頁:68 その【依頼】怪奇につき。
食事を終えた一同。
一旦場所を広間へと移し、各々がなんとなくでソファや椅子に腰掛ける。
全員が着席したのを確認し、ノアが真っ先に声を上げた。
「ええっとね、セラ。 ヴェルカナの定期船なんだけど……なんと――
明日が出航日なんだぁ……あははぁ……」
「あ、明日!? え、えらく早いですね……? 準備せねば……!
そう言えば結局、バルタザール様はどうなさるのでしょうか?
……やはりこちらで、お留守番ですか?」
セラは顔を賢者へと向け、彼の動向を探る。
彼は先程の食事の時間で、皆の鼓膜を破壊しかけてしまった事を深く反省。
セラだけではなく、全員からの視線に耐えかね、恐る恐る声を出した。
「ワタクシは、魔導椅子という魔道具での移動を検討しておりッ……。」
「ま……まどういす? とはいったい何なのでしょうか?
その、無知で申し訳がないです……説明を頂いても?」
困ったように眉を下げ、賢者へと説明を求めるセラ。
先程の後悔を生かし、彼なりにかなり声量を落とし、セラへと伝える。
「つまり……足の不自由な方向けの道具がないと――
徒歩での移動すらままならないと、そういう事ですか……?
そこまで身体に不自由があって、今までどうやって生活を……?」
「私、バルタザール様が不思議でなりません……!」
賢者はというと、彼は未だに引きずっているらしい。
ギラつく眼鏡でその瞳の色は確認できないが、恐らくしょぼくれている。
「えっとね、それで……今はアメトさんがお屋敷に戻るまで待ってるんだ。
あの執事さんが言うには、早朝から“視察”とかで居ないみたいで……。
お屋敷の持ち主なのに、どうしてこう毎日居ないのかなぁー……」
ノアの言葉に何か思うところがあったのか、パルテオンが口を開いた。
「ノアは農民の出でも、主人が仕事もせずに屋敷に籠ってるつー……
そんな事はありえんくらい、流石にわかんだろ?
貴族の当主つーのはな、仕事が山程あんだ。」
「こればっかりは――俺は子爵の肩を持たせてもらうぞ?
それにだ、優秀な人材であればあるほど尚の事なんだ。
薬学の知識。 他貴族とのコネ。 あとこれは俺の見解だが――」
「恐らくアイツァ、冒険者ギルドから直接依頼……なんてのもあると睨んでる。
ノアは薬学貴族って言葉から、引き篭もりみてーのを想像したんだろ?
だが、屋敷の使用人見りゃわかる。 ありゃ、主人が超優秀なヤツだ。
よって、ノアが思ってる以上にあの子爵は多忙だと思うぞ。」
珍しくアメトの肩を持つパルテオンに、驚きの眼差しを向けるノア。
騎士の言葉に驚愕し、ノアは彼に問いかけるように言葉を投げた。
「や、やたら詳しいんだねパル……! 貴族さんのお仕事……わかるの?」
ノアの言葉に、やや返答に悩むような様子を見せるパルテオン。
彼は「あー……」と、なにやら言いにくそうに眉を下げ、言葉を返す。
「前にも言ったかもしらんが、俺が貴族階級の話はしたよな?
俺な、本家は侯爵家なんだ……。 俺自身は“卿”つー肩書だ。
つっても本家がスゲーだけで、俺はただの騎士だからな??」
「ぶっちゃけ、家の管理とか全く知らんッ! だから俺は形式だけだッ!
管理なんざ代理人に投げっぱなしだしよ! いやッ!!待て待て!!
その目を辞めろッ!!! 卿つーのはまじでほぼ平民だッ!!」
ノアとルルは驚愕の眼差しをパルテオンへ向け、期待混じりのソレ。
セラは頭を捻り「ん……?」と唸っている様子を見せていた。
賢者は貴族の仕事の内容を大体把握していた。
故に彼は『何故に今更?』と言いたげに、首を傾げる。
「クッソ……言わなきゃよかったぜ……と言うか俺、自己紹介ん時ッ!!
ちゃんと“卿”だっつー紹介したろッ! なんで今更ビビってんだよッ!
というかよぉッ!! それを言ったら――」
頭を両手に抱えて項垂れていた騎士だったが、唐突にセラを指差し。
「セラだってよ! 本家が伯爵の男爵令嬢だぞッ!! しかもだ!
煌陽国始まって以来の、聖女家系の分家から生まれた現役聖女様だぞッ!
