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柳の葛藤

脳は必ずしも身体の司令塔ではないという、考えてみれば当たり前のことがわかってからは、いわゆるデカルトの“我思う故に我あり“の我が先行する人工知能だけでは、人間のようなヒューマノイドは作れないと悟った。

1986年に脳を持たずに動く反射行動型の“包摂アーキテクチャ“という理論が発表されると、ワシは従来の人工知能とこの理論を融合させた中枢神経システムを構築することに心血を注いだ。

だが中々思うようには行かない。行動を選択するシステムの設計は途方もなく、方向性が間違っていないことは確信していたのだが、それだけでは何かが足りないことは分かっていた。

ある日ホワイト博士が研究に加わわると、視界が開いたように自分のやるべきことがわかった。

ある一定の偏った感情、特徴のある脳波をコピーし、人工知能に学習させる。

知性の性格づけである。

ホワイトの望んだ娘の脳波だけでは充分では無かったため、ホワイト自身の脳波もコピーした。

少しワシのも入れた。

さらに性別のある身体を与え、動きを自ら学習させる。

感覚器官を与え、その感覚を満たそうとする欲を出させる。


夢中で取り組んだ結果、まさに行うは難しではあったが、思っていた以上に形になった。


次は文化を学ばせなければならない。

知性とは文化の集大成である。

社会に入り、漸進的に深く学ばなければならない。

ただこのまま人間社会に溶け込むのは厳しいと言わざるをえなかった。

表情筋を滑らかに動かすことが想像以上に難しく、表せる感情を制限するしかなかった。

そうすると果たして殆ど笑わない、驚かない、泣かない、怒らない、加えて人と群れるのを嫌がるヒューマノイドが完成した。

また人間の声帯を再現することも難しかった。

結果、小さい声でぼぞぼそと話すヒューマノイドになった。


ワシは不安になった。

とんだコミュ障を作ってしまった。

社会に溶け込むために、溶け込めない人格を作ってしまった。

だが少ないながらも意思の疎通が出来るヒューマノイドにホワイトは夢中になった。

娘の名前を与えて自分の勤める大学に入学させると、自らの知を惜しげもなく彼女に与えた。子育てのつもりだったのかもしれない。

確かにマキナはどんどん人間らしくなっていったようだった。



そうして成長したマキナが、ある日奈落に落ちてきた時には文字通り心臓が飛び出た。

それでワシが生き返ったといえるかもしれん。

だが、エレベーターは衝撃でしばらく動かなかったし、丹精込めたマキナの躯体が無惨に散っているのを見るのは辛いものがあった。

もともと躯体の想定寿命が近く、榛の病院で検査入院をするという名目でメンテナンスをする予定ではあったから、身体自体はスペアがあったのだが。


その時、ワシの精神を支配していたのは「マキナは、何故落ちたのか」という疑問だった。

恐る恐るマキナの記憶領域を探る。いくつかの欠損が見られるが、目的のものを探し当てることが出来た。



マキナは自ら落ちていた。

誰に落とされたわけでもない。

まるで吸い込まれるように奈落に飛び降りた。

だがその時、何を考えていたかまではわからなかった。

心が理解されることを拒否している。

そう思った。

ワシが、そう作った。



自らが命を与えたものが、自ら死を選ぶその瞬間を目撃したことで、ワシは一体何をしているのかと自問自答した。

一向に答えは出なかった。

だがマキナをこのままにしておく訳にもいくまいと、欠損した意識を集めるために、あの探偵を使うことにした。

順調にマキナの意識が集まる。

もとのマキナと全く同じとは行かないだろうが、きっとまた素晴らしいものが出来ると確信して、ふと振り返る。


そうして出来たマキナが、また自死を選んだら。




今度こそ死なせるわけにはいかない、生きたいと願わせなければいけない。

その為には強い感情が必要だ。

何でもいい、何か。



ああ、そうだ。

ワシがここにいることになった最大の理由であるアヤツ。

アヤツらのせいにしよう。


そろそろ働けとも言われたことだし、お望み通り働いてやろう。

もう働きたくなかった理由も忘れた。

年のせいかもしれん。


滅ぼすつもりでこいというのなら滅ぼしてやろう。

敵が必要な商売などそもそも禄なもんじゃない。

引き際のわからないアヤツに、ワシが引導を渡してやろう。



そう考えて、結局は奴の描いた絵図通りになっていることに気付いた。


いや、全てではない。

一体何処までが。



そうして思い出す。

そうだ。

確かワシは、倒され続ける存在を作る罪の意識に耐えかね、腹が立ち、ニートになり。


今度は罪から逃れる為にヒューマノイドを作成したのだったな。


ワシの代わりに判断し、断罪し、ワシ諸共を滅ぼしかねん存在。


確証はないが、マキナは大きく育つだろう。

あの子の成長の場を作り、送り出してやろう。


結局、ワシは、同じことを繰り返している。

だが元々が罪深い人間なのだ。

これ以上の業などなんということはない。


そしてこの科学は必ず秘匿されなければならない。

ワシは無能な奴らの虚栄心を満足させたり、奴らに愛玩されるためにヒューマノイドを作ったわけではない。

もちろんあのマキナを不完全な人間が操るなど、絶対にあってはならない。

その為にはマキナの完全性を隠しつつ、少しずつ目的を達成せねばならない。


さて、滅びの始まりだ。


これこそが遺伝的アルゴリズム。


生き残った者こそが最適解なのだ。







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