第43話 ドワーフの洞窟へ「ドワーフの商売人②」
席から立ち上がると、何を勘違いしたのか、酒場は、大盛り上がりだ。
「とっとはじめやがれ!」
「そうだ! どっちもやっちまえ!」
酔っ払った客共が、ギャーギャーとうるさい。他人の喧嘩は、さぞ楽しろう。
そりゃそうだ。まったく、やれやれ……。
「こらっ、お前ら! 店で大立ち回りは禁止だ! やるなら外の通りでやってくれ!」
店のムキムキ親父が、睨みをきかせるも、客達はドッと笑い、騒ぎをやめない。
天井から吊るされた幾つものランプが、店内を淡く照らす。揺らめく炎が、光と影の濃淡で、調度品や人物を立体的に浮かび上がらせていた。
客達は大声で冗談を言い合い、愉快に笑う。料理の香りに混じって漂うアルコール臭が、喉の渇きを思い出させた。
静寂が支配するより、今の、喧騒とした酒場の方が好きだ。できれば、野次馬側で、酒を飲みたかった……。
どうやら、即席の賭場も、開かれたらしい。胴元役らしき人物が、慣れない手つきで金を集めて回る。
店の親父も、金を渡した。騒ぎを収めるのを諦め、店の修理代でも稼ぐ気か、それとも、賭け事が好きなだけかもしれない。
親父の奴、どっちに賭けやがった。
女将さんから、強烈な視線。
凄い形相だ。叱るなら旦那を叱れよ!
「もう一度、言う。用があるのは、その野郎だ。あんたらには関係ねぇ」
傭兵の一人が、剣の柄に手をかけ、ゆっくりと威嚇してきた。慣れた手つき、一歩踏み込めば、間合いといったところ。半身の構えて鞘の長さをハッキリと掴ませないのは、傭兵らしい強かさだ。
店内が静寂に包まれ、客達が固唾を飲み込み、成り行きを、目を輝かせ期待していた。
「関係ないは、ないだろう?」
テーブルの惨状に視線を落とす。床に落ちた皿は割れ、料理が散らばっている。
テーブルの上に伏した青年は、顔が料理でベトベト、とんだ疫病神だ。
「まずは、謝罪だ。それで、手を打ってやる」
客達の少数は落胆の溜息、大多数の表情が明るい。
俺の返事は、喧嘩を買ってしまったらしい。
なんて、事だ!
傭兵が重心を落とし、構えから魔力の気配が漂う。身体強化? それとも……。
コインを弾く金属音が、静寂に響く!
「ゴメス! そこまでだ!」
よく通る見知らぬ男性の声に、傭兵は剣を抜くのを躊躇っている。
「それで、その男を売ってくれないか?」
今しがた、飛んできたコインを掴んだ手のひらを見る。
金貨一枚。
カチーン!
「やだね!」
掴んだ金貨を、指で弾いて返す。
弾丸と化した金貨を、軽装の人物は事もなげに掴んでみせた。それでも、相手の握った拳の指の隙間から煙が漏れている。
傭兵達の向こう側にいる軽装の青年は、少し顔を歪めた。それでも、すぐに、気を取り直し表情を緩めると、あろうことか、微笑みかけてくる。
「その仕草、休暇中の兵士だろう? しかも、相当な手練れだ。俺たちは、あんた達に似た顔を知っている。いくらなら、その男を譲ってくれる?」
似ている顔を知っているか……、脅しにもならない。今更、素性をバラされても、何も変わらない。
相手も、それは承知のようで、だからこその金での取引。この世に金で解決できないことはない、それは、真実で、よく的を得ていると思う。
だからこその余裕。
よほどの資金をお持ちなのだろう。
だからといって、それに屈する気はないし。そういう考えは、大嫌いだ!
「このままじゃ、収まりそうにないぜ」
酒場は、これから始まる大立ち回りを心待ちにしている。
店内は静寂が支配しているが、視線が熱い。
「賭けが、不成立じゃ、興醒めだろう?」
「そうだぜ! 兄ちゃん、サッサと始めちまえ!」
店内が、熱気でどっと沸く。
「親父は、どっちに賭けた?」
空になったジョッキを、店の親父へ投げた。
「もちろん、兄ちゃんだ」
親父は、ジョッキを掴むと歯を見せた。
脳筋特有の人懐こい、厳つい笑顔。
「なら、一番高い酒を、そのジョッキに注いでくれ」
「美味い酒は、味わうもんだ」
親父は、ジョッキを女将さんに渡した。
「俺が勝ったら、皆んなに、同じものを振る舞ってやってくれ」
「いいぜ、兄ちゃんが買ったら、相当な儲けだ。何しろ、相手は、大陸一番の傭兵団、【北方騎士団】だからな」
酒場は、大盛り上がりだ。
そりゃそうだ。
どっちが勝っても、多少の益はあるのだから。
北方騎士団か、セントレア越境事変では、敵にその名が、あったと記憶している。
傭兵団なのに、騎士団を名乗ることを許された唯一の存在。
誰にも忠誠を誓わない騎士団。どの国からも煙たがられ、それでも、その実力が軽んじることを許さないという。
その構成員には、騎士の天職を持つ者が多く在籍しており、言いかえれば、俺たちと真逆なのに、悪い噂の方が多い。
奥にいた、軽装の男が、剣を抜くのを躊躇っている傭兵の肩を叩き、その者の緊張を解くと、俺の方へと進んで来た。
「北方騎士団、団長のフェンリルだ。金を貰って手を引いて欲しい。それとも、邪魔が入ってうやむやになったセントレア越境事変の決着をつけるかい」
「決着? セントレア越境事変で、あんた達は見なかったぜ。ドラゴンをビビって真っ先に逃げたのか?」
フェンリル団長はふところから皮袋を取り出し、俺の方へ、放った。
床に落ち、中身の金貨が大量に散らばる。
「何のつもりだ」
「その金で、手を引いて欲しかった」
フェンリル団長は、残念そうな表情を見せた。
「やだね」
酒場に緊張が走る。
誰もが、次の瞬間を想像したに違いない。
俺が動き、北方騎士団の連中との斬り合いが始まる光景を。
「撤収するぞ! これ以上は、割に合わん!」
フェンリルは、部下を引き連れ、呆気なく店を出て行った。
皆、ポカーンと口を開いている。
なんて勝手な奴だ!
どうしてくれるんだ! 完全に白けた、この空気を!
そして、ライラは、口を閉じなさい!
のじゃ砲は禁止! めっ!
「親父、済まないが、散らばった、その金で、皆に酒と料理を、そして、俺たちも仕切り直しだ」
酔っ払い共が、歓声で応じた。
「いいのかい?」
女将さんは、心配そうだ。
「金の件で、あいつらが言ってきたら、俺たちが使ったと言えば良い。しばらくは、街に泊まる予定だ。それと、次、機会があれば、俺に賭けてくれよ」
酒が注がれたジョッキを受け取り、客達に向けて乾杯をした。
色気のない野朗共の声が、調子良く返事した。
「ちょっと、隊長さん!」
ククルとリズが、慌てて叱ってきた。
さっきまで、やる気満々だった面々が口々に「隊長は、もっと自制すべき」と手のひらを返す。
思わず笑ってしまう。
皆の気分も落ち着いたようで良かった。
さて、あとは、この疫病神だな。
テーブルの上に正座している青年を見つめた。




