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第20話 憂鬱な新年をつき飛ばせ

 トージは、賀茂篠酒造の事務所にある社長用の椅子に座り、体を思い切り伸ばして背もたれに預けている。この椅子は、腰痛持ちだった父の遺品で、座り心地がとてもよい。

 両親を亡くし、蔵を引き継いで社長になって以来、トージは何か悩みごとがあると、この椅子に座って考えるのが常だった。

 父が社長になって20年あまり、蔵を切り盛りしてきた椅子に座っていると、「こんなとき父さんだったらどうするか」と思考が切り替わり、なんとなく名案が湧いてくる気がするのだ。

 しかし、トージの頼みの綱であるパパチェアーの神通力をもってしても、今回の難問は解決できそうになかった。


「結局ダメだったなあ、水……」


 リタの入浴でトラブルがあり、トージが水の変質に気づいてから二週間が経過していた。

 この間、トージは予定していた用具洗浄をとりやめ、リタの弟ロッシ君とともに野山を巡っていた。

 酒造りに適した水を見つけるためである。


 村の狩人たちに伝わっている「直飲みできる」湧き水をすべて確認したが、結果は全滅。すべての湧き水に鉄分が含まれており、人間にとっては美味しい湧き水でも、日本酒作りにはまるで向いていないものだった。

 日本酒の80%は水である。

 どんな達人でも、よい水がなければ美味い酒は造れないのだ。


「どうするよトージさん。もっと遠くを探してみるか?」


「いや、これ以上遠いと運べないしな……」


 水は、質だけでなく量も重要である。

 日本酒の80%が水なのはもちろん、酒造道具や酒瓶を洗ったり、米を研ぎ、蒸すためにも水が必要になる。

 これらを総合すると、日本酒一瓶を造るのに、瓶の容量の25倍の水が消費される。湧き水を桶に入れて、えっちらおっちら運んでいては、とうてい間に合うものではない。

 失意のままロッシと別れ、トージは酒蔵の事務所で物思いにふける。


「こんなことじゃ、酒造りができないまま冬が終わっちゃうよ……」


 解決困難な難問を前に、トージの独り言は止まらない。

 眠たげな目をカレンダーに向けると、トージがバッテンをつけながら数えている日付は、12月31日を指していた。


「もうすぐ新年か……1ヶ月遅れてるよな……」


 どうするべきか答えが出ないまま、トージは目を閉じる。

 こうして悩んでいるあいだにも、酒造りの季節である「冬」は、刻一刻と終わりに近づいていくのだ。しかし、するべきことは見えてこない。

 冬の事務所に静寂がおとずれる。

 ……しばし後、トージはパチリと目を開く。


「そういえば、新年祭ってあるのかな?」


――――――――――◇――――――――――


「リタさん、村では新年祭ってやるの?」


「? 新年のお祭りなら、もうやりましたよね?」


「えっ」

「えっ」


 リタが話すところによれば、この地方では、地球の暦でいうところの11月1日ごろが新年なのだという。

 トージがおにぎりと酒を持ち込んで参加した謝肉祭は、先年の収穫に感謝し、来年の豊作を祈る新年祭でもあったのだ。

 茶色い土に麦が芽吹いている畑の様子を見てもわかるとおり、この村は秋の終わりに麦の種をまいて、初夏に収穫する「冬小麦」地帯だ。種まきが始まる直前、豚が太り始める時期を新年と定め、農業中心で一年を把握するのが合理的なのだろう。

 逆に、麦の芽が冬を越せないほど寒く、夏にも作物の生長に十分な雨が降るため、麦の種を春にまく「春小麦」地帯ならば、春が新年になっているのかもしれない。だがそれはトージのあずかり知らぬところだ。


(そういえば地球の新年って、なんで冬なんだろう?)


