37 自分のこと
ケータから逃げた後、ユーキが追ってきていたのを撒いた。ケータはクリーガーになっていなかったから追いつくはずがない。ユーキも初動が遅れたから追いつけなかった。
クリーガーの効果が消えるまで、走り続けた。適当に走ったけど、方向は何となくわかる。携帯電話の電源は切っていた。今は誰からの電話も出たくない。でも、アイツには連絡しておかないと。近くにあった公衆電話で汐里に電話を掛けた。
記憶を取り戻したことを説明すると、「そう」とだけ返された。良かったね、でもなく大変だったね、でもない。当て嵌まる答えなんてなかった。
汐里には家に帰らないことを伝え、その後にユーキに連絡してユーキの家に泊めさせてもらった。ユーキには心配をかけさせたくなかった。ケータとのことは、俺の問題だ。ケータはユーキと連絡先を交換していないから、俺の居場所が知られることはない。汐里に連絡しているかもしれないけど、汐里もユーキの連絡先は知らないはずだ。知っていたとしても教えたりしないだろう。
ユーキには、失った記憶を取り戻したことを説明した。幼馴染みのヨースケのこと、両親のこと、それにケータの妹を助けられなかったことも。
「イチローは悪くないじゃん。ケータも犯人が捕まったことを知ってるんだから、心配することないと思うけど」
「問題はそこじゃないんだ。俺がそのことを忘れていたっていうのが問題なんだ」
ケータはどう思っただろう。妹の事故の現場にいた男。最初は犯人だと疑われた男。本当は妹を助けようとしたということも知ったはずだ。その男が、事故の記憶を失っていたとしたら。
俺だけが辛いことから逃げた。
「嫌なことから目を背けていたんだ。今でもあの子は戦っているのに」
「その事故が嫌なことだと思っているのが許せない? 嫌なことだから忘れたっていうのが」
「ああ。自分が嫌なんだ。何も解決しないのに逃げる自分が。だからユーキ、俺が嫌いになったら言ってほしい」
俺が俺を嫌いなのに、他の人に好きになってもらえるなんて思っていない。両親でさえ放任している俺を信頼してほしくない。汐里にもそのことは伝えている。
全部偽善なんだ。偽物なんだ。お兄ちゃんのようになりたいという理由で誤魔化しているんだ。
「嫌なことから逃げるって普通じゃん。誰もが立ち向かっているわけじゃない。自分に厳しすぎるって」
「記憶を忘れるのが普通か? ヨースケのようにお前のことも忘れるかもしれないのに」
「その時は、忘れたくなるようなことがあったってことだろ。そんなアンタでも、オレは一緒にいたい。偽物でも良いんだ。イチローの家族愛は、オレにとっては本物だから」




