↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
その【聖女】転生者につき。  作者: お餅憑き
七章:

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

107/137

頁:65 その【賢者】絶体絶命につき。



ニヴェイシア邸から離れた場所にある、海が望める展望台。

月光に照らされた石畳を、目的も無く彷徨い歩くセラ。


本来、海が一望できるその場所は絶景なのだが、現在のセラには響かない。

肩で呼吸し、来た道を振り返るが、既に屋敷の影は遠く、未だ落ち着かずにいた。


潮の香りを感じる夜風が頬を撫でるが、全くと言っていい程、落ち着かない。


彼の体温が、未だに肌に残っている感覚。あの温度の感じない“優しさ”――

腹部に回された腕の力は、確かに命を握られているような悪寒を感じた。


耳に、脳に残響する、彼が自身を呼ぶ『セラフィーナぁ?』という問いかけ。

全身に、彼に対する恐怖が確かに刻み込まれ、改めて“人間とは異なる”と。

再認識させられたようで、今までの軽薄な態度は、演技だったのか?と――


信頼しかけていた心が離れかけるが――それでも、最後に見せた表情。


彼の孤独に沈んだ、諦念を帯びた闇が忘れられず、精神を揺さぶられる。

忘れようとすればする程に、輪郭がより濃くなり、深みに沈んでいく。


思わず両手で耳を塞ぎ、目を瞑り、現実逃避をするように、情報を遮断した。

それでもどうすれば良いのかセラに分かるはずもなく、ただ小さく震える。


身体を丸め恐怖を抑え込むが――彼女のその背後には、いつのまにか人影――

一体、いつから居たのか、どこから湧いて出たのか。


「お、お嬢さん……? こ、こんな夜更けにどうしちゃったのかなぁ……?

 おじちゃんが、今、安全な場所に連れてってあげるからねぇ……?」


がしりと肩を捕まれ思わず振り返ると、そこには小汚い男の姿。

乱れた衣類に、酒に濁ったような瞳……全身から漂う嫌な匂いに、下卑た笑み。


生臭い吐息が至近距離で触れ、咄嗟に腕を振り、拒絶するセラ。


「まっ、迷子ではありませんっ! どうか、放っておいて……やめっ!」


「こんな夜中じゃあ、誰もこねぇよなぁ? これあ……ご褒美だあ……!

 日々クソみたいな生活してる俺に対しての……ヘヘッ!!」


必死に腕を払おうとするが、セラの腕では到底敵うはずもない。

男は力任せにセラの腕を引き、どんどん暗がりへと連れて行かれていった。


それでも必死に抵抗し、がむしゃらに腕を叩くが、無駄。


(なんで、なんでよりによって……こんな時に……もうやだ……)


ずるずると身体を引かれ、最後の抵抗にと、声をあげるセラ。


「いやっ!! 誰か……誰か助けてッ……!!!」


声を上げたと同時に、引かれていた身体が制止し、何事かと瞳を薄く開ける。


「このような場所で……暗がりで何をなされようと?

 婦女暴行は、この国では立派な不法行為デスが。」


温度は無いが、どこか胡散臭い声音――男の視線の先には、アメトリクス。

先程見せた半魔の姿ではなく、阻害を纏った人間としての姿の彼。


いつもの胡散臭い微笑で、男の腕を掴み、瞳の奥底に宿る色は――軽蔑。


「今、あなたが手を触れているお方は【聖女】サマですヨ?

 そんな方に手を出されたとなれば、間違いなく極刑は免れないかと。」


「今ならボクも治安官に報告すること無く、見逃しますヨ?

