その【事故】不可避につき。
談笑を交わしつつ、食事を全て平らげ、皆が満足そうに顔を綻ばせる。
そんな皆を、ノアが朗らかに微笑みながら、様子を伺っていた。
すると「――ぱんっ」と手を鳴らし、提案するように皆に声を落とす。
「ねぇ!改めてさ、自己紹介、してみない? 僕とパルは昔馴染みだからよく知ってるけど…
セラとルルはまだ良く知らないし、これから長い旅を共にする――仲間だから、さっ!」
全員が頷き、ならば最初は…と、ノアが再び口を開き言葉を紡ぎ始めた。
「僕はノア。 家名は無いんだ。 ただの農家の生まれで、勇者になる前は村人!
畑を管理するのが当たり前でね、今は【勇者】なんて大層な肩書だけど――
でも、そんなの最近の事でさ。 鍬を握ってた時間の方が、ずっと長いんだぁー、えへへっ」
飲み物の入っているカップを手に取り、水分補給をし、一息つく。
優しく朗らかに微笑みを浮かべ、少し考えた後に言葉を続けた。
「年齢は十七で、一応は成人済みだよ! でねぇ、この選定の剣…聖剣さんなんだけどね。
――なんと、たまに僕に話しかけてくるんだぁ、不思議だよねぇ?」
ノアが聖剣の柄を軽く叩くと、鞘が小さく煌めき、ノアにしか聞こえない声で呟く。
『――よろしく頼むぞ。』
ノアが次にパルテオンへと視線を移す。
視線を貰った彼は手に持っていたカップをテーブルへ置き、真面目な顔に。
「俺の名前は、パルテオン・バルムンク・ヴァルクレスト。
末端とは言え、ヴァルクレストの血筋だ! 戦功で“卿”ちゅーっもんを貰ってるッ!
元・煌陽国の騎士で、今でもこんな格好してる! 歳は二十八ッ!
大層な名前だけどよ、正直に言って……家格負けしてる自覚がある、ガハハ!」
「まぁ、肩書なんざ飾りだがなッ! 俺には盾さえありゃ、十分ってこったッ!ガッハッハ!
して…俺の【加護】なんだが――【守護者】つうモノらしい。
【加護】のこたぁ分からんが、仲間を守るためにある力だろッ!」
豪快に笑いつつ、騎士パルテオンの自己紹介が終わり、彼の視線はセラへ落とされる。
見つめられたセラは、キョロキョロと見回し自身に指をさし、困惑顔。
ノアとパルテオン、ルルも期待の眼差しをセラへと向け、セラは遠慮がちに口を開いた。
「ええと、ご紹介に預かり――いいえその前に!!
本日はご迷惑をおかけして、ごめんなさい…色々と有りまして…では自己紹介を。」
「セラフィーナ・ヴァイオレットと申します。 【聖女】の名を拝受いたしました。
おそらく【加護】事態が【聖女】なのかと…その辺りはよく分かっておりません…
ええと、歳は十五で…好きなものは動物と歌…です。」
少し思案して周りに目を向けるが、皆彼女の言葉を待っている様子で見つめる。
「ふう」と一呼吸置き、呼吸を整えた後に、口を開き言葉を続けた。
「小さな頃から、ずっと…人のお役に立ちたいと、そう願い…生きておりました。
【聖女】としての使命は重荷に感じることも、勿論あります、が…
精一杯頑張っていけたらな、と。 それと、虫が苦手でして…特に蜘蛛が…」
思い出したのか、彼女の顔が青ざめていく様子を察し、ノアが止めに入った。
「セラ!楽しいことを思い出して!それかほら! キューちゃんを抱きしめて!」
そういって慌てて謎毛玉生物を手渡しするノア。
セラは渡された毛玉を微笑みながら抱きしめ、小さく感謝を述べた。
残されたルルが、空になったカップを仰ぎつつ、気だるげに口を開く。
「んじゃ最後はあたしな。 亜人…白兎小人族の、ルルリカ・ルリカ。
