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その【聖女】転生者につき。  作者: お餅憑き
六章:

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頁:67 その【号泣】轟音賢者につき。◆挿絵有り



賢者(バルタザール)が謎の言語で書かれている本の複写を終え、他の書物を読み漁っている頃。

遠い廊下から二人分の足音が響き、やがて書物部屋の扉が打ち鳴らされた。


「庭師さんの方に、こっちの方にいるって聞いたから来てみたよ!

 ――って……。 わー……なにこれぇ……?」


ノアの朗らかな声が響くが、彼は目を見開き呆然と立ち尽くした。

部屋に広がっていた光景は、複数の本がふよふよと宙を漂い――

その全てが、ばらばらと頁を翻している幻想的な光景。


「うおおッ……? ここに来て、この光景が見れるとはなぁッ。

 っと――定期船だけどよ、なんと……明日出るってよ。」


賢者(バルタザール)の隣でちょこんと腰掛け、眠たそうにウトウトするルル。

彼女はジト目を深め「んおー……」と声にならない息を洩らし、口を開いた。


「えー……明日? うぇ……激ヤバじゃん……めっちゃすぐじゃん……

 賢者ちゃんどーすんの? あたし、昨日も言ったけど……」


「賢者ちゃんをヴェルカナ連れてくんは反対ー」


小さく息を付いた賢者(バルタザール)。彼は浮いている書物を整え、視線を本棚へと向ける。

複数の本を、全て元あった場所へ、念動を行使し綺麗に戻しながら返答。


「ワタクシ、皆様が思っているより、戦闘面では役に立てるかとッ。

 まぁ――それでも体力面を解決した上でのお話ですがね……ッ

 故にワタクシッ……皆様が居られない間じっくりと考えました――ッ」


「魔道具の一種である……魔導椅子を使って移動ッ!

 さすれば、ワタクシの体力問題は解決したも同然ですぞッ!」


彼は立ち上がり、演説家のような凄まじい声量で、皆に熱弁してみせた。


しかし、勇者一同が返した返答は皆一様に「何それ」という悲しい返答。


全員が賢者(バルタザール)へ疑念の視線を投げ、同じように「それは一体?」という空気。

だが、その全員の視線は賢者(バルタザール)の“語りたい”という欲求に火をつけてしまった。


「魔導椅子ッ!それすなわちッ! ワタクシの体力面を解消する道具ッ!

 どのようなものか具体的な説明を、この賢者バルタザールめが直接教示をッ!」


「まずッ!錬金術で造られた特殊な鉱石や金属を利用した部品を多数ッ!

 そしてェッ! 浮遊の術式が刻まれた、魔石を核とした車輪付きの椅子ッ!!

 そのような魔道具ですぞッ! 足の不自由な貴族が使われるような高級品ッ!」


「そして更にッ! 錬金術で造られた金属の一部には、貴重な鉱石である――

 ヴェルカナ岩礁で採掘できるアストラリウムという――」


彼の口の勢いは留まることを知らず、若干ではあったが、屋敷が震撼。

賢者(バルタザール)の体力は、この声量を温存する為にあるのでは?と錯覚を起こすほど。


あまりにも煩い賢者(バルタザール)――ルルがそっと短杖(ワンド)を召喚し、短杖(ワンド)に魔力を流す。


紅い瞳に光が灯され次いで『ボンッ』という、小さな爆発音を響かせた。


賢者(バルタザール)の口が止まり、一瞬で室内には静寂が落とされ、一同は驚愕。


「あのさ。 そんな話しされても、あたしには分からん……ごめんけど。

 あと話が長くなるなら、最初から言ってほしい。 ――んで?」


「その魔導椅子っての? 貴族が使うって……そんなんどこ置いとん?

 また受注とかなん? なら明日に間に合わんじゃろ? 普通に考えてさ。」


小さな爆発音ではあったが、彼の意識を向けさせるのには最適だった。

彼は眼鏡をずらし、ノアとパルテオンはポカンと立ち尽くす。


「し、失礼しましたッ……興奮するとつい……情けないです……ッ。

 ええと、魔導椅子ですが、ニヴェイシア閣下でしたらご存知かとッ……」


ノアは顎に手をあて、考えるような仕草で賢者(バルタザール)へ視線を投げる。


「それってつまり、椅子みたいな乗り物ってこと? ……空飛ぶ椅子?

 僕は頭が悪いからさ。 ちょっと想像ができなくって……ごめんねぇ……」


賢者(バルタザール)は申し訳なさそうな表情で、どういったものか改めて解りやすく説明。

手をぽんとさせ「なるほどっ!」と明るく声を落とし、言葉を続けるノア。


「じゃあ……とりあえずあの執事さんっ…… ええっと、名前、名前……。」


「確か子爵ちゃんが“エルドリック”って呼んどった。

 執事さんいうたら、あのおじいちゃんの執事さんっしょ?」


すると、タイミング良く扉が鳴らされ、噂の渦中にあったその人が姿を現した。

彼は入室すると同時に、恭しい立ち振舞で一礼し、勇者たちに言葉を届ける。


「お呼びでございますかな? して、ご歓談中の失礼を承知で発言を――

 昼餐のご用意が出来ておりますが、こちらでお召し上がりになられますかな?」


「エルドリックさん、お言葉に甘えてお食事を頂きます。

 同席の者がお恥ずかしいんですが……腹ペコのようでして……えへへっ……」


「腹ペコ騎士で悪かったなッ! 仕方ねぇだろ!俺の筋肉は消費が激しいんだッ!

