第32話 ドワーフの洞窟へ「魔法使いの町⑤」
魔法使いのローブから、色白い細い腕が覗く。
彼が腕を振ると金色の光の粒が緩やかに広がった。
荘厳な鐘の音が、どこからともなく響いてくる。光の粒は兵士達の身体に、吸い込まれるようにして消えた。
祝福という強化魔法なのは確実。
だがこれは……。
槍が真っ直ぐに向かってくる。
町の入口にいた兵士とは比べものにならない威力!
脇へそらし、勢いが弱くなる瞬間に相手の槍を握る!
ほお、抵抗をするか……。
槍が力のせめぎ合いで細かく震えた。
金色の祝福魔法は、祝福の中でもとびきり上等な部類に入るようだ。
流石に見たことがない。
軍事教練の教科書にも記載がない、未知の魔法。
軍事教練の教科書か……。
軍に入隊したころを思い出した。
トルンの奴がしくじったせいだ。
握った槍を兵士ごと持ち上げる
槍の持ち主は、武器を手放さそうとしない。
軍に入隊してすぐ実戦だった。
たった一人の実戦。
しばらくして二人になった……。
槍を掴まれた兵士が、俺を睨む。
良い気合だ。
それでも、グラハム辺境伯の息子、アレンに感謝している事が二つある。
アイツは俺に本を与えた。
字が読めないと思って馬鹿にしている、初めは、そう思ったものだ。
だが、おかげで強くなれた。
知識は道具。
上手に使えば役に立つし、力にもなる。
俺が振り上げた槍が、真っ直ぐに立つ。
当然、頭上に兵士がきた。
兵士はそれを見計らい、槍から手を放す。
ナイフで俺の急所を、狙ってきた。
王国の兵士を殺すなんてことは、普段ならしない。
アイツが俺と同じ歳だと聞いた時は、驚いて笑った。そうだよ、初めての大笑いだったんだぜ!
だがお前は運が悪い。
口うるさく、いつも傍で、俺を諫める男、先陣を切る俺を追いかけ、皆の盾になろうとする男、その両方を務めるアイツがいない。
俺が軍に入隊して一番感謝していることは。
腰の剣を抜く!
ただの人外なら、お前のナイフは届いたかもな……。
だが、目の間にいるのは、俺だ!
一番感謝していること?
そんなこと知るかよ。
取り敢えず、お前、死ねよ!
兵士の首を狙って剣を走らせる!
刹那のスロモーション。
兵士の表情、凄い形相だ。
口を大きく開け、喉ちんこが丸見え。汚ねえ汗を飛び散らし、決死の覚悟なのだろう。
悪いな……。
剣はもう走り出した。
てめえの首が、ちょん切れるまで止まらねえ!
剣のくすんだ刃が兵士の首へ!
ちっ……。
つくづくムカつく野郎だなあ!
お前!!
向かってきた兵士は、首がついたまま吹っ飛んだ!
広場の大騒ぎが酷くなる一方だ。
決起したドルトール達と兵士、そのどちらでもない民衆同士にも、争いが広がっている。
「いちいち、ちょっかい出しやがって、ムカつくんだよ!」
壇上の魔法使いを睨みつける。
「あな、あなたこそ、何ですか! ささ、殺意を持って、け、剣を振るうなんて……あなたは悪い人ですっ!」
言い出しは聞き取りにくく、尻上がりに甲高く響く声。
最後に感情が高まったのか、腹に力を入れたせいなのか、魔法使いのローブがめくれ、収まっていた髪が広がる。
金色の髪、淡く光る、その髪の持ち主は女性だった。
「さあ、メルセデク様、その聖なるお力で、あの愚か者を粛清するのです。世界を正しく整えるのが、あなたの使命のはず!」
うるさい領主だ。
手っ取り早く黙らせるか……。
魔法使いメルセデクが、モゴモゴと口を動かしている?
詠唱をしている?
「お祈りは終わったか?」
「こ、後悔するんだから、お願い大聖霊テンペスト、あの者を、浄化してっっ!」
大聖霊テンペスト? 風の精霊か……この姿……。
薄い生地の白い衣を身にまとい、素肌を惜しげなくさらしている。
髪色は、召喚主の魔法使いメルセデクと同じ金色。着物の裾が風に流されヒラヒラと舞っていた。
それでも、その姿から受ける印象は風ではなく光。
大聖霊テンペストの全身は、淡い光に包まれていた。
祝福魔法の正体もきっとコイツの力。
あの時と同じ金色の光の粒が、大聖霊の周囲に、幾つも見てとれた。
「あら、メルちゃん、この子、アルカナの厄災よ」
「そ、そうですか。ならなら、殺めて良いです。きっと世界が綺麗になります」
「だそうよ、アルカナの悪魔さん。あなた、ここで終わりよ」
大聖霊テンペストは、蔑みを込めて言い終えた。
「一つ聞くが、アルカナの厄災が無くなれば、世界は綺麗になるのか?」
「ごめんなさい、私たち精霊は、世界は、あなた達が思っているほど、人間に興味を持ってないわ」
「世界が人間に興味を持ってないなんて知っている。そんなことより、お前はどうだ?」
「わたしも、もちろん、あなたに興味はないわ。だから、メルちゃんの敵は、私の敵、それじゃダメかしら?」
「十分だ。あと、精霊って死ぬのか?」
「きゃあ、やだっ、わたしに勝つ気なの、人間って、ホント、おバカよねっ!」
テンペストの実態がぼやけ、ただ吊り上がった口角だけが目立っていた。




