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希う  作者: 樒 七月
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45/45

45 (おまけ)呼び方

 小さい頃から、『呼び方』は特別に思っていた。

 実の兄は『兄さん』で、従兄が『お兄ちゃん』だった。

 そして、名前呼び方一つで関係性が変わる。

 愛称、あだ名、ニックネーム。いろいろあるけど、本当の名前は一つで。

 由宇お兄ちゃん、お兄ちゃんは本当の名前で呼ぶのが好きだったよね。


「ケータにとって一郎はまだ『イチロー』なんだね」

 優ちゃんのお見舞いに行く道中、後ろを歩いていた汐里は突然言った。

 何を言い出すんだか。昔からこういうところがあった。そういえば、こういうところがヨースケと合っていたんだった。突然脈絡のないことを言い出す者同士面白いとかなんとか。

 隣にいるケータは、口の端を上げた。

「そうだな」

「汐里の発案でこうなったけど、嫌じゃなかったのか?」

「馬鹿っぽい呼び方とは言ったけど、意識しなければ普通に聞こえるから別に嫌じゃなかったな」

 そうなのか。確かに「諦めた方が良い」と言った時に、あっさりと「まあ良いけど」って言っていた。

 嫌じゃなかったんだ。

「でも、イチローだけだよね? ヨースケも『陽介』だし、私なんて名前じゃなくて『彼女』だし」

「呼び方も協力の内だと思っていたからな。呼び方を変えるのは今更だしな。それもあって、君は『彼女』だ。母音を伸ばす呼び方は、お前たち幼馴染みのものだろ? だから使わない」

 だから汐里はずっと『彼女』呼びなのか。それはそれで特別な感じがする。ただの三人称じゃなく、『汐里=彼女』になっているし。

 ケータにとって呼び方は重要なんだろう。

「汐里、よくその呼び方を持ち出したな? ケータの言うとおり、俺たちだけかと思ってた」

「クリーガーの協力関係は、幼馴染みの関係と同じくらい特別だったからね。イチローにとって、ケータは大切な人になると思ったから」

 汐里はきっと、あの出会いから何かを感じ取っていたんだろう。慎重に行動するから、今後の予想が合うことが多い。

 汐里が決めた特別な呼び方。それは幼馴染み四人だけのものだった。

 そして、クリーガーの戦いで出来た繋がりでも適用された。

 自分たち以外は呼ばない、呼ばせない、特別な名前。汐里は自分だけ特別な呼び方がないと文句を言っていたけど、文字で書く時は『シオリ』にしていた。ジュンも呼び方は変わらないけど、汐里と同じで携帯のアドレス帳には『ジュン』で登録している。汐里は、順には声だけじゃなく、名前にも親近感があるのかもしれない。

 幼馴染みの方は全員お互いが同じ呼び方だけど、クリーガーの方は一方的なものもある。ヨースケは俺と同じように呼ぶし、ユーキはケータ、ヨースケと呼ぶけど、ケータは友希、陽介と呼んでいる。

 ケータは俺だけを『イチロー』と呼ぶ。ユーキとは連絡先を交換していないし、ヨースケのことは自分の友達ではなく「俺の幼馴染み」だと思っているみたいだ。

 今、ケータの特別になれていることが嬉しかった。優ちゃんのことがあったのに、全部含めてこれからも友達と言ってくれた。ただのクラスメイトのような友達ではなく、ヨースケたちのような幼馴染みの距離感の友達になれるかもしれない。

「君は俺が優の兄だってわかってたからか?」

「それは関係ない。あなたがイチローに協力を求めて、イチローが承諾したからよ」

「なるほど」

 ケータは軽く頷いた。

 あの時、ケータに声をかけられて、ケータの協力に承諾して本格的に始まったクリーガーの戦い。ケータがいなれば、記憶は失ったままだったかもしれない。

 両親のことを忘れたままで、ヨースケのことも忘れたままで。

 あの事故のことも忘れたままで、優ちゃんのことも忘れたままで。

 失ってから気付くんじゃなくて、失ったことさえ気付かないことは怖いことだ。

「さ、後は私の彼氏にも皆を紹介して、幼馴染みと協力関係を混ぜてしまいましょう」

「君の彼氏って頭良いんだよな。会うのが楽しみだ」

「ケータとシュージって結構気が合うと思うよ。イチローのことを話してた時にケータに興味持ったみたいだし」

 汐里はヨースケだけじゃなくて、シュージにも俺のことを話していたのか。俺の知らないところで三人は繋がっていたわけだ。ま、ヨースケの記憶を失っていたから仕方ないか。

「特別な呼び方の関係が一つに纏まるって綺麗じゃない?」

「そこまで読んでいたのか?」

「まさか。イチローを中心に、上手くいけば良いなと思ってただけ」

 汐里の策士な笑みに、ケータは苦笑で答えた。

 二人の視線を受け、曖昧に笑い返した。


 幼馴染みの汐里、陽介、修二。クリーガーとして知り合った圭太、順、友希。

 俺は今、幸せなのかもしれない。

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