幸せの結末1
◇◇
それから2月後。
「よいのう、よいのう。さすがわらわの見立てじゃ。うん」
どこかの年寄りのような言い方で、何度も頷くマナマリに、シェーナは頬を染めた。
まだ13歳になったばかりなのにシェーナよりも少し大きい彼女は、南国らしいおかっぱの、黄色がかった金髪をさらさらと頬に流している。
「本当でしょうか・・・おかしくは、ないでしょうか?」
「おかしいわけがあるか。美しく見えるぞ。あやつも惚れ直すじゃろうて」
「惚れ直すなんて・・・そんな・・・」
とんでもないとシェーナが首を振ると、しゃらしゃらと後ろで飾りが鳴った。
マナマリが連れてきた専門の髪結師を使って丹念に整えられた髪は、後ろでふんわりと一つにまとめられ、南国特有の紅い輝石と細い金鎖が垂れ下がる豪華な簪で止められている。白銀色の透けるベールを頭に留める櫛も金細工でできており、その上をさらに大振りの白い生花が鮮やかに飾っていた。
これはすべてマナマリが祝いにと持ち込んできたものだ。
前もってドレスについても伝えてあっただけあって(噂ではそのためだけに従者が打ち合わせにきたとか)、ジュシェとニーシェが考案してくれた真っ白な衣装とよく合った。
二人の力作であるドレスは、ふんわりとシェーナの華奢な腕を覆うベル型の袖と、細く絞られた腰から足首まで花びらのように重なり合いながら流れていくスカートの裾の両方に銀糸で花の刺繍が施され、ほっそりとした首元を隠す襟には淡い桃色の小粒なパールが縫われていた。さらに、色とりどりの宝石がいくつもついた二連の首飾りと、羽が宝石でできた蝶と細かな花と葉の透かし飾りであしらわれたベルトが、純白を鮮やかに彩っている。
ちなみに、腕を曲げれば同じ職人が作ったもう少し小ぶりの蝶のブレスレットが見え、まるで袖の花にとまりにきたかのような演出をする凝りようだ。
想像以上の美しさと豪華さにシェーナはかえって恐縮をしてしまったが、双子やリアやカナスがよく似合うと褒めてくれたので、素直に受け取ることにした。
「わらわの国であれば、もう少し露出させたいところではあるがの」
少々残念そうに言ったマナマリも、目を細めて愛らしいと褒めてくれたほどだ。
「しかし、あの男がわらわに頼みごとをするとは驚きじゃ」
当初、式への列席が終われば丁重かつ迅速にお帰りいただきたいと主張していたカナスは、ベールを用意してもらえないかということと共に、式次第でシェーナの側の立会い人を務めてほしいと頼んできたのだった。
マナマリとはあまり意見が合わず、なるべくなら関わり合いになりたくないという態度を貫いてきたカナスの変化に、企まれているのではないかと最初疑ってしまったマナマリだったが、事情を聞けば一も二もなく頷いた。
「わらわは、そなたの後見人を務めることができて、たいそう満足じゃがな」
かつては争いのあったアキューラとザイーツが良好な関係になったと示すことは、両国にとってプラスの効果だけだ。
何より、非常に気に入っているシェーナのためになることであれば、多少の無茶など通さずにいるわけがない。
「すみません・・・私のために煩わせてしまうことになってしまいまして・・・」
「これ、聞いてなかったのか。わらわはたいそう満足じゃ。愛らしいそなたを見られて、さらには、あの男に恩も売れるでの」
「マナマリ様・・・カナス様にはこれ以上のご迷惑をおかけできません。私ではとても足りないでしょうが、少しずつでもマナマリ様のご恩を返していきたいと思っていますので・・・」
「よいよい。そなたは硬いのう。また、それが面白くもあるが。それほどまでにあの男が大事か?」
扇をぱたぱたと振りながら笑うマナマリに、シェーナはすぐに頷いた。