 ――幸いにも、手を触れただけのようですので……」


「さて、如何……なさいマスか?」


浮浪者風の男はゾッとしたような顔を浮かべ、謝罪を口にしながら逃亡。

脚を縺れさせながらも、どこかへと姿を消し、周囲には静寂が戻った。


「あの姿で、あんな事をしたらそりゃ怖いよね。 悪いことをしたね。」


胡散臭さという仮面を外した彼は、こうも冷淡なのかと。

そう思える程、凪いだ声音で語りかける半魔の彼(アメト)。


能面のような顔。ぎこちなく口の端を釣り上げ、なんとか表情を作る彼。

その表情は、どこか幼く感じるもので、セラは益々分からなくなった。


「ぼくの屋敷が嫌なら、今日は別の宿に泊まると良い。

 ぼくの名前を使ってもらっても構わない。 勇者には伝えておく。

 きみの好きなようにするといい。 選ぶのは、きみだからね。」


アメトは「おっと……」と目を細め微笑み、セラの言葉を待つ。

だが、彼の言葉はセラの耳には届いては居らず、彼はその事を知らない。


もう少しで危ない目に遇いそうだった事、屋敷内での恐怖――

感情がぐちゃぐちゃに織り混ざり、胸に渦巻いていた混乱や不安。

耐える事などできるはずもなく、涙となって一気に溢れ出していった。


彼の服を掴み、胸に顔を埋めるが、激流となった感情は止まらない。


「もう、いや。 いやだよっ……! なんで、わたし、なにもしてないっ!

 なにもしてないじゃないっ! どうしていっつもいっつも……!!

 間が、わるいの……? ねぇ……わたし、わるいこと、した……?

 かみさま……どうして、どうして……ふっ……ぐ、ううっ……!」


彼に吐露したところで、どうしようにもない事は、分かりきっていた。

それでも、何かに縋りつかねばならない程、セラはもう限界だったのだ。


宵闇の静謐の空気に、セラの嗚咽がこだまする。


「はぁ……そうだネ、うん。 キミは何もしていない。 何も悪くない。

 ボクは、さっきキミに恐怖を与えたんだヨ? そんなボクに……

 どうして縋れるの? キミの情緒が理解できないヨ……。」


今のセラに、刺激になる事はしない方が良いと判断したアメト。

正面からセラの身体を慎重に抱き寄せ、落ち着かせるように背中を撫でる。


「落ち着くまで、こうしてたら良い。 これで落ち着くなら……ネ。」


彼の指先は、セラの黒灰(ニゲルグレイ)の髪を淡い手つきで撫でる。

少女を落ち着かせる為、彼なりに気を遣い、尽くしていた。


月明かりの下――泣きじゃくる少女を抱きしめる半魔(アメト)。

彼は、自身に縋る眼の前の少女の事が、心底理解できないでいた。


◇ ◇ ◇


ニヴェイシア邸の早朝――

外界からの喧騒から隔絶された、静謐を体現した白亜の屋敷。

分厚い深緑のカーテンの隙間から、優しい黎明の光が部屋を包み込む。


まだ早朝とも言えない刻限。目を覚ました賢者(バルタザール)は、周囲に目を向ける。

ぼやける視界に、自身が眼鏡を外していることに気が付き、瞳を細め散策。


幸いにもすぐ側に眼鏡は置かれてあり、しっかりと眼鏡を清掃し、掛ける。


(成る程。 ワタクシ……転送直後に気絶し、此処へ運ばれたのですな?)


「……さぁてッ!」と、意を決して寝台から身を起こし、部屋を抜け出す。

以前、モノクルで見た景色を頼りに、廊下を進むのだが――


彼は、この屋敷の広さを知らなかった。


長い廊下に、あまりに整然と配置された扉たち。そう……迷子になった。


「ウッソでしょ……?いえ、扉は五つほど越えました……まだッ……!

 しかしこれ以上動くことはッ…… 来た道を戻りましょうッ……!」


踵を返し、来た道を戻ろうとするのだが――あまりにも似たような景色。

故に、賢者の脳内マッピングは意味を成さず、大混乱真っ只中。


(はて!? え……? たしかにこちらの廊下を……?)

(あちらの調度品を頼りにこちらに向かったはず……どうなって……?)