そっちのが、圧倒的スゲー事だっての!!」
唐突の謎の名指しに、セラは「え?」と困惑し、皆に目を向ける。
全員が、何やら近寄りがたそうに、徐々にセラから距離を離していった。
「それを仰ったら国から【賢者】の称号を賜ったバルタザール様はっ!?
ノアだって元平民とはいえ、聖剣に選ばれた勇者じゃないですかっ!!
それにルルちゃんだって、集落でも一番浮いてらっしゃいましたし!!」
「私だけを持ち上げようとしても、無駄ですからねっ!!
皆さんを、これでもかって巻き込むんですからっ!!」
そんなドタバタの貴族騒動の後――改めて方針を固める一同。
屋敷でただ時間を過ごすのも脳がない……ならば町へ繰り出そう、そう判断。
冒険者ギルドへ、路銀稼ぎへ赴く組・勇者、騎士、聖女の三人。
ニヴェイシアの屋敷にて、居残り組の賢者、小人族の二手に分かれる事に。
こうして、それぞれが役目をこなすべく、動き始めた。
◇ ◇ ◇
交易都市の冒険者ギルドへと赴いた勇者、聖女、騎士の三人。
重い木の扉を押し開けると、早速人混み独特の熱気が肌に纏わりついた。
併設の酒場が近い為か、安酒の臭いが混ざり、まぁまぁの不快感を生む。
所々でジョッキを打ち鳴らす軽快な音が聞こえ、カウンターの方では怒鳴り声。
この場所ではいつも喧騒が絶えず、聖女は、この独特の雰囲気が苦手だった。
「おっ! 勇者さんじゃねーっすか! よーっす、調子はどうだ?
あれ?さっきも来てなかったすか? 精が出るっすねーっ!」
背後から、弓矢を背負った一人の冒険者に声を掛けられたノア。
少々驚いた様子を見せるが、すぐに朗らかに微笑むと、丁寧に返答を返す。
「こんにちわぁ! さっきぶりだねぇっ! 調子はこのとーりばっちり!
路銀が心許ないからさっ、だからまた来ちゃった!」
「勇者だからって“まんしんは良くない!”って聖剣さんにも言われてるしっ!
頑張って働くついでに……情報収集もしないとだしねぇー!」
「さーっすが勇者さんは違うっすねぇー! 情報?って程でもねぇーけど……
最近俺ら冒険者の間で、まことしやかに囁かれてる噂話があるんすよ。
なーんか、依頼に出たっきり、謎に帰って来ねぇって噂があってー。
貴族にも調査の依頼とか出してるって、もっぱらの噂だぜー?」
「一応、勇者さんたちの耳にも、入れておいた方が良いんじゃねーかな?って
それで声掛けてみたんすよー! 勇者さんたちも気ぃーつけろよー?」
勇者の背後に控える聖女と騎士に、そっと目配せするノア。
視線の先の彼らは、真剣な眼差しで冒険者の言葉を聞いていた。
「他にも何か情報って……」とノアが言いかけるが、弓使いは首を傾げる。
少し唸った後、それ以上の噂話は知らないと、申し訳なさそうに謝罪を述べた。
すると、会話に割り入るように、妖艶な雰囲気の長杖を携えた女性が口を挟む。
「――それぇ、あのお薬の貴族さまがぁ、調査してるってぇ?
組合長が言ってたわよぅ? アタシもぉ、よくは分かんないけどぉ……
でもぉ、魔物もぉ落ち着いてるしぃ? とりあえず、アタシたちもぉ……
あんまりぃ、詳しいことは知らないのよぉ? ……ごめんなさぁい。」
長杖の女性はそれだけ伝え、掌をひらりと揺らし、依頼板へと向かっていった。
弓使いの男性とも別れを告げ、一同は顔を見合わせ、部屋の隅へと移動。
「それで、どうする? とりあえず路銀が無いと、今後不便だよねぇ……」
「薬の貴族つったら、この辺だとニヴェイシアしか居ねぇだろ。
アイツとまた顔を合わせたら、アイツに直接話しを聞いたほうが早い。
んならよ、俺らは俺らのできることをする。 ちげぇか?」
「私も、概ねパルテオンさんの意見に賛成です。 路銀も必要ですし……
一先ず、依頼を受けつつ……街の様子を見てみるのが良いのでは?」
話し合いの末、のっぴきならない理由……“路銀集め”の為、場所を移動。
依頼札が貼り付けられてある依頼板へと目を通していく。
依頼板は前回来た時とは様変わりをしており、セラは首を傾げていた。
(んー……前に来た時とずいぶんと依頼が変わってらっしゃる……。)
様々な依頼札に目を向け、改めて一つ一つをじっくり観察するセラ。
――[採取・孤島〈ヴェルカナ〉珍しい鉱石・薬草が今すぐに必要!]