コエリーナを名乗れねーのは、名前自体が呪いだからだぜー
ちなみに、真名があったりする。 すごいじゃろ。」
「名前は特殊な文字が使われてて、意味だけど“ル”で繰り返しと不変。
“ル・リカ”で注視と欠落――って意味らしいぜ。 文字はなんかーしらん。」
紅い瞳がランタンの光に照らされ、不思議な色味を帯び、ルルは瞳を細めた。
「その呪いのせいで、あたしは表情が面に出せん。 まぁ、しゃーなし。
ちなみに言葉遣いだけどよー、西の大森林の地域語って感じらしいぜー。
あーそれと。 魔法が使えるっつーのは、あんま周りには言わんで欲しい、よろー。」
投げやりなように聞こえるが、理由が理由なだけに、誰も踏み入ることはない。
ノアは表情を少しだけ落とし、ルルに顔を向けると、朗らかな声を落とす。
「ルルは色々と事情があるんだね。 魔法のことは言わない、約束するよ。」
自己紹介をしたからと言えど、特に何か大きな変化があったわけではない。
が、確かに一歩を踏み出したのだと、なんとなく全員が感じ取っていた。
自己紹介を終え、一同は宿屋の従業員に部屋に通される。
「すみません、あいにく空き部屋がなくって…
本日聖女様がお休みになられていたお部屋しか空いておらず…その…寝台が――」
従業員に案内された部屋は、広めの部屋で、泊まる分には問題なさそうだった。
しかし、従業員の危惧していた通り、寝台は三台しか置いていない。
ノアは「大丈夫です!」ときっぱりというと、従業員はそれ以上、踏み入らなかった。
にこやかな笑顔を一同達に向け「ではごゆっくり!」と言葉を掛け、立ち去る。
――しかしルルが無表情で、怠そうな声でぼそりと洩らす。
「寝台三台って……どーすんじゃろ。」
ルルのつぶやきは、誰にも聞えない程、小さく呟かれたもので、誰も気が付かない。
セラが部屋を眺めつつ、困ったように小さく手を上げ、声を出す。
「あの、私…できれば湯浴みをしてきたいのですが…。 その…
身体がベタついていて…従業員の方に湯浴みできる場所があるって…」
セラの言葉を聞いたノアは、ぶわりと顔が赤くなり、大げさに身を乗り出した。
「だっ駄目だよ…!外ももう暗いし…!こんな時間に一人は…!
暴漢とか怖い人とか……!!! 危険すぎるよっ!」
あまりに真剣な瞳で凄み、身を挺し、全力で彼女の湯浴みを止めるノア。
セラは意味が理解できず「ええっと…?」と困惑の表情で、ノアを見つめた。
「あの、湯場は屋内ですし、ノアが不安になる事はないと…それにすぐに出ますので…
そ、そのっ…あ、汗を拭いたくって…! いけません、でしょう、か…?」
恐る恐る話しかけるノアに、パルテオンが提案するように、二人の話に割って入る。
「だったらよ、俺等のどっちかが、セラが出てくるまで見張ってりゃ解決じゃねえか?
セラが嫌なら、勿論強制はしねぇ、それじゃ駄目か?」
ルルも概ね同意した様子で「そないしたら?」と気怠げに呟く。
ルル自身も、湯浴みに行きたい事を付け加え、話し合いの結果――
湯浴みの場所までノアが同行し、出入り口で待機。
なにか困りごとがあれば、すぐに呼んで欲しいとのことで、三人で湯浴みの場へ。
湯浴み場は、脱衣所と身体を清める場所で別けられている構造。
ノアは脱衣場の外で待機することとなり、二人は早めに終えるとノアに伝えた。
彼女らは颯爽と脱衣所へと消えていき、ノアは若干緊張しつつも、待機。
(どどど、どうしよ…ちょっともやもやしちゃって駄目…駄目だよ僕…!!)
