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第一話 魂楽界(ニ)

 子どもの魂は、決して珍しくない。

 事故で。

 不注意で。

 好奇心で。

 事件に巻き込まれて――目を覆いたくなるような理由で。

 現世を後にした魂は、大人も子どもも関係なく、この魂楽界へ流れ着く。

「……目を覚まさないな」

 蒼は腕の中の幼い子を見下ろした。

 傷は塞がっている。輪郭も安定している。だが、意識だけが戻らない。

「施設に連れていきましょ」

 紗羅が言う。

 子どもの魂は親がいないことが多い。

 一人で生きていくには、この世界も優しくはない。だから保護施設がある。

 石畳を歩きながら、紗羅の小言が始まった。

「あんたねぇ、少しは考えて行動しなさいよ」

「考えただろ」

「あの飛行少年と似たり寄ったりだわ」

「全然違う。俺は必要な分しか使ってない。まだまだ若いだろ」

「余命力は無限じゃないのよ!」

「へいへい」

 軽口の応酬。だが紗羅の声には、本気の焦りが混じっている。

 施設の前では、職員の女性が掃除をしていた。こちらに気づき、にこりと微笑む。

「蒼ちゃん、久しぶり……って、少し大人びたわね」

「まぁね。色々あるんだよ」

 女性の視線が、蒼の腕の中へと落ちる。

「この子は?」

「分からない。多分、来たばかりだと思う」

「じゃあ、ここで預かるわね」

「お願いします」

 少女を託す瞬間、蒼はほんの一瞬だけ躊躇した。

 小さな手が、かすかに温かい気がしたからだ。

 だが、すぐに背を向ける。

 再び依頼主のもとへ向かう道すがら。

「ねぇ、あんたさぁ。同じ事、何回すれば気が済むのよ」

「同じ事?」

「忘れたの? 私とあんたがここにいる原因の事故」

 蒼は足を止めた。

 交通事故。

 迎えの車を待っていた紗羅のもとへ、暴走車が突っ込んだ。

 見た目通り、現世では“いいところ”のお嬢様だったらしい紗羅。

 白いワンピースが、やけに印象に残っている。

「あぁ……既視感の理由が分かったよ」

 あの時も、今と同じだった。

 考えるより先に身体が動いた。

 蒼は飛び出し、紗羅を突き飛ばした。

 だが、本当の悲劇はその後。

 後続車、対向車を巻き込み、大事故へと発展した。

 二人とも、そのまま魂楽界へ。

「助けるなら、きちんと助けなさいよ」

 あの時、泣きそうな顔で怒鳴られた。

 怒りよりも、悔しさと恐怖が滲んでいた。

 その表情が、今でも胸に刺さっている。

「何でも突っ込む癖、直しなさいよ」

「紗羅が止めてくれるだろ?」

「止める前に走って行っちゃうから言ってんでしょ!!」

 通りに声が響く。

 蒼は肩をすくめ、少しだけ笑った。

「……でもさ」

「何よ」

「紗羅がいてくれて助かってるよ」

 紗羅は一瞬、言葉を失う。

 そして顔を背け、小さく呟いた。

「ほんと、バカ」

 それでも彼女は、蒼の隣を歩き続ける。

 危なっかしい背中を見失わないように。

 もう二度と、手遅れにならないように。


 二人はようやく依頼主のもとへ辿り着いた。

 街の中心部にありながら、そこだけは静謐な空気に包まれている。石畳を抜けると視界が開け、一本の大木が空を覆うように枝を広げていた。管制樹と呼ばれている木の根元に、今回の依頼主はいる。