――[調査・地下用水路〈都市の地下水路〉臭い!どうにかしてくれ……。]
――[護衛・フィアレスト〈ヴィオレステシア領〉護衛をお願いしまーす。]
――[捜索・交易都市〈ヴァルメリア〉迷子のペットがまた逃亡!もうやだ。]
――[手伝い・書館〈ヴァルメリア〉書物の虫食い被害が……助けて……。]
――[依頼・捜索〈近辺の林付近〉行方不明者多数、調査依頼。]
(ふむふむ……フィアレストって……懐かしいお名前……って、これ――)
相変わらず、魔物の討伐依頼はほとんど無いが、ふと目に留まった一つの札。
――[依頼・捜索〈近辺の林付近〉行方不明者多数、調査依頼。]
その依頼は、前回皆で訪れた際にも張り出されていた依頼札だった。
依頼札を手に取り、セラは勇者たちへと身を寄せる。
「あのっ! ノア、パルテオンさん。 少しいいですか? これ……」
セラはノアとパルテオンに対し、この依頼は前回も見たものだと伝えた。
一方で、彼らもなにやら気になる依頼があったのか、別の札を持っていた。
「えっと、僕たちも怪しいのを見つけて……! 昨日は無かったのに……
ほら、これ……これってさ、この街に来る時に見た、あの――」
ノアの手に持たれていた依頼札の内容は――
[依頼・収集〈謎の小動物の捕獲・研究用〉]
[詳細:近頃近辺で出現した“顔に穴が空いた”小動物の確保]
ぞっとする内容に、セラは目を見開き、依頼札に書かれている内容を凝視。
皆黙し、どちらの依頼を受けるべきか?目配せをして、思案する。
そんな彼らに、先程の長杖の女性が補足するように言葉を掛けてきた。
「その聖女さまが持ってる依頼ぃ? それぇ、例のお薬貴族さまがぁ――
確かぁ独自に調査してるって話だわよぉ? 一応ぅ伝えておくわねぇ?
重複の受注は大丈夫だけどぉ、達成報告は一件だけだからぁ、注意ねぇ。」
「そのお薬の貴族様の見た目って、どのような方か分かりますか?
もしくはお名前が分かれば、教えて頂けますと……」
長杖の女性は小首を傾げ、視線を斜め上へ投げると、続けて返答を返す。
「見た目ぇ…は、アタシ知らないのぉ。 滅多に人前に出ないからぁ
アタシが知ってるのは、お薬の子爵様ってくらいなもんよぉ?
詳しくは知らないのぉ、ごめんなさいねぇー」
ノアが二人に視線を投げると、再び部屋の隅へと向かい、三人で円陣を組む。
『やっぱりアメトさんだよっ! アメトさんが独自に調査してる……?
それならば……やっぱり僕たちはこっちの依頼だと思うんだ……!』
『俺も賛成だ。 一先ず子爵に任せてよ、俺らはこっちで良くねぇか。
ぶっちゃけよ……こっちのが報酬が良いんだ。 すまん。
背に腹は代えられんだろ……? だ、ダメか……?』
セラは二人の意見を飲み、捕獲依頼を優先する事にし、無言で頷き同意。
三人は相談そこそこに受付まで足を運び、ノアが依頼の札を提示。
受付嬢がノアから依頼票を受け取り、営業的な微笑を浮かべ応対。
手元の書類に目を向けながら、三人に対し注意事項の言葉を伝える。
「依頼の受注の前に……こちらの依頼ですが、生態学者様からのご依頼です。
兎のような見た目の“顔が穴”という個体の目撃情報が相次いでおり――
今までは奇妙なだけで、とても臆病故に放置されていたのですが……」
「最近は、近隣の村で行方不明者も出て、なにかと物騒でして……。
何か関与があるものと見ての依頼ですね。 依頼内容と目的ですが――」
「目的は生態調査。 それと、依頼内容は無傷での捕獲です。
とても素早いと――別の受注者から、そうお伺いしてます。
皆様断念されてまして……それでこちらの報酬となってるんです。」
「勇者様御一行ですので、受注制限はありませんが……
本来、初心者の方にはあまりおすすめ出来ない依頼です。
では、お気をつけて言ってらっしゃいませ、勇者様方。」
受付嬢の説明が終わり、三人で感謝を伝え、改めて気合を入れて外へ――
冒険者ギルドの扉をくぐり、捕まえてやるぞと、意気込みだけは素晴らしい三人。
だが――彼らはこの時まだ知らなかった。
誰一人として、捕まえる為の“術”を持ち合わせていないという事実に。