彼の記憶力は【加護(ギフト)】により常人よりは確かに優れてはいる。

しかし、このニヴェイシアの屋敷の内装は、あまりにも整えられていた。


また、目印となる調度品も同一の物で揃えられており、その事が混乱を加速。


賢者は悟りに至ってしまった――そう、彼は屋敷内で完全なる迷子となった。


「うっそでしょぉッ!? 嘘ですよねッ!? 屋敷内で迷子ですとッ……

 ワタクシのそんげーーーんッ! ワタクシの自己の同一性(アイデンティティ)ッッ!!」


なんとか脚を動かし歩くが、見知らぬ風景が広がり、首筋には汗が伝う。

賢者の体力は、最初から雀の涙程しか持ち合わせていない。


歩けば歩くほどに、彼の脚は震え出し、体力の限界を示すように膝が折れる。


ついに彼は、限界を迎えてしまい、その場にへたり込んでしまった。


「み、皆さまが仰っていた広間とやらは何処ッ!? くう……!!

 ゆ、勇者殿ッ!! 騎士殿ッ!! 聖女殿ーーッ!! ルル嬢ーーーッ!!」


壁に手をつき、膝を折りながらも足を動かし、必死に一歩一歩進んでいく。

しかし賢者の歩行速度は、よもや這いつくばる虫ですら勝てそうな程、遅い。


やがて、前方から足音が反響し、賢者は縋る思いでそちらに歩みを寄せた。

すると、一人の好青年が姿を現した。短く刈り込んだ髪に、しなやかな体躯。


やや、粗野な雰囲気を纏っているが、仕立ての良い庭師の衣装に身を包んだ姿。

笑顔は柔らかく、青年は賢者に気がつくとそっと駆け寄った。


「おはようございます! 旦那様のお客様でございますか?

 はじめまして!俺は庭師兼、警備係を任されておりますシリルです!

 お顔色が悪いように思うのですが……お客様、体調が悪いのですか?」


そっと手を差し伸べ、賢者を立ち上がらせると、シリルは再び問いを投げた。


「歩けますか?  ちゃんと、立てますか……? 大丈夫ですか?」


賢者は立ち上がったは良かったが、足が震えだし、耐えかね泣き言を洩らす。


「すッ……すびばぜんッ……! どうにかワタクシを広間にッ……

 案内……いえ、無理ですな。 運んでは頂けませぬかッ……!」


情けない声で懇願する賢者の姿。


彼の言う“尊厳”とやらは、どうやら現在は家出中のようだった。

庭師の彼は気にする様子もなく、軽々と賢者を横抱きに抱え――


爽やかに微笑み、一言「了解ですっ!」と言うと、そのまま歩き出した。


「いやッ! ちょっとッ! あの、おんぶではなくなにゆえに横抱きにッ!?

 勇者殿に続き、何故ワタクシを横抱きにするのでッ???

 アッーーーーー!!」


羞恥に震える賢者をものともせず、シリルは悠々と渡り廊下を進んでいく。

やがて広間へと到着し、賢者をソファに下ろし、にこやかに告げた。


「少々お待ちくださいっ! 今、メイドに飲み物を持ってこさせますのでっ!」


彼は「ではっ!」と言い残すと、颯爽と扉の向こうへと、消え去っていった。

残された賢者はソファに身を沈ませ、己の無力さに苛立ちを隠せない。


両手で顔を覆い尽くし、その状態で小さく身を丸め、唸る。

自身の手の中で、悔恨の念たっぷりの声を洩らしていた。


「わ、ワタクシ、またもやご迷惑をッ……このような結果を招き――

 誠に不甲斐ないッ……!これでしたら最初から、共に行動するなどとッ……!

 なんたる無様な有様ッ……己の体力の無さは自身が一番理解していたッ……!

 にも関わらずですぞッ! 愚鈍ッ!浅はかッ! スットコドッコイッ!!

