始まりは、不快感と共に。
※注意※
当作品は、スナック菓子感覚でお召し上がり頂くには少々…重いです。
キャラクターの感情や、世界の空気感を重視した結果、咀嚼を愉しむような仕上がりになっております。
テンポの良い展開や爽快感よりも、世界に浸るような読書体験を好まれる方に向いていると、思います。
自分自身の「こういう物語が好きだ」「こういう物語が読みたい」という気持ちをそのまま形へと落とし込みました。
少しでも自分の作品の合う方に、愉しんで頂ければ幸いです…では、拙作ですが、ご笑覧いただければ幸いです。
――頭が、痛い。
片頭痛持ちの自分が、これまでに感じたことのない頭痛が、身体を襲っている。
鈍くて、まるで焼けた火箸を突っ込まれたような、そんな痛み。
言いしれない、訳のわからない痛みが、頭の奥で暴れている。
頭蓋を内側から、鈍器で殴られているような錯覚で、どうにかなりそう。
左の胸の奥も痛くて痛くて、呼吸するのも、耐え難いほどの苦痛。
肺が呼吸を拒んでいるみたいに、吸っても、吸っても、酸素が足りない。
――これは、過呼吸の症状。
それどころか、呼吸のたびに感じる、あばらが軋むような激痛。
更には、胃の奥からせり上がる吐き気…。
…もう、最悪だ、最悪がすぎる。
視界がぼやけて揺れていて、頭から血液が引いていく。
その症状が低血圧から来るものだと、冷静に判断しつつ、身体を動かそうとする。
しかし、手も思うように動いてくれず、それでも、必死に手を伸ばす――
(スマホ、どこ? …救急車、呼ばなきゃ…。)
(このままじゃ、生きていけない…でも、もう、動けな…。)
最後の身体の防衛反応なのか、自分の意識は水底へと引っ張られるように――
ぷつりと途切れた。
◇ ◇ ◇
――次に目を開けたとき、最初に映ったのは、知らない天井。
いや、知らない天井だけじゃない。
高級そうな濃紫色の、起毛素材で出来た幕のような大きな布が天から垂れる。
ひと目見て察する事ができる、見るからに、お貴族様感満載な天蓋。
視界の端には、これでもかと煌めくシャンデリア。
まるで異国のお城のような、豪奢な装飾が、視界を埋め尽くしている光景。
――なんだこれ?
こんなお姫様みたいな空間…絶対に、自分の知っている場所じゃない。
身体を包み込む柔らかな布団が、肌に吸い付くような温かな感触で、思考は蕩けるよう。
ほんのりと周囲一帯を漂う、花のようなお香の薫りが、余計に頭を鈍らせる。
懐かしい気もするけれど、それが何の花なのか、まるで思い出せない。
「どこ、ここ……?」
ふと呟いた掠れ声に、少しずつ現実感が押し寄せる。
視線を動かすと――黒のドレスに、白のエプロン姿の人影が、静かに立っていた。
(あれ?……おかしいな? 病院、じゃない? コスプレ…? てか、貴族の屋敷?)
(いやいや、待て待て。 そんな馬鹿な……これはきっと夢、そう夢だ。)
夢の中で繰り広げられている、よくある“異世界転生モノ”ってヤツなのだろう。
「あれ、でも…。 自分は、確か――」
無理やり記憶を掘り起こすように、唐突に頭に流れ込んでくる、あらゆる断片。
――自分は、日本のごく普通の家庭に生まれた、一般人だったはず。
(あれ、でも…性別は…?)
看護師の母に憧れて、同じ道を歩んで、頑張って、頑張って必死に働いて。
世界中がパンデミックに飲まれて、大混乱で…職場の病院が忙しすぎて、余裕がなくて――
それで疲弊して…嗚呼――そうだった。
自分は、多忙による過労の影響……後悔の渦の中で、助けを呼べず、死んだのだろう。
あれだけの不快感を感じてて、身体も動かなかったのだから、当たり前だ。
三十路目前で、恋人もおらず、母に「ありがとう」も「愛してる」も伝えられなかった。
……なんて、なんて…あっけない人生だったのだろうか。
情緒がシッチャカメッチャカで、涙が溢れているのか、頬が一部冷たくて。
涙を袖で拭い、なんとか冷静になろうと、あちこちに視線を移すけれども――
やはり、変わらない天蓋の豪奢な布に、煌めくシャンデリアたち。
ちゃんと考えてみよう…。まずこの場所、周りの豪奢な装飾、見た限り貴族のお屋敷。
天国でないとしたら、現実世界のどこかの国だろうか?
でもなんとなく、不思議なことに、空気が、地球のソレとはどこか違うと感じられた。
しかし…死の間際に見る夢が“異世界転生モノ”とは、神様も粋な計らいをするものだ。
アニメや漫画を嗜む程度の自分でも分かる“異世界転生モノ”だけれど――
夢想していた訳では無かったはずなのに、とても不思議な感覚で。
色々と思考しながらも、ふと視線を下に向けると、そこには小さな手に、華奢な腕が見えた。
(…え?…子供の、身体?)