 故にすぐに腹が減っちまうッ! 一日十二食で丁度いいくらいだッ!」


後方で小人族が、小刻みに身体を震えさせ「じゅうに……?」と復唱。

更に「腹ペコって死語じゃろ……」と小声で雑に刺すが、誰も聞いていない。


老執事の後に続き、勇者(ノア)は賢者(バルタザール)の直ぐ側まで歩みを寄せ――無言で横抱きに。

そのまま廊下へと出るが、抱えられた賢者(バルタザール)もまた無言で無表情。


賢者(バルタザール)は借りてきた猫のように大人しく、勇者(ノア)の腕に抱かれていた。


食事場へと辿り着き、腕から降ろされた賢者(バルタザール)は、トボトボと椅子に腰掛け――

深い深い溜息を洩らし「なんと情けないことか……。」と、項垂れていた。


「では、ごゆるりとお過ごしいただければなと――」


一礼し、退席の姿勢を見せる老執事に、慌てて勇者(ノア)が呼び止める。


「ま、待ってッ!! エルドリックさんっ! 質問があって!

 えっと、まどーいす! っていう名前の魔道具を探してて!

 このお屋敷に置いてあったりしませんか……?」


ノアの言葉にエルドリックは逡巡した様子を見せるが――

やがて瞳を伏せると、静かに頭を垂れさせ、淡々と返答の言葉を落とした。


「恐れ入りますが、私めには、そのような品の有無について、存じ上げず――

 旦那様がご帰宅次第、必ずやお尋ね致します。 ですのでどうか……。

 お時間を頂けますれば、幸に存じます。」


「大丈夫ですっ! お手数をおかけしてすみませんッ!

 では、アメトさんに宜しくお伝えくださいっ!」


老執事が立ち去った後、一同は豪華な昼食に舌鼓を打ち、食事を楽しんでいた。


◇ ◇ ◇


時刻はちょうど昼頃――

全員が書庫部屋から食事場へと場所を移していた同じ時間。


聖女セラが眠る部屋は、うっすらとした陽光が部屋を照らし、覚醒を促す。

陽光が肌にかかり、眩しさに起こされ、うっすらと瞳を開く聖女。


真っ先に視界に入った物は、ここ最近ですっかり見慣れてしまった天井。


ニヴェイシア邸の、簡素だが、清潔感がある深い色味の木製の天井だった。

こげ茶色の天井に、深紅の壁……落ち着いた雰囲気の部屋を照らす陽光。


思わずギョッとした瞳で辺りを見渡し「えっ……?」と声をあげるセラ。


上半身を起こし、ポカンと口を開け驚愕。


「あれ……? 私、昨日何をしてましたっけ? どうしてここに?

 なんで、ベッドでちゃんと寝てるんですか……?」


確か――何も考えずに屋敷から飛び出し、交易都市(ヴァルメリア)の高台へと向かい……。

恐怖でどうにかなりそうだったときに、浮浪者に襲われそうになり――

色々と諦めかけたところに、アメトリクスに助けてもらった。


そのまま感情がぐちゃぐちゃになって……その後は?と、考え込む。


誰にぶつけたら良いか分からない、怒りに似た感情を抱いたのは覚えていた。


昨晩の記憶は、何故か断片のような夢現となっており、眉を寄せるセラ。

あの、昨日の夜に起こった出来事は実は夢だったのでは?と――


そう感じさせる程、清々しい睡眠を取ってしまっていた事が、余計に混乱を生む。

自身の身体を確認するが、昨晩の寝間着のままで、靴もきっちり脱いでいる。


昨晩の彼の、半魔としての本来の姿は、確かに恐ろしいモノで恐怖も感じた。

彼の言う通り、簡単に信用していい相手ではない、その事も理解している。


自身にそう言い聞かせる一方で、だが、想起すればするほどに、分からない。

これまで、何一つとして具体的な危害を加えられた覚えもない。


幾度か恐怖を刻み込まれもしたが――それも、どうにも腑に落ちない。


なにか理由があり、わざと恐怖を与えたのではないのではないか?と。

あれやこれやと思想が浮かんでは消え、消えては浮かぶ。


例えばそう。何か、明確な目的があり、自身を生かしておく必要があった――

だが、アメトリクスの根底はもっと……別のものなのでは、と。


(昨晩は確かに怖かったですが、あんな哀しそうな顔をするほどの理由が……)

(そもそも、私があの場に居なければ、出くわさなければ、閣下だって――)

(駄目ですね。 私には分かりません。 大きな事情や理由……あ。)


彼はしきりに“姉様”と言葉を口にしていた事を思い出した聖女。


彼は、姉との確執があり……その関係で勇者(ノア)や自身に接触しているのでは?