「勿論です。カナス様がいらっしゃらなければ、私はいまここにいませんでしたから。私にとっては、誰よりも大切なお方です」
「ふふ、二人そろって同じ言じゃのう。まったく、似合いの二人じゃ」
「え?」
「あの男も言いおった。わらわに貸しをつくるのは嫌じゃろう、と尋ねれば、そなたのためであれば頭を下げるのなど訳がないと言い返しおったわ。その前が、嫌なやつにも、とついていたのは、ほんに気に食わなかったがの」
熱い熱いと扇の風を自分に向けながら、マナマリはその宝石のような赤い目をにんまりとさせた。
テンポが遅れて、その意味を理解したシェーナは、真っ赤に頬を染める。
マナマリが快活な笑い声を上げ、椅子の上で足をばたばたとさせた。
こういうしぐさはまだ、子供っぽさがある。
「いや、まことにめでたいの。そなたたちのように心を通わせる者たちの婚礼に立ち会えることは、非常に幸せじゃ。わらわが祝福をするに及ばぬような婚礼が多い中、そなたらをみていると楽しくて仕方がない」
「・・・そ、その・・・」
「わらわはの、あの男とは言い争うことが多いが、その人と成りは認めておるのじゃ。何より、あやつはそなたを大切にすることに関しては誰にも負けんでな。ああいった男はなかなかおるものではあるまい。あやつはわらわを嫌っておるようじゃが、わらわは結構気に入っているのだぞ」
「え・・・そうなのですか。それは、カナス様もお喜びになられます」
「いやいや、伝えんでよい。だいたい、あやつはその辺りを分かっているということがまた、小ざかしいというか、・・・ふむ、やはりいけ好かないかもしれぬな」
「・・・え・・」
一度ぱっと顔を輝かせたシェーナは、再び表情を曇らせる。その素直な反応を見ていたマナマリがにっこりと笑った。
「まこと、そちはなごむの。そのような素直な心持、これからもなくすでないぞ」
「は・・・はい」
「あやつがついている限り、要らぬ心配とは思うがの。腹立たしいところもあるが、そなたを任せられるのはあの男だけじゃ。シェーナ、幸せになるのだぞ」
自分よりも5つも年下の少女に、父親からのような言葉をもらったのはおかしかったかもしれない。
しかし、マリマナの言葉には不思議と重みがあって、シェーナは深く頷いた。
するとそのとき、こんこん、と音がして、ドアが開いた。
「用意でき・・・、何でお前がここにいる?」
入ってきたカナスは、早速見つけたマナマリをむっとした様子で見下ろした。
すると扇で顔の半分を隠したマナマリは流し目でつっけんどんに答える。
「そなたが立会人を頼んだのじゃろう」
「立会人は誓いのときだけでいいんだよ。さっさと観覧席に行ってろ。必要になったら呼びにいくからよ」
「なんじゃ、その態度は!」
「勝手にこんなところまで入ってくんな。だいたい何、俺より先に会ってんだ」
「・・・ふん、くだらぬ焼餅か。狭量な男じゃ」
「ああ?」
「・・・あ・・・あ、の・・・?」
何故この二人がそろうとすぐこんな子供のような言い合いになってしまうのだろう。
ラビネや双子に言わせれば同族嫌悪というものらしい。
縄張り争いみたいなものですよ、と3人が3人とも言った意味を未だシェーナはつかめていなかった。
「やはりこのような男には、シェーナはもったいないの。シェーナ、考え直してはどうじゃ?まだ間に合おうぞ」
「何を訳わかんねえこと言ってんだ。さっさと出てけっつってんだろ」
カナスは素で話しているし、マナマリも気に入っていると言っているのだから、決して仲が悪いわけじゃないと思うのに・・・とシェーナは悩ましげに首を傾けた。
「やれやれ、今日はめでたい席じゃからな。素直にしたがってやろうて」
