第31話 ドワーフの洞窟へ「魔法使いの町④」
善悪とは人だけが持つ特別な思想だ。
大抵は法が基準、それ以外なら道徳、最終的には感情が判別をする。
その判断が絶対に正しいと言い切れるだろうか。
「これで全員ですか……まあ、いいでしょう」
領主はニッコリと微笑むと、周りの槍は直立不動で返事している。
全員とは町の住人?
いつまにか広場は民衆で満たされている。
全員とはいかないまでも、それに近いと勘違いしてしまいそうな光景だ。
だが、隊を率いている身だ。
集団の規模を把握することは手慣れていた。
広場に集まった民衆の数は、ざっと千人程度だろう。
この町の正確な人口は知らんが、作戦行動の際、得た知識を基にして、町並みや地図に描かれた面積から五、六万と推察できた。
到底、町の人口には遠く及ばない極々一部。
はなから全員を広場に集めるなんて出来ないし、その気も領主には無いと言い切れる。
人混みに紛れ、しばらく様子を伺う。
「今日までの良き日と、これからの良き日を語ろうではないか」
領主の言葉。
民衆の多くは目を輝かせ魅入っている。
嫌な熱気だ……。
町全体が領主を厚く信頼していると錯覚をしてしまう。
だが、この場にいるのは、大勢だが少数。
「魔物に苦しめられた日々は終わり」
長い話。
好意的な言葉で語られる内容は、昨晩の親父達と大筋で同じだった。
陰気な魔法使いは、金色の、に変わり。
兵士の横暴は、正義感へと。
増税は、善意の寄付となっていた。
どっちが正しいかなんて、どうでもいい。
たかが一晩だ。
今、それを決めることに意味を見いだせない。
しかし、トルンの奴、何をもたもたしてやがる。
娘たちが壇上にあがる。
皆、緊張しているのか、うつむいている。
不安そうな表情で辺りを見渡す娘がいた。
その見知った顔は、ゴルドールの娘、カンナだ。
ここでトルンが出張って来るなら。
もともと善悪なんて関係ない。
どちらが俺の敵なのか。
獣の判断基準で戦うだけだ。
「この娘たちは、メルセデク様の身の回りを世話するために志願した。皆で讃えようではないか」
群衆が拍手喝采で褒め讃える。
しかし、志願とはな……。
彼女達は何と戦うのだろうか。
それに、あの領主、笑顔で嘘を言いやがった。
少なくともカンナは違う。
一つの嘘で、全てが嘘とは言わないが……。
「最後に、我らが金色の魔法使いメルセデク様よりお言葉がある」
黒いローブを深くかぶった魔法使いが、領主から譲られた壇上の一番目立つ場所へと出てきた。
顔は影になって見えない。
魔法使いらしい筋肉がない小柄な体格。
彼は黙ったまま動かない。
群衆が固唾を飲む。
黒ローブの魔法使いは、隣の領主へ耳打ちをした。
早く、喋れよ!
領主が口を開く。お前かよ!
「世界は汚れている。ここから浄化を広げ、やがて我らが世界の中心になる」
ぷぷぷっ!
マジかよ、世界の中心って、世界征服!
マジ! ダッセー!
群衆が悲鳴を上げた!
広場が光に包まれる。
半分奪われた視界の中、トルンが魔法使いに襲い掛かる姿が見えた。
信じられない光景。
嘘だろう!
「トルン、テメエ、なに勝手にやられてやがる!」
アイツが、あの強靭なゴリラが……。
魔法使いに一撃を弾き返され、糸が切れた操り人形のように、血を吹き出しながら宙を舞う……。
あのままじゃ、地面に頭から落ちちまう。
手を伸ばしても到底、届かない。
遠い、遠すぎる。
トルンの姿が視界から消えた。
槍たちが動く!
群衆に紛れていたドルトールの仲間たちが決起した。
「お前ら、邪魔なんだよ!」
馬鹿が、娘が大切なら逃げれば良かったんだ。
アイツはお人好しだから、ドルトールの親父を馬鹿な理由で手伝ったのだろう。
きっとそれはカンナの父親だから手伝ったのだ。
アイツは、馬鹿だ! 大馬鹿だ!
俺たちは親を失ったんじゃねえ!
捨てられたんだ!
だから親を失う悲しみなんか知らないんだよ!
憎しみしか無いはずだ!
バカだ! バカだ! バカだ!
一気に跳躍し、トルンのそばに着いた。
「うそだろ……」
地面には、血だらけのトルンが横たわっていた。
剣を使えといっても使わない。
強靭さと俊敏さを併せ持つ巨漢の男。
何かと気が利く、隊の要。
「トルン副長!」
「そんな! 副長がやられるなんて!」
群衆に潜んでいた隊員たちが遅れてきた。
「ギャーギャー騒ぐな! トルンを担いで一旦退け!」
「そこの愚か者にトドメを刺せ!」
領主がわめく。
愚か者?
「おい、アイツが守ろうしたものは、分かってるな?」
トルンを担いで退いた残りの隊員達に、声をかけた。
念のためだ。
アルカナの灰色部隊、その隊員なら、トルンの心が見えたはずだ。
「隊長、もちろんです。やり遂げますよ」
隊員達が散っていく。
ドルトールの親父と魔法使い、どちらが正義かは関係ない。
「おい、そこのジジイ、愚か者とは誰のことだ?」
「知れたこと!」
「そうだよな、愚か者はアンタ達だよ」
「ぶははは、ひーっ、ひーっ、何を言い出すかと思えば、わしが、ひーっ、わしが、愚か者とは」
ジジイが腹を抱え笑い出した。
「メルセデク様、町を汚す、この愚か者に制裁を与えて下さい」
黒ローブの魔法使いが小さくうなずく。
「言い忘れたが、俺には、魔法なんて通用しないぜ」




