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消えない傷跡  作者: 桜雪月
7/10

7

夏休みも終わりに近付いていた。頻繁に家へ訪れる、龍のタトゥーの男から逃げる様に、私は雅之と一緒に過ごした。

今日は雅之の家でスマブラをやっている。

「喰らえ、pkファイア」

大振りの攻撃をかわして、小攻撃のコンボを決める。

「あっ、ちょっ」

ハメ技からの、強攻撃で吹っ飛ばす。

「やべ」

復帰しようとするのを、メテオで落とす。雅之は単調すぎる。

「ぐわぁ。10連敗かよ」

「雅之、弱過ぎ」

「いや、南が強いだけだ。お前、大会に出られるぞ」

煎餅をばりばり食べながら、喋る。食べかすが飛んで来る。

「そう言えば、アプリ使っているか?」

一枚煎餅を取る。

「いや、やっていない」

必要性を感じていなかった。

「勿体ねえな。同じ趣味の人とかと繋がれるのに」

「興味がない」

「そっか、それより!アチいしさ、プールでも行かねえか?」

半袖のシャツをパタパタとさせている。

「いや」

雅之には、リストカットのことは隠している。言う必要も無いし、言いたくは無かった。

「釣れねえな〜。じゃあ、映画は?」

「なんの?」

「ゾンビ映画」

あー、と呻きながら手を伸ばす。

「それなら良いよ」

雅之の表情が明るくなった。

「お、まじ!」

「いつにする?」

「今週の土曜は?」

「オーケー」

「そうと決まれば、予習でもするか」

ゲーム機の電源を落として、隣にある棚をガサゴソあさっている。

「あれー、あったはずだけどなぁ」

「何を探しているの?」

「ザ・ゾンビ。ゾンビ物と言えば、それだろう。確か三年前に買った筈だけどな」

何処だ、雅之は根気よくDVDを探している。

「あった、これだ」

棚の中から、DVDを取り出す。

「名作中の名作。CGは古いけれど、楽しめるよ」

リモコンを操作して、DVDプレーヤーを開けた。ディスクを載せて、読み込む。

「南、今の内にトイレへ行っトイレ。ちびるかもしれねえから」

「その親父ギャグ、面白いと思っているの?」

「うるせえ」

トイレから帰って来た私を見るなり、リモコンの再生ボタンを押した。

オープニングが流れる。不気味で恐ろしい音楽が聞こえて来る。

「怖いぞ」

隣に座る雅之が、警告してきた。

舞台は、田舎町。新人警官であるサムが、連続殺人事件を追っているうちに、人外の存在に気づき、戦うという話だ。よくあるような話である。

舞台終盤、ゾンビの群れに囲まれたサムは、ここまでか、と諦めかける。絶体絶命の大ピンチ、そこに現れたのは恋人のアン。大型車両でゾンビをなぎ倒して、サムを助ける。

エンディングは、サムとアンのキスシーンで締め括られる。ちりばめられた伏線を、いくつも無視した強引な終わり方で、名作とは言い難い。

「な、怖かったけど、最後は感動しただろ」

雅之は隣で泣いている。

「これどの監督?」

「ロベルト・ウィリー。「君が恋に落ちるまで」とか、「僕とドラゴンの友情」とか、決して有名とは言えないが、一部のマニアには大人気の監督だよ」

一度も聞いたことのないタイトルだ。

「予習として、他のゾンビ物も見るか?」

顔をワクワクさせて、尋ねてくる。

「いい。土曜の楽しみに取っておく」

「それもそうだな」

雅之は手に取っていたDVDを棚に戻した。


金曜日の夜、映画資金調達の為に、母が帰ってくるのを待っていた。夜八時ごろ、お酒に酔った母がぐったりとした様子で、帰って来た。目の周りには青白い痣が目立っている。

畳に転がり込むなり、泣き喚いた。

「なんで、殴られなきゃいけないのよう。痛いよ、辛いよ、怖いよ」

赤ちゃんみたいに泣く母は、醜く、汚らしかった。鼻水を垂らして、化粧を涙でぐちょぐちょにして、グロテスクである。

早く眠らないかな、と見ていると、突如こちらをきっと睨みつけた。

「何見てんだよお」

呂律が回っていない。

「別に…」

「舐めてんじゃねえぞ!」

ばん、と立ち上がって、ふらついた様子で接近してきた。やばい目をしている。危険を察知して、避けようとしたが、あちらの方が早かった。

ばしん、と押し倒される。背中に刺激が走る。

「ごめんなさい」

息つく暇もなく、ローキックが脇に当たる。

「うぐっ、…なさい」

酩酊していて、聞く耳を持たない。

「ねえ!私、可愛そう、でしょ。出来の悪い、娘を、持って」

ひと蹴り、ひと蹴りが重い。

「ごめんなさい、ごめんなさい」

降りかかる激痛を耐えながら、明日の映画のことについて考えていた。

(これが終われば、映画。後何十分耐えれば映画)

20回ほど私の体を蹴り上げた後、母は気持ち良さそうに眠りについた。その寝姿は幸せそのもので、気味が悪い。ずきずきする脇腹を抱えながら、母のバッグを漁る。

中の財布には、四千円入っている。有り金全部抜き出して、捨てるように財布をしまった。

久方ぶりにカッターを手に取った。しっくりくるということは、私の体が求めているということだろう。

長袖を捲る。腕に刻まれた横線が、うっすらとしている。傷のガイドに従って、刃をすーっと入れる。やはり痛い。母から殴られたり、蹴られたりするのとは違う痛さ。自分の命を削って減らす、そういう表現が当てはまる。皮膚が裂かれて、血が出てくる。体内から解放された、自由な血だ。

歪な真一文字が出来た。しょうがない、やり方を忘れていたのだから。これからまた慣れていくだろう。

すーすー眠る母を見た。無防備で、警戒をしていない。

もし、このカッターで母を切り裂いたら、殺せるだろうか。多分殺せる。首にぶっ刺して、ぐりっと捻る。首から夥しい量の血液が飛び散る。きっと美しい。噴水のように、血を出して、母は苦しみながら息絶えるだろう。そうしたら、あのタトゥーの男もこの家に来なくなる。いいことだらけではないか。頭の中で何回も予行演習をする。そっと近付いて、がしゅ、と刺して、捻りこむ。

覚悟を決めて、寝ている母に接近する。力強くカッターを握り込んでいる。これで苦しみとはさよならだ。殺す、殺す、殺す、殺意を鳴り響かせて、母の首にカッターを…カッターを…手が震える。

なぜだ、どうしてだ、こんなにも憎いのに、こんなやつ居なくても、なんとも思わないのに。

カッターが手から零れ落ちる。腕がだらりと下がって、膝から崩れ落ちた。

「なんで、親子らしいこと一度もしていないじゃん。切り捨てればいいじゃん。どうして…どうして…」

片方の目から雫が流れる。私の意志に反して、体が悲しんでいる。悔しい。どんなに憎んでいても、私は母を殺せない。


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