頁:64 ido'maite mauq / aem'ogami ◆挿絵有り
※注意喚起
本エピソードには軽い恐怖描写、威圧的な接触表現があります。
苦手な方はご注意ください。
ノアとパルテオンがニヴェイシア邸へと帰還し、話し合いの時間となった。
広間へと集結した彼らは、気絶しているバルタザール抜きで相談をするが――
彼の体力面を考慮し、一体どうするのが最善かと、案を出し合う。
「バルタザールって、歩いててもすぐ疲れちゃうみたいだし、困ったよね。
あっ、そう言えばバルタザールはまだ気を失っているのかな?」
「はい、気絶してらっしゃいます。 私が先程様子を伺ってきました。
念のため、《治癒の祈り》を祈らせて頂きましたので……っ」
彼女の返答に、安堵の吐息を洩らし「それじゃ…」と、続けざまに言葉を投げる。
「ヴェルカナ岩礁なんだけど、定期船の運行次第って感じだよね。
何が起きているか分からない以上、早めに出発はしたいけど……。
皆はどうかな? 定期船次第ですぐに向かうで大丈夫?」
ソファに腰掛けたパルテオンは「俺はそれで構わん」と返答を返す。
小人族の魔法使いは、眠そうにキューを抱きしめ「んー」と洩らし、同意。
セラは小さく挙手をし「あの……」と声を上げ、全員の注目を買った。
「賢者様はこちらで待機してもらうという形でしょうか?
となると、あの魔道具を使って、遠距離でやりとり――ですか?
賢者様を連れて行くのは、私には不可能に思えて仕方がありません。」
全員が考え込むように唸り、パルテオンは「無理だろ……」と眉間に皺を寄せる。
ルルも無表情で瞳を細め「無理っしょ。」とパルテオンに視線を移し同感の意。
皆の訝しむ様子を吹き飛ばすように、ノアが輝く瞳で声を上げた。
「バルタザールのあの宙に浮く〈技能〉! あれで物体を浮かせて――
で、その上にバルタザールが乗るとかどうかなっ! 良案じゃないっ!?」
「もしんなこと出来てたらよ、アイツなら最初からそうやって移動してたろ。
やらねぇって事はつまりできねぇってこった。 ちげぇか?」
ノアの提案に対し、パルテオンはバッサリと切り捨てた。
勇者の姿は途端に、叱られた子犬のようにしょんぼりと身を縮める。
ルルの腕に抱えられていたキューが彼の元へ駆け寄ると、心配そうに見つめた。
そのままノアの膝に飛び乗り、慰めるように膝で落ち着く。
「賢者ちゃんを調査の為に連れて行きたいのは分かんだけどさ。
賢者ちゃん……アイツ、戦うの無理じゃね? 見たこと無いけ知らんけど。」
「でも、バルタザールの目って、僕より良くってさ……だからその。
なんて言ったら良いのかな? 連れて行ったら、もっと気づきがあるかなって。
僕には見えていないものが見えているから、連れて行ったら良いかなって。」
ルルの言葉にノアが朗らかな声を抑え、言葉を返す。
しかしルルは無表情のまま、溜息を吐き出し、彼に反論を投げた。
「あたし、賢者ちゃん連れてくのは反対。」
「ノアちゃんは簡単に言っとるけど、後衛が増えるってことはさ、つまり――
そんだけノアちゃんやパルちゃんに負担が掛かるってことになるじゃろ?
それに、セラちゃんの聖神力ってのも無限って訳じゃないじゃろうし。」
ルルの言葉は、全員を考慮したものだった。
故に彼女の言葉が重くのしかかり、ノアは眉を下げ、項垂れる。
自身の軽はずみな発言に、後悔をしているのか、表情からは嫌悪が滲んでいた。
談義は中々終わらず、ニヴェイシア邸の広間では意見が交わるが――
そんな最中、広間に薔薇のような香りを漂わせ、続けて黒紫の霧が立ち込める。
霧を纏わせ、唐突に屋敷の主であるアメトリクスが姿を現した。
「ネー。キミらサ。 話し合いをするのは結構だケド、時間ちゃんと見てる?
もう結構夜遅いヨ。 それと、ヴェルカナの偵察、ボクもついて行くヨ。
勿論、拒否してくれても構わないケド、行き先はボクと同じだし。」
皆の身体がビクリと跳ね、ため息交じりに、騎士が怒気を孕んだ言葉を投げる。
「オメェさんよぉ……そのいきなり出現すんの、どうにかならんのか?
