School life × friends × enemys
「……というわけで、家でメイドさんを雇うことになったのでした。めでたしめでたしめでたくもなし」
「……なに、そのアニメ?」 柔らかな微笑みとともに訊かれてしまった。
純粋無垢な遊良の反応に癒されながらやっぱり普通はそういう反応がかえってくるわよねなんて現実を知らされるという飴と鞭。
今朝。エリーゼさんに朝の五時なんて朝の早いご老人達ですら起きているのかどうなのかあやふやな時間に起こされてしまった私は、ホームルームが始まるまでだいぶ時間に余裕を持って朝一番に登校し教室で一人不貞寝していたのだった。そして、似合わないことに風紀委員だったらしく朝から服装チェックに繰り出す予定だった遊良に教室で驚かれ、眠い眠たいと目を擦りながら朝がこんなに早かった理由を話して、飴と鞭をいただき、ため息。
「嘘だと思うなら笑いなさいな。遊良になら笑って許してあげるわ」
「……え? まさか、本当に……?」
こくんと頷く私。一瞬にして遊良の笑顔が凍り付いた。
「ええ!? う、嘘だぁ! 今時メイドさんなんて……」
「嘘だと思うなら今日の帰りにでも家によって行く? 本当に風俗っぽいエロチックな格好したメイドさんが雀の涙ほどのお給料で一生懸命働いてくれているわよ」
昨日、けっきょく私が反対したり賛成したりするまでもなく、あの馬鹿両親のおかげで七草家に雇われることとなった家政婦ことメイドのエリーゼさんは、雇われた初日だというのに昨日から家事全般をそつなく無駄なくこなしてくれて、夕ご飯には『エリーゼさん歓迎会』と自分の歓迎会を自分で開いてくれたのだった。
エリーゼさんのその一日の働きぶりは無駄に料理の豪華だった歓迎会を除けば、兄さんはもちろん、私も文句を付ける気にもなれず、エリーゼさんは七草家に迎えられ、七草家唯一の大人ということで頑張ってもらうこととなり、今日も元気に働いている。
「へー。一度見てみたいな、本場のメイドさん」
興味津津といった感じでしきりに頷く遊良。あれは本場のといっていいんだろうか、見た目はいかにもイメクラっぽくてあれなんだけど……。
「いいなぁ、メイドさん。いいなぁ……」
「…………」
何だか遊良が目をキラキラと幾千の星よりも眩しい輝きを抱いているため、そんなことは言えない。だってこんな可愛い女の子の夢と希望は今にも忘れ去られてしまいそうな日本のトキよりも天然の記念物だから。
「て、そういえば遊良、メイドもいいけど、風紀委員の仕事はいいの? 何か校門に人が並び始めてるけど」
「え? あ、ああ!?」
思い描くメイドさんに気をとられてでもいたのか、わたわたと面白く慌てふためく遊良。ああ、もう可愛いなぁ! 本当にっ!
「あ、ああ、じゃ、じゃあ、行ってくるね! また後でね……っ!」
遊良はそう言って、あたふたと手足をばたつかせ机やイスにぶつかったり足を引っ掛けたりと転びそうになりながらも何とか転ばずに走って教室を飛び出して行ってしまった。
私はそんなとびきり可愛い遊良を手を振って見送りながら、頬が緩むのを覚える。いやぁ本当に朝から良いものを見れたわ。
遊良が風紀委員の朝の服装チェックに行ってから、私はまた教室で一人になっていた。
時刻は現在七時半を少し回ったところ。ホームルームまではまだ一時間はある。遊良はいつもこんな朝早く登校しているのかしら、今日の私はそれよりもさらに早かったけれど。
いつまでも一人教室にいて暇でしょうがない。不貞寝にももう飽きてしまった。続きは今日の一限の古文の時間にでもするとしよう。
そう学生としてはダメな予定を心に決めて、外を眺める。外、校門には何人かの生徒が並んで列をなして登校してくる生徒達の持ち物や服装についてチェックしている。とはいえ、うちの高校はいちおう指定の制服はあるものの、基本的には私服でも大丈夫なんだというじゃあ何のために制服なんて指定しているんだろうかなんて高校のためあまり登校する生徒のチェックなんてものはいらないと思うのだが、決まりごとなのだろう。風紀委員はおろか、チェックされる側の生徒達も特に何も文句がないらしく、いつまでも特に意味を持たない朝のチェックは続くのだ。
八時近くになると登校してくる生徒達もだんだんと増え始め特に意味もなく風紀委員達の動きも活発になり始めてきた。
「……あら」
あの見るからに一生懸命で他の風紀委員と比べて頭一つ分くらい小さいのが遊良だろうか。他は知らない。
ここから眺めていると、何だかあの小さな姿がものすごく愛らしくて思わず頬が緩む。ああ、もう遊良を見てると退屈しないわ、本当に。
遠くからでも愛くるしい遊良を見守りながら一人和んでいると、スライド式の教室の扉が開く音。どうやら私以外の人間が誰か教室に入ってきたらしい。
私がそれには目もくれずに、校門の方を眺めることに没頭していると、
「あら? 七草さん」
「きゃあ!?」
見知った顔がいきなり外を眺めていた私の顔の前へと横から覗き込むように現れ、私は思わず似合わないような悲鳴を上げてしまう。
目の前には、同じ女としても綺麗だとなぜだか素直に納得してしまう仮面のような顔。羨ましいくらいに透き通る白い肌。本職のモデルでもなければ裸足で逃げ出してしまいたくなるプロポーション。引き込まれてしまいそうな黒目がちの大きな瞳。
そいつ、乃木 晶は。才色兼備。眉目秀麗。ミスパーフェクトの生徒会長。教師生徒を問わず支持率が高く、たしか入学して一年生で生徒会副会長。二年生に上がる頃にはすでに生徒会長へと上り詰め、今年、彼女は三年生となった今でも生徒会長として活躍している、言わば有名人だ。
そんな天上人がいきなり覗き込んできたものだから、私はびっくりして思わず声を上げて身をひいてしまった。
「あらあら。随分な挨拶ね」
うふふと微笑む会長様。
やっぱり、というか、なんというか、
なんとなく、私はこの会長様が苦手だ。
なぜなら、
「未来のアナタの旦那様を前にいつまでもそれでは、アナタ大変よ? ねぇ、お嫁さん?」
「誰がアンタの嫁さんよ……」
いつもこんな調子。なぜか私が嫁。会長が旦那様。いや毎回思うんだけど、何でよ?
