DOUSHITAMONKA? (中)
「で、秋穂ちゃんは見事に女子高生から女王様へのランクアップを遂げたわけですか」
誰が女王様よ。
別に私はRPGのゲームキャラクターでも安っぽい王道漫画のヒロインでもないため、ランクアップなんて大層なものはできないししたいとも思わない。私はあくまで普通の女子高生なのだ。
だというのに、たまたま今日エリーゼさんとやらが来た今日という厄日に遊びに来てしまった、ガリガリに痩せた眼鏡ときっちりと分けられた七三分けが妙に似合っている近所のお兄さん、松竹 昭文は「鞭とかロウソクとかボルテージ姿が似合いそうだよね」なんて失礼なことを声に漏らしながらしきりに頷いている。
何だか勝手なイメージを付けられて、しかもそれが先行してしまっているのが腹立つ。
文句の一つでも言ってやろうかと思ったが、客が来てもさっきからずっと私の足を舐めていたエリーゼさんがいきなり立ち上がったもんだから、私は出かかっていた文句を飲み込んでいた。
「あ、秋穂様……」
「あによ」
「あの、私はいつまでお舐めしてれば……」
客、しかも男が来て今さらに恥ずかしくなったのか、エリーゼさんはそんなことを言い出してきた。もとはと言えば、コイツのせいで私はいらぬ誤解を受けているというのに、聞き方によっては誤解にさらに箔を付けるようなことを言っちゃってくれてるのかしら。まったく。
「あ、あの……秋穂様……?」
「あによ? 何か文句あるの? つーかアンタ舐め方が下手よ、アンタのよだれで足がベタベタになっちゃったじゃない」
「も、申し訳ございません……っ」
「謝ってる暇があったら早く、これ、何とかしなさい。気持ち悪いったらありゃあしないわ」
「も、申し訳っ……」
ああ、もう。何だかコイツもいちいち腹立つなぁ。さっさと汚れた足をその辺にあるティッシュか何かで拭けばいいだけなのに、謝ってばかりでいちいちやることがとろい。
「ほら、もういいから。……とりあえず、そこに四つん這いになりなさい。座るから」
「……はい」
少し驚いたような顔をした後、エリーゼさんは素直に床に四つん這いになった。だから本当にやんのかっての。
自分から言ってしまってしかもやられてしまった手前、まさか今のなしというわけにもいかず。私は四つん這いになっているエリーゼさんの背中に腰掛ける。下から呻くような声。まるで私が重いみたいじゃない。
「えっ? え、秋穂様何をやって……!?」
ちょっとした気紛れと八つ当たりと意地悪ついでにスカートをめくったらエリーゼさんが何か喚いてる。うるさい。
スカートの下は紫のレースのガーターベルト。うわぁ、ますます風俗っぽい。風俗の人達がどんな下着を穿いてるかなんて知らないし、別にそんなのはどうでもいいけど。
それよりも、今は足がベタベタで気持ち悪い。
めくり上げたエリーゼさんのスカートで足を拭く。最初は私のお尻の下で何か言っていたエリーゼさんだがあんまりぎゃあぎゃあとうるさいので肉付きのとても良いお尻を抓ったり叩いたり、そうしているうちについには何も文句は言わなくなり、聞こえてくるのは熱っぽい吐息だけ。
「よし。綺麗になった」
足の先から纏わりついていた不快感はよだれと一緒に払拭されてさっきよりは幾分マシだ。代わりにエリーゼさんの短いスカートには何だか粘っこい染みができてしまっているが足が綺麗になったのでよしとしよう。
「さて、と……。本当にどうしたものかしらね。まさか家にエリーゼさんをこのまま置いとくわけにいかないし」
エリーゼさんの上で胡座をかきながら少し考える。マジでどうしたものか。
「……そうですね。秋穂ちゃんがサディストっていうのはよくわかりましたので。とりあえずそのメイドさんの上から退いてあげてそれからもう一度ちゃんと話を聞いた上でご両親と本当に家政婦なんてのを雇ったのかとかの連絡をしてみては……」
「……なるほど」
でも何で昭文さんは前屈みになっているんだろうか?
まあ、そんな些細な疑問は心の隅に投げ捨てて、昭文さんの進言通りに本当にうちに雇われているのかエリーゼさんにうなじや耳や胸を弄くりながら身体に訊いてみる。
「で、ですから……間違なく、七草様のお宅で……あっ……だ、ダメです、そこは……ダメですよぅ……」
話だけではやっぱり信憑性なんかはないが、どうやらエリーゼさんの雇主は七草さんで間違いではないらしい。
いやいや、でもあの鬼畜で他人が大っ嫌いなひねくれものの親父さんに限って家政婦さんだなんてたいそうなものは……
「そんなことを今さらぐだぐだと言っててもしょうがないでしょう。とりあえずご両親に連絡して訊いてみて下さい」
「んー。連絡、連絡か……。お母さんじゃダメかしら?」
「ダメってことはないでしょうけど、この人が雇ったのは旦那様だって言ってたのなら夏彦さんに訊いた方がいいんじゃないですか?」
だよね。
「じゃあ、あれよ。昭文さんが親父に訊いてよ」
「嫌ですよ。めんどくさい」
ばっさりと断られてしまった。
「なんです? 自分の父親でしょうに、夏彦さんのこと苦手なんですか?」
「うん」
がっくりと肩を落とす昭文さん。
だってしょうがないじゃないか。いくら実の父子だといっても苦手なんだからしょうがない。別に嫌いというわけではなく、むしろ私個人としてはけっこう好きな部類の人ではあるのだけれども、ただ単に苦手なのです。なんとなく。
「あのね、秋穂ちゃん……君ら実の親子でしょうに……」
「そうよ」
「それなのに、好きだけど苦手な人だ、ってどんな複雑な親子関係ですかアンタら」
何だかだんだんと言葉遣いが乱暴になってきたけれども、事実そうなのでなんか反論し辛い。
でも、ま。たしかに複雑な感情を私は抱えていて、あの人はそんなこと微塵も抱えてなくとも、今さらそれを他人に言われたところで、だから何よとしか言い様のないのです。他人が口を挟めるようなやわな父子の絆ではないのですよ。
「……なんか無茶苦茶言ってうやむやにしようとしてない?」
「ぎく」
「いや、ぎくじゃねぇよ。途中から話がだんだんおかしくはなってたけどお前は親に電話の一本もできない馬鹿なお子様かコラ」
ついには言葉遣いが近所のちょっと年上のお兄さんっぽくない乱れた言葉だったけどその通りです。はい。
怒ってしまって何だかちょっと怖い昭文さんを尻目に。私はしぶしぶと親父に電話をかける。
「もしもし。親父さん? んー、私ー。わーたーしー。んん? 詐欺? 違うわよ。アンタの娘の秋穂さんよ」
相変わらず無愛想なうえに洒落の通じない。
苦手なんだよなー、こういう親との電話って。
「……うん? あー、いや、別に特にこれといって用があるわけじゃないんだけど……まあ、あれよ。何でもなかったら普通に聞き流してくれて構わないわ。親父、アンタ、まさか家政婦だかメイドなんかをやとったりなんかは――……は?」
いや、今なんつった……?
「ごめん。親父、ちょっと私ってば急に耳が悪くなったみたい。もう一度言ってくれるかしら?」
そして、もう一度。
ハスキーで通る渋い声が。
――だから拾ったって。