せめて部屋の扉を鳴らして入ってくれ。 ビビっちまうぜ。
俺らが小動物なら、とっくに生命活動終了のお知らせだ。」
騎士の言葉に、セラが(私の台詞を盗られました?)と眉をひそめ、睨む。
「エー? だってコレ。 ボクのアイデンティティの“能力”だし。
それにココ、ボクのお屋敷だしー。 貸し出してるのはボクだヨー?」
彼は飄々とした態度を崩さず、騎士の側まで寄り、掌をひらひら。
完全におちょくっている様子に、騎士は溜息を吐き出し、彼の手を手で払う。
だが屋敷の主の言葉通り、実際に時刻は既にかなり遅い。
いつもであれば、皆はとっくに就寝しているような時間帯だったのだ。
「仕方ないね。 とりあえずは後日に持ち越しってことで……また明日――
バルタザールが起きてから、彼を交えてお話し合いだねっ!」
ノアの一言を受け、全員は椅子やソファから立ち上がる。
各々で、借りている部屋へと戻り、廊下で就寝の挨拶が交わされ――
その後、屋敷は静寂に包まれ、部屋からは寝息だけが響いていた。
◇ ◇ ◇
すっかり夜が耽り、屋敷内はしんと静まり返っていた。
しかし、セラはどうにも先程の浴室での事故が脳裏に焼付き、眠れない。
(最悪の経験でむしゃくしゃして、全く以て眠れません……)
(安眠、快眠の指輪……こちらは恐らく入眠には効果がないのですね。)
息を吐き出し、部屋をそっと抜け出し、夜の庭園でも散歩するか、と。
そう思いつきで屋敷を忍び足で歩いていると、ふと明かりが目に留まる。
目に留まった方向は、屋敷の主であるアメトリクスの私室だ。
何か、物申してやろうと、ずかずかと歩みを寄せていくのだが――
徐々にだが、誰かと会話をしている事が明瞭になっていった。
(屋敷の方とお話をしてらっしゃるのかしら? でも声は一人分?)
中の様子を伺うため、薄く開いた扉に手を掛け、何気なく扉を開いた。
しかし、その軽はずみな行動は誤りで、彼女は扉に手を掛けたまま、固まる。
視界に飛び込んできたのは、認識阻害を解いた、彼本来の半魔の姿。
横顔でしか確認できないが、蒼白の肌、銀白金の毛髪から覗く、小さな黒角。
その表情はいつもの胡散臭い微笑ではなく、どこか淡々と温度を感じない。
「――ヒム……エリ……ソォ……ツェ……」
小声なのか断片的にしか聞き取れず、また、彼が何の言語を喋っているのか――
セラにはそれが、理解することは叶わなかったが、しかしだった。
彼の淡々とした口調から、なにかまずいことを聞いているのでは?と。
脳内で警鐘が鳴り響き、咄嗟に口を手で押さえつけ、荒くなる呼吸を噛み殺す。
逃げようにも、足が竦んでしまい、震えたまま、動くことすらままならない。
やがて会話が終わったのか、彼は半間の姿のまま、低く唸り嘆息を洩らす。
拳を固く握りしめているのか、床には彼の血液が滴り落ちる。
床を睨みつけ、小さく吐き捨てるように、言葉を零すアメト。
「オェベトゥエラカフ・フディゥ……??
――ッセムトゥセロン・エドゥラブ……」
いつもの軽薄で余裕のある調子とは程遠い、深い諦念の底に沈んだ凪。
余裕がないのか、横顔はいつになく孤独が滲み、どこか焦燥が滲むような――
「――で、盗み聞きしているのは誰? いい趣味してるね。」
ふざけている様子のない、アメトから紡がれた冷たい声色。
あまりにも温度を感じない、淡々とした言葉に、すっと心が冷え込んでいく錯覚。
セラの全身からは血の気が引いていき、背すじは凍りつき、浅くなる呼吸。
それはまるで、彼に心臓を掴まれているような感覚さえ覚え、末端が痺れていく。
髪の毛から、指先一つに至るまで、絡みつくように纏わりつく彼の冷気。
それでもなんとか、足を半歩動かし、書斎へと足を踏み入れる。
改めてアメトの姿を目に収めるが、淡い光りに浮かぶ彼の姿は――
幻想的な銀白金が、月光とランタンの光りの狭間で揺れ動く。
石像を想起させる、冷たい蒼白の肌。見えている方の瞳はいつもの赤紫ではない。
白目は黒く濁り、まるで、夜闇を切り取ったかのような深淵を宿していた。
こめかみから覗く小さな黒角は、彼が“ヒト非ざる者”を雄弁に物語る。
「ぬ、盗み聞きをするつもりはっ、なく、て……その。
ね、ねむれなくて……っ! お、お庭に……」
浅い呼吸で声が震え、恐怖で発声すら覚束ない為、言葉を紡げない。
しどろもどろで、それでも、不本意だった事を伝えようとするセラ。
彼は黙ったまま彼女を見つめると、やがて小さく溜息を洩らした。
小さく「大した話では無い。」と頭言葉の後、言葉を続けた。
「魔族はね、念話っていう頭で会話する事が可能な個体が居る。故に――
その念話で……っと。 ゴメンゴメーン。 いつもの調子に戻すネェ?