 そのときは、あとで調べてみようと考えたトージだが、そんな記憶はすっぱりどこかへ飛んでしまっていた。なぜならトージの頭のなかは、すでに次の祭りで一杯になっていたからだ。


 そんなやりとりがあってから数日。

 地球の暦で1月1日の朝。賀茂篠酒造の敷地には、いつもと違うメンバーが集められていた。

 リタの家族である母のレルダ、弟のロッシ、妹のルーティ。

 そして麦踏みの仕事が終わって駆けつけた、うわばみ3人組(うわばみブラザーズ)である。


 寒空の下、所在なさげに立っている彼らの前では、L字型の木の棒がお湯に漬けられている。お湯が満たされているのは、太い丸太の真ん中に開けられた、大きなくぼみである。

 また、鉄にも木にも見えない奇妙な材質でできた4本足の長机の上には、くすんだ銀色の金属でできた、薄い箱が並んでいる。

「サプライズだから」と主張するトージに押し切られ、特に説明もなく集められた彼らは、見たこともない金属や道具に目を丸くしながら、30分前に蔵のなかに入っていったまま、何の連絡もよこさないホストを待っていた。


 いつまで待てばいいのかと、うわばみ三人組のひとりが聞きに行こうと腰を上げたそのとき、トージとリタが入っていた建物の扉が開いた。


「はいはーい! 熱いのが通るよ~! どいたどいたー!」


 そう叫びながら、縁なしメガネのトージが駆け寄ってくる。

 トージが両手で持っているのは、直径30cmあまりの大きな「せいろ」、すなわち蒸し器である。

 もわもわと湯気を立てているせいろを二段重ねにしたものを、トージは机の上にドンと置く。すこし遅れて、リタも1段ぶんのせいろを持ってあらわれ、トージのせいろの隣にそれを置く。


「それではご開帳~!」


「「「「うわぁ~!」」」」


 トージがせいろの蓋をとり、中身を包んでいた布をめくると、さっきまでの不満はどこへやら、リタの家族とうわばみ三人組から歓声が上がる。

 せいろに入っていたのは、米、米、米。大量の真っ白な米粒だった。

 飯の香りがあたりに広がり、朝食抜きを指示されていた彼らの胃袋に会心の一撃をヒットさせる。


「トージさん、こりゃ、今日はおにぎりか!?」


 リタの弟、ロッシが目を輝かせながらトージに問いかけた。

 村人たちの脳裏に、謝肉祭で食べたおにぎりの味がよみがえる。

 だがトージは不敵に笑いながら答えた。


「い~や、今日用意した米は、おにぎりには向いてないんだ。

 そのかわり、全然違う美味しいものを食べさせてあげるよ」


 トージは丸太の中からL字型の木の棒を取り出してうわばみたちに持たせると、丸太のくぼみに入っていたお湯を捨て、くぼみの中に蒸し上がった米をぶちまけた。

 半透明できらきらと輝いていた謝肉祭の「おにぎり」とは違い、今回トージが用意した米は、透明度がほとんどない。

 光は米粒の中に透き通ることなく、なめらかな表面にわずかに反射して淡く輝いている。

 おにぎりの米が、リタが例えたオパールだとするなら、こんどの米は、さしずめ小粒な真珠であろう。


 もうお気づきの人も多いであろう。トージは普段お世話になっている人たちに振る舞うという名目で、餅つき大会をやらかそうとしているのだ。


(新年なのに餅も()かないなんて、米農家の名折れでしょ!)


 水問題を解決できず、思考の袋小路に追い詰められていたお祭り男が、新年という一大イベントに直面したならば……「とりあえず難しいことは忘れて祭り」に走るのは、もはや必然であった。


 トージはうわばみ三人組からL字型の木の棒、すなわち(きね)を受け取ると、くぼみのある丸太こと(うす)に入った蒸し米を、杵で臼の内側面に押し付けてぐりぐりと潰しにかかる。


「はいはい、ぼーっとしてないで手伝う!」


「お、オラだべか!?」


 杵を持たせていたうわばみも動員して、ひたすらグリグリと蒸し米を潰し続ける。見た目はとてつもなく地味だが、この作業が大変きつい。うわばみのひとりは、途中で音を上げて別のうわばみに杵を譲り、これまでの作業で鉄人ぶりを発揮していたトージも、額に汗が浮いている。

 つぶし続けること10分間。バラバラだった米粒が、ひとつの塊としてまとまってきた。


「このお米、ずいぶん粘るんですね」


「そう。おにぎりの米とは品種が違うんだよ。おにぎりや日本酒造りに使うのは、粘りの弱い“うるち米”っていう種類で、今回蒸したのは、粘りが強いのが特徴の“もち米”っていう種類なんだ」


