるのか?真剣なら確実に死んでるぞ」
「お前、前より弱くなってるだろ!練習サボってるだろ!」
まるで剣道の指導者である。凄まじい檄が飛ぶ。剣なんか握ったこともないおっさんがいきなり剣を握って太刀打ちできるわけないだろ。無謀な話である。これが異世界の5歳児なのか。
「がんばれ〜。諦めたらダメだよー」
レナの声がする。相変わらずいい子だ。
おっさんでも気合いが入る。
まだ、慣れない動きでもう一度構え直す。
「いくぞ、おらー」
今度も簡単に弾かれた。そのまま体ごと地面に転がった。
「隙だらけだ。気合いだけだなエミルわ」
「まだやれるか?」
「……やれる」
立ち上がる。膝が笑っていた。
数週間、一ヶ月と経つにつれて、少しずつだが手応えを感じるようになっていた。
アルトとも少しは打ち合えるようになってきたが、向こうは相変わらず手を抜いているようだ。
木刀が来た。今度は読めた。
一歩引いた。風が頬をかすめた。
「……おっ」
アルトが止まった。
今まで避けられたことはなかった。お互いそれは分かっていた。
「……え、避けた?」
「うん……避けられた」
アルトはもちろんだが自分でもびっくりして呆気に取られていた。
「エミル、すごい。当たってないよ」
レナが少し前のめりになっていた。
次は行ける。今までと違うんだ。そう思えた。
「もう一度行くぞ」
「おう、来い」
来る。下から。軌道は見えた。ぎりぎり弾く。体が流れた。踏み込みが足りない。分かっているが追いつかない。
ダメだ。届かない。
「痛っ」
「まだまだだな。お前、途中で諦めただろ」
図星だった。
息が上がっていた。それでも前よりは動けていた。ただ、最後の一手で心が折れていた。
「エミル、少しはマシになってきたじゃないか?」
アルトは木刀を下ろした。
「ただ、自分の心に負けていたら勝てるものも勝てないよ」
圧倒的だった。全ての面で負けているのに心でも負けていたら勝てるはずもなかった。
俺は5歳児に何を言われてるのか。これが強さか。強さの前では抗うことができない。自分も強くなりたい。ただそれだけだった。
そんなある日のことだった。