 一匹のキツネ――紅い毛並みを揺らす存在。

「ベニ。依頼は完了したぞ」

 蒼が声をかけると、キツネは金色の瞳を細めた。

「ご苦労さん。クロから報告は受けてるよ。これ、報酬ね」

 横から現れた別のキツネが袋を咥え、蒼の前に置く。

 チャリン、と硬貨の音がした。

「どれどれ?」

 紗羅が素早く袋を奪い、中身を確認する。

 そして――

「ちょっと! 何で3Dコインだけなのよ!」

「武器の補填分は天引きしてるよ。まともに請求したらマイナスだ」

「交通費を上乗せしなさいよ!」

「歩きだったのは知ってる」

 ぴしゃり、と返される。

 やれやれ、と蒼は肩をすくめた。

 ベニは“神の使者”を名乗る存在だ。

 白鹿のシロ、カラスのクロ、猫のチャト。そしてこのキツネのベニ。

 四体の使者が、この魂楽界を管理している。

 その中で、契約や取引を担当するのがベニだ。

 依頼の窓口は、常に彼になる。

「ベニ。零命剣と零命銃の補填を頼む」

「分かったよ」

 零命剣。零命銃。

 魂食を“無”へ還すための武器。

 剣は刀身に余命力を宿し、斬るたびに消耗する。鞘に納めれば一度だけ補填されるが、無駄斬りは許されない。

 銃は弾丸に余命力を込める。撃てば魂食と融合し消滅するが、弾数には限りがある。

 どちらも余命力を帯びることで常人には扱えない重量となる。

 蒼だけが、それを扱える。

 特異体質ゆえに。

「蒼。また余命力を使ったんだってな」

 ベニの視線が鋭くなる。

「まぁ、色々あったんだよ」

「お前は黙っていても余命力を消費する体質だ。だからこそ武器も扱える。だがな、俺たちはお前を消したいわけじゃない」

「分かってるよ」

「どうだかね」

 横で紗羅が呆れたように言う。

 蒼は笑ってごまかすが、大木の影の下、ベニの瞳だけは笑っていなかった。

 まるで――時間を量るかのように。

 蒼の余命を、静かに見つめていた。


 神の使者たちは、余命力を蓄えている。

 だがそれは、魂楽界に選ばれた魂のものではない。

 “選ばれなかった魂の余命”だ。

 選ばれなかった魂――

 それは、寿命を全うした魂。

 生きる希望をなくした魂。

 そして、怨念が強すぎた魂。

 希望を失った魂や、怨念に囚われた魂に余命が残るのは分かりやすい。

 だが寿命を全うした魂も同じだった。

 誰もが最善の医療を受けられるわけではない。

 本当なら、あと一年。あと十年。生きられたかもしれない命は、現世に溢れている。

 その“使われなかった時間”を、神の使者は回収する。

 武器に。

 通貨に。

 そして、この世界の均衡に。

「もう! 次の依頼は? 早く出しなさいよ」

 紗羅がベニに詰め寄る。

「魂食はそんな頻繁に発生しないぞ」

「家賃に食費に……全然足りないじゃない!」

 紗羅は家計を預かっている。

 数字と睨み合う日々だ。

 この世界の通貨は、余命の価値で決まる。

 1Hコイン。

 一時間の対価。およそ千二百五十円相当。

 1Dコイン。

 一日二十四時間。約三万円。

 1Yコイン。

 一年三百六十五日。約千百万円。

 命の重さが、そのまま金額になる。

「バイト、始めようかしら」

「紗羅が?」

「何よ」

 睨まれ、蒼は肩をすくめた。

 魂食を斬り、余命を削り、それでも家計に頭を悩ませる。

 二人の生活は、驚くほど所帯じみている。

 やがてキツネが二匹、荷台に武器を乗せて現れた。

「補填完了だ」

 零命剣と零命銃を受け取り、蒼は軽く重さを確かめる。

 管制樹――大木の影を後にし、二人は歩き出した。

「紗羅、少し寄り道していいか?」

「どこに行くのよ」

「依頼に向かう前に会った魂に」

「施設にでも連れて行くの?」

「魂だけの存在は認知されにくい。施設でも扱いは難しいだろ」

「……連れて帰るつもり?」

「チャトには伝わってるだろうから、保護はされてると思うけど。念のためだ」

 猫の使者、チャト。

 気まぐれだが、見守ることには長けている。

 紗羅は小さく息を吐いた。

「分かったわよ。行きましょう」

 二人は踵を返す。

 無垢な魂と出会った、あの場所へ。

 まだ残る微かな気配を辿るように、静かに歩き出した。


 魂楽界の中心――管制樹から、街は放射線状に区画されている。

 住宅地区。

 商業地区。

 工場地区。

 娯楽地区。

 そして、開発地区。

 どの区画も現世をモデルに造られていた。

 この魂楽界が管轄するのは、日本で生を終えた魂。

 だから並ぶ建物も、流れる音楽も、看板の文字も、日本文化そのものだ。

 魂が最初に降り立つのは、中央の管制樹周辺。

 そこで観測管理者のクロか、環境管理者のシロに保護されるのが常だ。

 だが――あの無垢な魂がいたのは、開発地区だった。

「この辺りのはずだけど……」

 蒼は周囲を見渡す。

 未完成の建物。資材の山。人気は少ない。

「いないわね?」

 その時、一匹の茶トラ猫が二人の前に現れた。

 苛立つように尻尾を地面へ何度も叩きつけている。

「蒼。せっかく俺が探しに来てやったのに、魂だけの奴なんか居ないじゃないか」

「チャト。どうせすぐ動かなかったんだろ?」

「チャトは気まぐれだから、いまいち信用出来ないのよね〜」

「聞こえているぞ、紗羅」

 即座に言い返すチャト。

 紗羅も負けじと睨み返す。

 また始まった、と蒼は小さく息を吐き、一人で周囲を探り始めた。

 チャトは魂の動向管理を担当している。

 不審な動きをする魂を追い、必要とあらば介入する役目だ。

 蒼たちがベニから依頼を受けるとき、大抵どこかで様子を窺っている。

「魂だけの存在はな、希薄過ぎるんだ」

 言い争いをやめ、チャトが低く告げる。

「クロの観測でも捉えきれない。はぐれたら、俺たちでも簡単には見つからないんだよ」

 その言葉に、蒼は足を止めた。

 確かに、あの時すぐに保護すべきだったのかもしれない。

 だが――。

(全部は、守れない)

 分かっている。

 救える魂もいれば、手の届かない魂もある。

 それでも胸の奥に、小さな棘が残る。

「紗羅、帰るか」

「そうね。次の依頼の話があるかもしれないし」

 チャトは鼻を鳴らし、影の中へ消えた。

 魂楽界。

 現世で亡くなった“生きたいと願う魂”が集まる場所。

 残された“余命”を力に変えられる場所。

 怨念の残滓が魂食となり、魂を脅かす場所。

 そして――働き、食べ、悩み、笑いながら生活する場所。

 現世と、何も変わらない。

 蒼と紗羅は並んで歩く。

 危うさと隣り合わせのこの世界で。

 それでも。

 与えられた時間を、精一杯使うために。

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