 リタの質問にトージが答える。

 賀茂篠酒造の所有水田では、ほとんどの面積が日本酒用の米作りに使われているが、蔵人たちが食べるための食用米も栽培されており、ごく少量ながら、もち米も作られている。

 自分たちで作った米でもちをつかないと、いまいち新年を迎えた気がしないトージであった。


「さあ、仕上げに入ろうか! ここからはみんなに手伝ってもらうよ!」


――――――――――◇――――――――――


よい()!」「しょ()!」「……()はい()!」「よい()!」「しょ()!」「……()はい()!」


 賀茂篠酒蔵の前庭に、四拍子のリズムがこだまする。

「よい!」のかけ声とともに、ロッシが餅の真ん中に杵を振り下ろす。

 ロッシはただちに杵を引き上げ、うわばみのひとりが「しょ!」のかけ声とともに、ふたたび餅にもう一本の杵を振り下ろす。

 ただちにトージは臼の中に手を入れ、杵で真ん中がつぶれた餅を折り曲げて中央に厚みをつくり、「はい!」と叫んで次の餅つきをうながすのだ。


「トージさん、危ないですよ!?」


「トージ兄ちゃん、熱くないの?」


「へーきへーき! 慣れてるからね!」


 そう返事しながらも、トージは、ふたりのかけ声にあわせて餅を折り返す作業を止めようとしない。

 ロッシたちがついている餅の温度は70度近い。普通の人なら火傷してしまうような温度だが、トージの両手は高温で蒸し上がった米を素手で扱うことに慣れており、熱いのは熱いが問題なく耐えられる。

 トージは水で手を冷やすこともしない。お米の成分のほとんどを占めるデンプンは、温度60度以上でつけば、デンプンどうしが絡み合って強い粘りが出る。手を冷やしてしまえば、餅の粘りを生み出すゴールデンタイムがすぐに終わってしまうからだ。しかし何もつけないと餅が手にくっついてしまうので、トージは冷水ではなくぬるま湯で手を濡らすのである。

 ひとつの臼にふたりのつき手を動員するのも、餅が冷える前につきききってしまうための工夫である。

 杵を振り下ろして餅をつくのは素人でもできるが、かけ声でつき手を操り、手を挟まれないように気を配りながら餅の面倒を見るのは、熟練者でないと難しいのだ。


 こうして、つき手を変えながらつき続けること数分。

 もち米の粒はすっかり潰れ、強い粘りのあるペースト状になってきた。


「ルーティちゃん! ぺったんぺったん、ついてみるかい?」


「え!? ルーティもやっていーの?」


「もちろんいいよ! レルダさん、補助してあげてくださいね」


「やったぁ!」


 みんなで作ったごはんは美味しい。人類普遍の真理である。

 餅つき大会はただの調理ではなくお祭りでもある。

 新年の餅は、みんなでついた餅にしたい。そう思ったトージは、体が小さく非力なルーティにも、活躍の場をあげたかったのだ。


 若干8歳のルーティが両手で杵を持ち、母親のレルダは杵を引き上げるのを助け、狙いがずれないように補助をする。

 よく勘違いされがちだが、餅つきの杵を振り下ろすときに力をこめる必要はない。杵自身が十分な重さを持っているので、高く持ち上げて落ちるにまかせれば、位置エネルギーが重力によって運動エネルギーに変換され、餅にあたって飯粒を粉砕してくれる。

 狙いを外して臼の木材を叩いてしまわないよう、大人が補助してあげれば、餅つきに参加することは幼稚園児でも可能なのである。


「せーのっ、よいしょ!」


「よーし、いいよいいよ、その調子!」


 四拍子のリズムは途切れたが、小さなルーティが餅をつく姿を、周囲の大人たちも楽しげにながめていた。


 十回あまり餅をつき、ルーティの額に汗が浮かんできたところで、トージはかけ声を止める。


「はい、これで完成! みんなお待たせ~!」


 皆から、わぁ、と歓声があがる。

 それと同時に、うわばみのひとりが「ぐぅ~~~~」と、盛大な腹の虫を鳴らしてくれた。


「いやー、やっと食べられるだよ……」


 新年の空に、皆の大きな笑い声が響きわたった。

 あれ? 餅をついただけで1話終わってしまった。まだ食べてもいないのに?


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