「それは私とアナタが結ばれる運命だから」
本当にいつもこんな調子。どうやら会長の中ではそれが運命であり絶対であるらしく。私は入学して以来ずっと彼女に付きまとわれながらの学校生活を送っていたりする。
「本当に迷惑……。そんな運命なんか糞食らえよ」
「ひさしぶりに二人きりになれたっていうのに、つれないことを言うのね」
別に女二人がそろったからといって何だというのか。
ありったけの嫌悪感を込めて言ってやったというのにまるで堪えたという感じがしない。それどころか、何だか会話が噛み合ってもない気がする。
会長はやれやれとわざとらしく息を一つついて肩を竦ませた。何だかその様さえも演技掛かっていて格好よく見えるもんだから嫌になる。
「ツンデレはいいけど、言葉が汚いのは女の子としてどうなのかしらね」
「いいじゃないのよ私はこれが地なんだし。あとツンデレ言うな」
「ダメよ」
「……どうして?」
「アナタは私のお嫁さんだもの」
……いや、だからどうしてよ?
毎回毎回、何だって私がアンタのお嫁さんなどと呼ばれなくちゃならないのだろうか。アンタが何の衒いもなく堂々と普通にそう言うものだから影では私と会長の百合説だとか。創作研究部にいたっては私と会長の絡みを描いた同人誌まで作られているらしいくて迷惑極まりないというのに。
「そんな連中気にすることはないわ。放っておきなさい」
私だけでなく自分もそれに関係しているというのにその言い様。ってゆうかその原因はアンタなんだけど……。
そんなことは言っても聞き入れてもらえるわけもなく、それどころかまた放っておきなさいと手厳しいことしか言われなさそうなのでもうだんまり。がっくり。せめてあの濃厚な内容の同人誌が兄さんに読まれないことを祈るしかない。遊良はもう知ってるらしい、さすが腐女子。本当に泣きたい。
「そんなに嫌なら創作研究部を潰して一井さんも退学にさせてしまおうかしら?」
「創作研究部は潰してもいいけど、遊良を退学になんかさせたらアンタをぶん殴る」
ってゆうか、いくら天下の生徒会長様とはいえ本当にそんなことできるものなのだろうか? いや、でもこの会長なら本当にできてしまいそうだけれど。
「冗談よ。冗談。創作研究部の方はともかくとしても、さすがに一井さんをどうにかしようなんて権限は私にはないわ」
待て。つまり創作研究部の方はどうにかなるのだろうか。だとしたら早々にあの変態供を潰してほしい。
「まあ。今はそんなことよりも、七夕さん、アナタ私に何か言うことはない?」
「ない」
「本当に?」
「ない…………はず……」
詰め寄られて少し自分を疑ってしまった。恐るべし生徒会長!
「……そう」
目の前の作り物染みて調った顔が私に詰め寄るように近付く。会長は私を逃がすつもりなどはいっさいないらしく、顔を両手で掴んで離さない。そしてそのまま。本当に何か言うことなかったかななんて疑心暗鬼に陥っている間に引き寄せられて――、
ちゅっ。
唇に柔らかい感触。……いや、つーか、オイ……
「ごちそうさま」
「――――」
目と鼻の先で心底うれしそうに微笑む会長。
間違いない。今の。キス。接吻。誰と? 会長と、私の……。
「ぎにゃああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」
キスですよ!? キス!? 会長と! 女の子同士で! いや、いやぁそれよりも!?
「私のファーストキスがああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」
「あら? そうなの?」
「そうなのじゃないわよ! そうなのよ!?」
「じゃあ私はアナタの初めての人なわけね」
そうだけど! そうだけど何でアンタはそんなにうれしそうな顔してくれちゃってるわけ、ねぇ!?
「それじゃあね」
「ちょっ、待ちなさいよ!」
ショックの大きさにうなだれる私が止める間も無く、会長は半ば逃げるように教室を出て行こうとした。
しかも去り際に、
「ああ、それから。少しくらいの浮気は許すけど、あんまり行き過ぎると私も怒るわよ」
なんて、言い残して。
……いや、何のことよ……?
だいたい一ヶ月ぶりに書かせていただいております。アリスでございます。
今回のお話でとりあえず予定していたキャラは全員でてきたりなんかしてるわけですが、ここまで来るのに長い時間が(汗)
とにもかくにもこれからまた書ける時にかけたらいいな、なんて思ってたり。
ついでに次回『Our school life』もお楽しみ?