もう、理解が追いつかない…自分は成人していたはずでは?頭がおかしくなった?
いや、異世界転生モノなのだ、子供に転生をしたということなのだろうか。
が、考えるまでもなく、同時に脳裏に断片的な知識が流れ込み、またもや思考が霞んでいく。
流れ込んだ断片的な知識を拾い集め、要約するとこんな感じになる。
この国の名前は煌陽国・セレスタリアという名前で【加護】とか〈技能〉…?
それと…〈神聖術〉なるものが存在している、らしい…どれも日本には存在しない概念だ。
あまりに一気に流れ込むものだから、頭の中が情報の渦で、思考回路はショート寸前。
今すぐ泣きたいが、そうはいかず、分かってきたことがある、それは……。
どうやら自分は“セラフィーナ”という、少女の身体に入ってしまったらしい事。
(これは、転生じゃない…? 既にいる人に、乗り移った。 ということ…? つまりそれって――)
――転生とは“一からのやり直し”と考えるのが、定石だろう。
しかし、現在の自分は、もう既に成長途中の身体に“憑依”する形。
(じゃあ、今の自分を“偽物”と仮定して…“本物”のセラフィーナちゃんは、どこへ?)
どういうことなのだろうか?ではこの流れ込んできた記憶は?
今までのセラフィーナちゃんは?眠っている?それとも消えた?
自分っていう存在がいるせいで、変になった?
そう考えるだけで、また頭が割れそうに痛くなって、思わず頭を抱えてうずくまる。
体調不良と現在の事態にうなされ、頭を抱えるしかなくって、どうしようにもない。
だが、そんな時――唐突に「バンッ!」と音を立てて扉が開かれた。
「セラフィーナお嬢様! お目覚めですか!?」
……まぁ、そうなりますわな。
最初から病院じゃないことは、分かっていたし、解りきっていたはず。
だって、どう考えたって――どう見たって、貴族のお屋敷ですものねー。
「なるほどぉ、そういうことですね…。」
薄れゆく意識の中で、意味もなく言葉を呟く。
理解したフリをしなければ、今度は、メンタルをやられそうだったから。
まぶたが重くて、視界が滲んで…そしてまた、意識を手放した――
◇ ◇ ◇
――咳が、止まらない。
ここのところ、毎日毎日ずっと、お父様、お母様、それにメイドさんがわたしに付きっきり。
わたしの身体は一体どうなっちゃったんだろう?ずっと痛くて苦しくて。
神殿に担ぎ込まれたけど、わたしの身体は神官の人は“治せない”って言っていた。
そっか、わたしはもう、長くないんだ。って、心のなかで諦めがついた。
高熱にうなされて、頭ももう考えられなくなって、そのまま沈むように、眠った。
……そうして、ある日目が醒めたら、わたしの身体は突然、別人に成り代わっていた。
意識が戻ったと思ったら、まるで舞台の観客席みたいな所で、わたしの視界が遠くにあって。
身体は使えなかったけど、元々こんな弱い身体、好きじゃなかった。
だから、私の代わりにあの体を使っている人が、とても気の毒で。申し訳がなかった。
そんな風に思ってたら、視界の先の人記憶が――頭に流れ込んできて、いろんな欠片が、溢れ出した。
どうやら、わたしの身体を動かしているのは、別の世界の人みたい。
でも、この人は毎日毎日が大変そうで、その欠片が流れる度に、わたしは毎日泣いた。
泣いて、泣いて、泣き明かして。でも、この人はすごかった――
わたしの身体に入ってる人は、咳が出ても嫌な顔ひとつしないで、お父様とお母様に笑顔を振りまくような。
そんな…とってもとっても強い人で、わたしは、わたしの中にいる人の事が、とっても好きになった。
こんな…弱くて駄目な身体を、押し付けてしまってごめんね。そう思ってたのに――
わたしの身体を労ってくれて、こんなわたしに『身体は必ず返すからね』って祈ってくれた。
涙はもう、流れてはいなかった。その事が、その言葉が、その願いが…とっても嬉しかった。
だから――わたしは明くる日も、わたしの中にいる人の事を思って、祈りを捧げた。
わたしの身体を引き受けてくれて、ありがとう、わたしはあなたの幸せを願います。
神様、どうか――このひとに沢山、祝福を与えて下さい。
◇ ◇ ◇
――あれから、どれくらい時間が経ったのだろうか?