 ワタクシは遺憾ッ!! 誠に遺憾ですぞッ!!」


彼の胸中では、自身に対する怒りで一杯だった。だが、誰にもそれは届かない。

ただ、広間の静寂に吸い込まれ、彼の静かな怒りの声は、かき消されていった。


◇ ◇ ◇


――その後。


暫くして、広間にて待機している賢者の元へと、続々と集まってくる一同。

時刻はまだ早朝ではあったが、窓から射し込む光が、陽の昇りを示していた。


賢者はメイドが淹れたであろう珈琲を啜り、読書に耽っているところ。


ただし、読書方は、彼ならではの独自のスタイル。

〈技能(スキル)〉で本を数冊浮遊させ、同時に読み進めると言った技法だ。


さながら学術都市の大図書館――禁書庫での日常を切り取ったかのような光景。


賢者の次に広間に登場したのはルル。

彼女は寝癖そのままの白髪で、欠伸混じりに扉を叩き入室。


「はよー。 ザーちゃん起きるん超はえーのー。 すげーぜ……

 朝っぱらから何をそんな読んどるん? てか本持ってきとったんか。」


彼女は眠気眼で目尻に涙を浮かべ、当然のように賢者の隣に腰を下ろした。

賢者は若干狼狽えていたが、平静を装い、挨拶を交わした後、言葉を返す。


「お早う御座いますッ……こちらの書物は大図書館から持ち出した歴史書ッ……

 でしてッ……ワタクシの身体の不調に関する事、まだ調べている段階ゆえッ!

 ですので、こうしてまだ見ぬ本に目を向けているのですッ……。」


「ほーん……? ザーちゃんの身体……なんかわかるといいなー。

 ふわぁ……あたし駄目そーー……なんか超ねみぃー……」


出会った当初の賢者であれば、卒倒待った無しのルルのスキンシップ。

しかし彼は耐性を獲得……否、慣れなければ身が持たないと理解してしまった。


故に、ルルがどれだけ身体を引っ付けようが、気にしない方向で決意。


次に広間ヘと姿を見せたのは、寝癖すら愛嬌の勇者と、軽鎧を纏っていない騎士。

彼らは軽く挨拶を投げ、各々でソファや椅子に腰掛け、ノアが口を開く。


「皆お疲れ様ぁ……昨日、遅くに寝ちゃったから僕はまだねむたいよぅー……

 あれ……?セラは? まだ寝ているのかな?」


「バルタザールとルルが居て……セラは居ねぇのか。 また風邪か?」


「ワタクシ、白明刻(はくみょうこく)の前からこちらに居りますが――そうですなッ!

 聖女殿はお見かけしておりませぬッ! 見かけた人物は……女中が二人。

 それと庭師が一人、執事のご老人が一人でしたッ!」


賢者の言葉に、心配になったノアが「見てくるね」と言い伝え――

彼はとぼとぼと広間から居なくなり、廊下を抜ける音だけが静かに響いた。


勇者と入れ替わりで広間に響く、扉を打ち鳴らす音。

次いで、老執事が恭しい一礼と共に姿を見せ、声を行き渡らせた。


「勇者御一行の皆さま。 朝餉のご用意が整っておりますが……

 お召し上がりになられますかな?」


丁寧に頭を下げ、言葉を伝える老執事。椅子に腰掛けていた騎士だったが――

彼は「ドカッ」と立ち上がり、すかさず割って入るように声を上げた。


「ああ、勿論だッ! 頂きたいッ!」


実に迷いのない即答――頭で考えるより、先に出た言葉なのだろう。

恐らく彼の空腹の胃袋から出てきた、謂わば条件反射。


自然な流れで彼らは食卓へと足を運び、その道中でノアが皆に合流。

四人で朝餉の為、食卓へと向かっていく中、ノアがセラの様子を伝える。


「セラは疲れてたのかな? 今はぐっすり、すやすや眠ってるみたい。

 僕がほっぺをツンツンしても起きなかったから、そっとしておこうねぇ」


「子爵ちゃんの家のオフトゥンが恋しいつっとったしなー

 ノアちゃんの指輪もあるし、安眠しとんかもしれんね。

 セラちゃん、あんま眠れんみたいじゃし、良かったんじゃねー?」


「にしてもよ、ノア……そっとしておこうって言っておいて――

 頬を突くのはご法度なんじゃねぇか……?」


朗らかな声で告げるノア。その言葉に対し、軽い調子で返すルル。

パルテオンだけは、勇者の所業にツッコミを入れるが――


誰も、聖女が昨晩大変な目に遭ったことなど、知ることなど無く……。


一同は朝餉の時間を、穏やかに、和やかな雰囲気で過ごすのだった。





【設定メモ:煌陽国の時間を示す言葉】


 本文に出てきた単語白明刻(はくみょうこく)ですが


煌陽国セレスタリアでの06:00~09:00頃を指す言葉です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。