「毎回手を煩わせずに、素直に従ったらどうだ、宗主殿?」
「それでは面白くないのでな。では、また後でな」
お供を引き連れてぞろぞろと出て行ったマナマリを忌々しげに見送って、カナスはようやくシェーナに向き直った。
「あー、うぜえ。あいつと関わるとろくなことになんねえな」
なあ、と同意を求められてもシェーナは答えられない。
質問に困ったというのも勿論あったけれど、ぽかん、と呆けたようにカナスを見上げていたからだ。
「・・・シェーナ?」
どうした、とシェーナの顔の前で振られる手には白い手袋がはめられている。
上質の絹でできているであろうそれは、指の長いカナスの手になじんでいて、やけに印象深い。
腰まであるかっちりとした白銀色の正装の上着は均整のとれた彼の体を美しく包んでいるばかりか、金鎖や宝石のボタンで飾られている。
普段あまり頓着しないさらさらの髪は、前髪を数筋残した以外は綺麗に後ろに流されていて、元来の顔の骨格からの美しさを惜しみなくさらしている。
その威厳と落ち着いた表情からすると、本当の年よりも少なくとも3、4歳は上に見えた。
それでいてシェーナの名を呼ぶ不審そうな表情はいつものカナスで、その違いがなんだか不思議に思う。
だが、いずれにせよ思うことは。
「き・・・」
「ん?」
「綺麗」
「はあ?」
なんだそれ、と嫌そうに言うカナスの唇は芸術品みたいで、動くのが不思議だった。
青い瞳をふちどるまつげの一本一本をみることすら何か、素晴らしいことのような気がしてくる。
額から鼻筋、頬から顎、すべてが完璧に計算しつくされた彫刻のような角度で、何を言ったらいいのかわからないすっかり見とれ、頬を染めているシェーナは、はっきりいって今更ながらカナスの顔立ちそのものに心を奪われた。
前からすごく格好がいいという評価をしていたものの、それは彼の笑ったときの顔とか強く真剣な瞳とか、どちらかといえば表情に目を奪われていた。
造作そのものは、そこまでまじまじと観察したことはなかったのだ。
だが、いつもと違った彼を見て、初めてそこに気がついたというか。
(惚れ直す・・・ってマナマリ様、こういうことをおっしゃてたのですね・・・)
マナマリはカナスがシェーナに惚れ直す、と言ったのだが、シェーナは惚れ直すを身をもって体験したせいでその点はすっとんでいた。
ぽやん・・・といつまでも見上げているシェーナの額を、カナスがベールごしにぴんっと弾いた。
「い、痛い・・・」
「んな今更じろじろ見るんじゃねえよ。こそばゆい」
「でも、あの・・・ものすごく綺麗で・・・カナス様、とっても綺麗な顔をしているから・・・いえ、常々整ってるし、綺麗とは思ったけど・・・でも、こんなに綺麗だったんだなあって、もうずっと見ていたいくらいで」
素直に感動を伝えようとするシェーナに、カナスは思い切りため息をつく。
「あのな、男に綺麗って言うな。連呼するな」
「あ・・・だ、だめ・・・?」
「駄目っつーか、むずかゆいんだよ。お前に言われると」
本当にどこか痒そうな顔をしているカナスに、シェーナもそれはさすがにと黙る。
だが、視線をはずすことは勿体ないような気がして、その黒々とした瞳でじいっと見つめていた。
それを見返してきた彼と、しばし視線が絡む。
すると、また彼はシェーナの額を人差し指でぐいっと押した。本当は頬をひっぱりたかったのだが、せっかくの美しい化粧を台無しにしてしまうのがためらわれたのだ。
「そんな顔すんじゃねえよ」
「え・・・どんな顔?」
「すげえ可愛い顔」
「・・・っ!か・・・らかわないでください!」
冗談だとわかっていても、にやりと至近距離で笑われるのは衝撃が大きすぎる。
(あ・・・でも、やっぱり笑うと格好いい)