二度目に目を覚ました時には、世界は驚くほど静かで、とっても空腹だった。
「……お腹、すいた…。」
小さくて可愛くって、とってもか細い声が漏れて、思わず驚く。
自分、いや…セラフィーナちゃんはこんな声なのか…。憑依というのもは、実に違和感が凄い。
しかし疑問の念とは裏腹に、胃袋がご飯を求めて抗議している。
生きている証拠を「きゅるり」と、これでもかと鳴り響かせて。
うーん……幼い他者の身体といえど、少し恥ずかしい。
夢心地気分が抜けなくって、気づけば自分は、家族らしき人々と同じ食卓についていた。
そうなのである、びっくりするくらい、気がつけばなのだ。
金の装飾が施された、いかにも高級そうな、長いテーブル。
その上に、今までで一度も目にしてこなかった、様々な料理が並んでいる。
香ばしいお肉の香りとか、甘いソースの香り…いろんな匂いが、空っぽの胃袋を刺激するようで。
「……美味しそう」
つい、うっかり、声が出てしまった。
また、驚愕なのだが、手が自然とナイフとフォークを取り上げていた。
あれ?おかしいな…マナーとか知らないはずなのに。不思議と身体は迷わず動いた。
「セラ! 高熱を出したと聞いて、本当に心配したのだぞ……!」
振り返れば、赤く腫れた目尻を持つ父親が自分に話しかける。
正確にはこの子、セラフィーナの父親で、自分の父親じゃないわけだけど。
「はい、お父様…心配をかけてしまって、ごめんなさい」
口が勝手に言葉を紡いでいるが、抵抗はなく、自然に発声する感じで、ちょっとだけ怖い。
母親らしき人もと、っても優しい微笑みでこちらを見つめている様子。
「……いいのよ、愛しい愛しい、セラ。
私たちは、可愛いあなたが元気でいてくれたら、それだけで幸せなのだから」
その言葉に、胸がぎゅうっと締めつけられる。
(だって自分は…。 ごめんね…。 本当はあなたたちの娘じゃないのに)
罪悪感と、せめて悲しませたくないという気持ちが渦巻いて、胸がきゅっと痛む。
そんな一見すると穏やかな空気の中、なにやら硝子が割れるような音が響いた。
――ガシャッ、という音を立て、皆が音の方向へと、視線を移す。
侍女の一人が、手元の皿をうっかり落としてしまったようだった。
破片が床に散らばり、侍女は慌てて拾おうとしていたが――
「痛っ!」という侍女の痛々しい声が部屋に響いた。
その声を聞いて、反射的に、前の身体での知識とかは関係なく、動いていた。
慌てて侍女の元に駆け寄って、怪我の具合を確認する。
指先が深く切れて、血が滲んでいて、とても痛々しい…。早く手当しないと。
「(――どれだけドジっ子なんだ、このメイドさん。)……見せてください」
そう自然に口から言葉が出てくるが、これは自身の言葉で、すぐに手を取り患部を観察する。
早く冷水ですすいで、清潔な布で巻かないと…などと考えていると――
無意識に、空いている方の片手が伸び、ぎこちなく小さな手が、患部へと翳される。
そして、手のひらから、淡い金色の光がじわりと溢れ出して……。
(ちょっ! な、何事? なにこれ? え?光ってる…??)
けれど身体が小さいせいなのか、光は明滅していて、どうにも安定しない感じ。
その光はまるで心臓の鼓動に合わせて瞬いているようで、暖かくて綺麗で。
光が侍女の傷に優しく触れると、傷は徐々にだが塞がっていき、出血は止まった。
切り傷は完全には消えなかったが、痛みは和らいだのか、侍女の顔から険しさが抜ける。
自分はあまりに現実離れした光景に、呆然とし、声が出せなかった。
驚きと混乱で、自分の小さな手をぎゅっと、握りしめる。
今さっき出た光の力は――自分のもの?それともセラフィーナちゃんのもの?
侍女は瞳を大きく見開き、しばし呆然とした後、深く頭を下げて感謝の言葉を伝えてくれた。
「ありがとうございます……お嬢様……!」
彼女から溢れてくるのは、精一杯の感謝の声だけど、此処にいる誰もが、一瞬だけ息を呑んでいて。
自分自身も、胸の奥が小さく震えて、しかしどこかで、高揚している自分も居た。
「この歳で祈りの力…? 私たちの家は…いやしかし。」
父親が不安そうに、なにかブツブツと言っていたが、自分は聞いていなかった。
それよりも、眼前で起きた光景がすごすぎて、聞き逃していたのだ。
(す、すごい…こんなに簡単に傷を癒せるだなんて…!!)
父は目を丸くし、不安そうな瞳で見ていた。
母は口元を押さえて息を呑んでいたけど、自分は気が付かない。
その視線に、温かさと驚きと――多少の不安の色が混ざっているだなんて。
(あれ?もしかして、この力って、特別だったりするのかな…?)
力を自覚した瞬間に、胸の奥で小さな熱が灯った気がしていた。
眼の前で起こった、まさしく――魔法と呼ぶに相応しい、目を見張る光景。
日常の温かさと、不可思議な力の兆しが混ざり合う空気の中で、自分はただ、手を握りしめるしかできない。
けれどその光は、ただの奇跡ではなかったなどと、この時の自分には知る由も無い――
こんな作品を此処まで読んでくれて、とても嬉しく思います。
誤字脱字があればこっそり、念話を送って下さい。




