60.言うこと言わないこと
ピザに苦戦した私たちは、華里奈さんと会うのはギリギリになってしまった。
華里奈さんと約束した時間ちょうどに別荘に向かうと、松などが植えられた庭の広い家に到着する。見たところ平屋で、玄関は和風な造りになっていた。
昨日もいた華里奈さんの従者が出迎えてくれる。玄関は広くて靴箱の上には見たことのない形の花瓶が飾られている。日本式のおうちなのは確かだけど、なんとなく異国情緒あふれる様子に、私は気持ちが落ち着かない。
通された部屋は、猫脚のテーブルに椅子が四つあり、その一つに華里奈さんが座っていた。今日は金髪をストレートに下ろし、大きな赤いリボンが付いたピンクのワンピースを身につけている。部屋自体は木が目立つけど、全体的に黒の家具で整えられた部屋は、外観からでは分からないほど「洋」を感じさせる。
「お邪魔します」
挨拶をしてみると、「いらっしゃい」と座ったまま、華里奈さんは私たちを自分の向かいに座らせた。一瞬目を見開いたのは、昨日と似ても似つかないノースリーブの金髪を見たからだろう。私が華里奈さんの真向かいに、月緋さんが私の左隣に座る。
土田さんはというと、お茶とお菓子を用意してくれた使用人らしき人と一緒に部屋を出てしまう。私と月緋さんは使用人にお礼を言いつつ、3人だけになってしまった部屋で気まずくお茶を飲んだ。
「今日は一人いないのね」
華里奈さんが先に口を開いた。月緋さんが「太陽なら帰ったよ」と昨日と変わらない口ぶりで答えた。不機嫌そうに月緋さんを睨むが、整った金髪を後ろに流して「悪いけど土田さんには下がってもらったわ、あの人なんでも重丸さんに言うから」と人払いした経緯を教えてくれる。思い当たる節がありすぎる私たちは頷いた。
華里奈さんは続ける。
「それで?お姉さまはああ言っていたけど、私は誰もいないところで友達ごっこをするつもりはないの。まあでもせっかく来てくれたのだし、お茶に合うかと思ってケーキを用意してるから、そのうち持ってきてもらうわ」
あれ。今日よく喋るような。その上、月緋さんが「俺らさっきまでピザ食べてたからしばらくいいかも」と言うとあからさまに落ち込む。けどすぐに「もう2時よ?何をそんなにのんびりしているの」とツンツンする。
同時に何かを確信したのか、横を向くと月緋さんと目が合い、確信を得た。
箱入りのツンデレってやつではないだろうか。友達がいないって言っていたけど、ツンケンしているからでは?
「後でいただきます」
私が華里奈さんに向かって言うと、嬉しそうに、でもすぐ「長居するつもりなのね」とそわそわツンツンする。
「午前中はなつめさんとお会いしていたとか」
いきなり事件について話してしまうとケーキを食べる前に帰されてしまうかもしれない。私は世間話から始めることにした。
華里奈さんは「ええ。買い物とランチをしに出かけたの」と返事をする。私たちの約束が2時になったのは、ここから遠いところだからだそう。
「よくデートするんですか?」
「そんなことないわ。なつめはほとんどの時間を制作に費やしているし、私も学校があるから。今回のように私が京都に行ったり、なつめが東京に来たりしたときには必ず会うようにしているけど」
毎日メッセージでやり取りしてるから寂しくないわ、と強気に振る舞う華里奈さんはどこか悲しそうな目をした。
何か嫌なことでも言われたのだろうか。それもツンデレのデレの部分と同じく、すぐに引っ込められる。
その後も馴れ初めや今日行ったところ、好きな食べ物やプレゼントの話をされる。
自分の話を聞いてくれる存在は貴重なのだろう。こちらが訊かずとも色々情報をくれるからありがたいとは思うけど、隣の人はそうは思ってなかったらしい。
「別れる予定はあんの?」
月緋さんが言葉を選ばずに発言する。「はあ?」と両手で机を叩き、怒った顔をする華里奈さんに、悪気はないことを伝えつつ、小声で月緋さんを叱る。
「何訊いてんですか、せめて結婚の予定とか訊けば反応で分かるかもしれないのに」
「そんな計算めいたこと俺にできないから。泉璃こそ同じの見えてんの?」
「見えてますよ」
繊細な心も一応持ち合わせる月緋さんなら、さっきの華里奈さんの悲しそうな表情を見た時も何かあったと分かっているはず。頭上の時間がしゃぼん色、つまり基本の時間として浮かんでいるのも、彼なりの
色で見えているはずだ。
それを踏まえてこんなことを言ったのは、この人なりの優しさだ。
「見えてんなら尚更。願う前に自分で先に終わらせた方がいいに決まってんでしょ」
もっともなことを言われて「それはそうですけど」と私は口をつぐむ。恋人が殺人犯として捕まるより、元恋人が捕まる方がショックも小さい。
けどのろけ話を聞かされれば、それは不可能だと分かるだろう。
目の前で口喧嘩をされて、華里奈さんは怒りも忘れて「何よ急に……」と驚く。
「別れるつもりはないし、みんなして何よ」
力なく座り、両目に涙を浮かべた。泣かれると思ってなかった私たちはぎょっとして、ただ華里奈さんを見ることしかできない。華里奈さんはこぼれる涙を手の甲で拭った。
「お姉さまにも電話でさっき言われたわ。なつめと別れなさいって。なつめのどこがダメなの?収入が不安定な職業なのはは承知の上よ。でも私はなつめが好きだし、なつめも私のことが好きなの。なつめは私にとっておきの作品をくれるって言った。あとちょっとで完成するんだって言った!」
子供のように泣く華里奈さんを見て、私は何も励ますことはできなかった。月緋さんも、黙ってうつむいている。
恐らく、その作品は完成しない。
今言うことはできなかった。交際を大好きな姉に反対されているのに、他人の私たちが傷に塩を塗るようなことはできなかった。
「……ごめん。そんなに傷つくことだと思ってなかった」
月緋さんが謝った。華里奈さんは鼻をすすりながら「ごめんなさい、私だって泣くつもりなんてなくて」とティッシュで鼻をかんだ。
「……とにかく、私は別れるつもりはないの。ずっと一緒にいたいのよ」
私はそれを聞いた瞬間、反射的に華里奈さんに顔を向けた。目元を赤くしながら笑う華里奈さんと目が合う。へにゃっと笑ったときの目元は、深由さんに似ている。
私は笑顔を作ってみて返してみるけど、内心、雷でも落ちたかのような衝撃を受けていた。
人が願いを口にするたび、冷静に頭上を見る癖がついてしまったことを短所だと思っていた。この癖が役に立つなんて、今まで考えたことなかった。
月緋さんの方を向くけど、気が付いてないみたい。むしろ、本当に華里奈さんに事実を伝えるのか、と目線でこっちに訴えかけてくる。事件の話をすれば、華里奈さんは悲しむどころの話じゃないことは分かっている。
月緋さんだけなら、事実を伝えずに帰るだろう。私も気が付かなければそうしていた。
華里奈さんの時間が変わらないことに気が付かなければ。
私は何も答えずに正面を向く。
「華里奈さん」
落ち着いた華里奈さんは少し首をかしげる。
「今日私たちが来たのは、探偵としてお伝えしなければならないことがあるからです」
「どういうこと?」
隣で月緋さんが何か言いたげにしているけど、関係ない。私は一呼吸おいて、彼女に伝えた。
「なつめさんが、ここ最近の連続行方不明事件の犯人である、ということです」