ンデ、ボクさー。 興奮?しちゃってたみたいでネー? ヒヒッ!」
取ってつけたように、いつもの軽い口調に戻すが、かえって恐怖を生むだけ。
取り繕うように、胡散臭く微笑むアメト。
だが、それすら演技に見える程底が見えず、セラの膝は震えたまま。
「イヤー。 ボクもビックリなんだヨー? だってサー……
認識阻害を維持できないほど、感情を揺さぶられたってコトデショー?
ヒッ……ヒヒッ! これだから、同族を相手にするのイヤなんだよネー。」
彼が飄々とした態度で、言葉を落としているその最中――
セラは一歩、二歩と後退り、部屋から逃げようと試みた。
だが、確かに目の前にいたはずのアメトの姿は、どこにも無い。
代わりに、背後から両肩を、とても優しい手つきで掴まれる。
彼の能力である、瞬間移動――使った気配すら、分からなかった。
完全に逃げ場を失ったセラ。まるで、命そのものを握られているような――
冷たいものが這い上がり、意識が揺らぎ、視界が霞んでいった。
肺の奥から「ひゅ」と息が漏れ、身体から力が抜け落ち、感覚が揺らぐ。
彼は見越したようにセラの脇に手を回し、腕を絡ませ、耳元に口を寄せる。
「やだなぁ……そぉんな、怖がらないで……?ヒヒッ……!
ボクの言うことを聞くなら、キミに危害を加えたりしないからサァ……?」
耳元に冷たい吐息が掛かり、低く、どこまでも優しい口調で落とされる声。
首筋からうなじにかけ、優しく吐息を“当てられ”這い上がる恐怖。
背中を伝う冷や汗で全身が凍りつき、思考は恐怖で塗られていく。
「ボクだってさぁ……消えたくないの。 今のところは、ネェ……?
優しいキミなら、分かってくれる……でしょぉ……?」
背後から優しく抱きしめられているが、それはまるで――
“お前の命は自分が握っている”とでも言いたげに、腕が腹部へと回される。
徐々に、抱きしめる腕の力が強まり、再び耳元に言葉を囁く半魔の彼。
「だからぁ、今のお話……ボクの喋っていた言葉……キミは聞いていない。
キミはとぉってもいい子だから、分かる……よネェ……?」
耳元に言葉を落とし、逃げられない彼女を知った上で、あくまで優しく――
耳朶に牙を押し当てるように噛み、冷たい吐息を吹きかけた。
頭が真っ白になり、血液が逆流するような感覚に、立っていられずふらつく。
呼吸が乱れ目眩がするが、肌に伝わる彼の感覚は、いつの間にか、無い。
気がつけば、アメトは背後には居らず、椅子に深く腰を掛けていた。
脚を組み、頬杖を付き瞳を細め、怪しくも妖艶に口の端を釣り上げ、嗤う。
顔に張り付いた微笑は、冗談めかした道化などではない。
獲物を嬲る捕食者の顔そのもので、笑顔であるはずなのに、冷たい温度。
「……ネェ? セラフィーナぁ……?」
「だ、誰にも言いません、 いいま、せんっ……から……!」
声をなんとか振り絞り、扉を弾くように、外へ飛び出す。
廊下を抜け、屋敷を抜け、そのまま庭園すら抜け、ひたすら遠くへ走る。
目的地などあるはずもなかったが、それでも必死に足を動かした。
やがて海が見える展望台のような場所へ辿り着き、自身を落ち着かせる為――
自身の身体を抱きしめ、風が吹き抜ける中、ようやく呼吸を落ち着けた。
(こわい、怖い……怖い! でもなんで……どうして……?)
(どうしてあの人は、あんなにも哀しそうな微笑だったの……?)