そう考えると、すっと――腑に落ちた感覚になり、瞳を細めるセラ。


(確定ではありませんが、可能性はあります。)


気合を入れ直し、気持ちを奮い立たせ、両頬を軽く叩き深呼吸を一つ。

窓辺へ歩みを寄せ、外に視線を向け、陽光の位置を確認。


明らかに朝の陽射しではない、燦々とした陽光に、目を見開くセラ。


(なんてことなの……? 驚くくらいスッキリしているとは思いましたが……。)

(これもすべて、ノアの買ってきてくださった魔道具のお陰でしょうか?)


感慨を胸に抱き、畳んでおいた神官服へ着替え、髪を丁寧に結い――

いつもの【聖女(セラ)】としての姿に身を包み、急ぎ足で広間へと向かった。


しかし広間はもぬけの殻。誰一人として居ない空っぽの空間。

広間の大時計に目を向けるが、指し示す時刻はちょうど昼時。


恐らく、皆は食事場だろうと察し、再び足を動かし食事場へと向かう。

道中の廊下から漏れ聞こえる会話に安堵し、ノックを忘れ扉を開け放つ。


「ごめんなさいっ!! セラフィーナですっ!

 たいそうなお寝坊をかましました……っ!!」


頭を下げ、申し訳なさそうに顔を青くさせ、謝罪しながら入室。


セラが部屋へと入る頃には、皆はすでにほぼ食事を終えていた。

どうやら、皆は談笑しながらも相談している様子だったようだ。


だがそれでも、賢者(バルタザール)の周りの皿には、まだ食べ物がこれでもかと残っていた。

セラが着席すると同時に、どこからとも無く現れる老執事。


老執事は音もなく聖女の側へ歩みを寄せると、静かに問いを投げる。


「聖女様。 お食事はお召し上がりになられますかな?

 あまり用意はありませぬが……スープくらいでしたら、お出し出来ます。」


「あ、ええっと。 でしたらお願いいたします。 スープ、頂きますね。」


老執事が居なくなった後、一同の視線はセラへ向けられる。


「セラおはよぉ! よっぽど疲れてたんだね? びっくりしたよ!

 だって、僕がほっぺをツンツンしても全然起きなかったからさっ!

 ちゃんとしっかり眠ってる? 寝られないならそうだねぇ……?

 僕が子守唄でも歌っちゃおっか! えへへっ!」


ノアの言葉に、セラはおっかなびっくりし、眉を寄せ「ええ…」と洩らす。


「頬は突かなくても良かったのでは? ノアの子守唄ですか……!

 大変興味を唆られる提案ですが、先ずは寝られるように、頑張りますっ!

 ご心配をおかけしてしまって、ごめんなさいね、ノア、皆さん。」


そうして談義していると、セラの食事が運ばれ、セラはスープに手を付ける。

彼女が食事を摂りながら、先程の、書庫部屋での出来事を語るノア。


だが、ノアが語り終えても、セラがスープを平らげても――

バルタザールの皿が、空になることは無かった。


彼の眼前には、サラダ、パン、スープがどれも中途半端に残っている。

その全てに、徹底した所作で時間を費やし、黙して食し続けていた。


「体質ゆえ、一気に食事を摂れぬのですッ……! ワタクシッ……

 食事にも体力を消耗してしまい、急ぐと体調を崩してしまうのです。

 もう、本当に……嫌になりますよ……こんなッ……」


視線に耐えかねた訳では無かったが、賢者(バルタザール)はぽつりと言葉を零した。


彼の表情は冗談を言っている風では無い。本気の様子なのが、痛いほど伝わる。

何より、本人が一番つらそうにしており、誰も何も言葉を返せないでいた。


どうしたらいいか、分からない空気になりかけるが、ノアが朗らかに笑う。


「大丈夫だよ、バルタザール。 僕たちも君への配慮が足りなかったね。

 君の思うようにゆっくり食べたら良いからね? そうだよねぇ……

 確かに、食べるのって、結構体力使っちゃうもんねっ!」


「ほら……お肉だったら一杯噛まないとだし、顎とか疲れちゃうっ!

 だから、バルタザールは気にせず、君の調子で食べたら良いからねっ!」


ノアの言葉に、バルタザールは唐突に、感極まったようだった。

彼はぶわりと、瞳に大粒の涙を浮かべ……とんでもない声量で絶叫。


「ゆっっ……!!!! 勇者ノアドノオォォォッッッッ!!!!」


挿絵(By みてみん)


空気が震え、世界すら震撼する凄まじい声量。思わず全員の身体が跳ねる。

そして、全員が察してしまった……あの時、耳飾りから聞えてきた音の原因――


それが、コレだったのか、と。





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