邪念を振り払うように、必死にノアは畑の事を考え、時間を過ごす。
が、しかし――中にいるセラの悲鳴のような声が聞え、咄嗟に扉を開け放ってしまった。
だが、咄嗟の判断は完全に悪手で、セラ、ルル共に、既に薄い肌着姿になっていたのだった。
――そして、彼女たちの側には大きめの、黒い虫。
虫は空気を察し「失礼します。」と言いたげに、脱衣所の外へと、颯爽と脱走。
ノアは慌てて脱衣所から飛び出し、扉を閉めながら声を落とし、逃亡。
「あわわわっ!! ご、ごめん!! セラの悲鳴がきこえたからぁぁぁぁ!」
そのまま外で、膝を抱え、申し訳なさそうに顔を隠し、耐えるのだった。
◇ ◇ ◇
一体何が起こったのか、少しだけ時は遡り――セラとルルの様子。
「しっかしよー、勇者ちゃんは何が心配だったんだろなー? 湯浴みくらいでよー」
ルルは本気で分からないといった様子で、怪訝そうな瞳で、セラに話を振った。
セラはくすりと笑いルルの問いに対し、柔らかく返答を返す。
「ノアさんもお年頃ですからね、多分、それであんなに…
止めてらっしゃったのかな……って思うのです。 ふふっ!」
「――でも汗がベタついて、身体が気持ち悪くって…さすがの私でも…
こればっかりは、譲れませんでした! ノアさんには悪いとは思うのですが…」
二人で仲良く喋りながら、服を脱いでいくが、ルルはすこぶる乱暴に衣類を脱ぐ。
あまりに粗雑過ぎる脱ぎっぷりに、セラが慌てて丁寧に衣類を剥ぎ取る。
ルルを脱がした後、セラは丁寧に服を脱ぎ、綺麗に畳む。
脱衣所の籠に、二人分の衣類を重ね、いざ湯浴み場へ足を踏み入れるが……。
扉を開け放った瞬間に、おおよそ掌程度の大きさの黒い虫が蠢き――
その姿を認識した瞬間に、セラが悲鳴を上げてしまったのだった。
それが、事の顛末――
現在、ノアが立ち去った後のセラとルル。
一瞬何があったのか理解できなかったセラは、段々と状況を理解し――
ノアと同じくらい、顔を紅色に染め上げ、小さく悲鳴を上げ、項垂れた。
(わ、わたしが悲鳴なんてあげなければ……っ! ごめんなさい、ノアさん…っ…!)
ルルは意味が理解できず、頭に疑問符を浮かべ、考えた後に声を掛ける。
「虫、どっかいっちまったな…。 無視する虫は、無視ってなー。」
二人の間に流れる空気は妙な物で――
セラは一体、何をどう突っ込めばいいか、分からなかった。
その後は、汗で気持ち悪くなっていた身体を拭い、着替え、項垂れるノアと合流。
セラとノアの間に会話はなく、互いに気まずそうに部屋へと戻った。
ルルは実にあっけらかんとしていて、まるで気にしている様子は無い。
部屋に戻ると既に騎士パルテオン、そして毛玉生物のキューは眠っている。
残りのベッドは二台だが、此処でも問題が発生してしまった。
「あたし、一人じゃないと寝れん。 隣に人が居ると落ち着いて寝られん!」
ルルのとんでもわがままに、セラとノアは困ったように小さく呻く。
互いに先程の事が脳裏をよぎり、顔を合わせられない。
ノアが困ったように笑い「僕は、外にいるよ…。」と言いそのまま部屋の外へ。
セラは止めようとも思ったが、しかし掛ける言葉が見つからなかった。
互いにわだかまりを抱えたまま、セラはベッドに身を沈め――
ノアは部屋の外、扉の前で聖剣を抱きしめながら、一晩を過ごす事となったのだった。




