2 勧誘
昨日の出来事はなかったかのように、今日はいつものように過ぎていった。所々破れた学ランは母親によって処分され、今日からは兄のお下がりだ。怪我がなかったから、心配はされなかった。ただ、どんなことをすればあんな破れ方をするのか不思議がっていた。それは適当に誤魔化しておいた。昨日のことを知っているのは汐里だけだ。
左腕に付けた腕時計が鈍く光った。衝撃に強いブランドの時計は昨日貰ったものだ。
ボロボロの学ランが目立つ中、家に向かって大通りを歩いていたところで声をかけられた。「お時間はありますか」なんてキャッチセールスの類かと思ったけど、こんな恰好の学生に声をかけることはない。無視しようとしたところで「クリーガーについて知りたくありませんか」と訊かれ、知りたいと汐里は即答した。汐里とセールスマンらしき人の間で話は進み、そのまま近くのビルの地下にある、よくわからない研究施設に連れて行かれて長い説明を受けた。汐里がいなければ、ここまで詳しく現状を理解することはできなかっただろう。まず、声をかけられたところで無視する。興味を引くような話題を振られても無視する。自分の身に起こっていることに興味はない。汐里が誘いに乗ったのは、俺の体を心配してのことだったのかもしれない。好奇心が勝ったというのが有力だけど。
そこで聞いた説明は、到底信じられるようなものではなかった。けど、自分の身に起こったことを考えれば有り得るかもと思った。
もし、本当なら。でも、受け入れるには覚悟が必要だった。何かを失う覚悟と、何かを奪う覚悟。
それでも、説明を受けた後に時計を受け取る選択をした。受け取ったとしても、いつでも止めることはできる。
「えっと、4回勝てば良いんだよね」
「3回負けるとアウトだけど」
時計を学ランの袖で隠し、帰り道を汐里と並んで歩く。街路樹が等間隔に植えられた歩道は、通行人が少ない。一本道を逸れると大通りがあり、この道を使うのは地元の人くらいだ。何もない道を歩くより、いろんな店がある道を歩く方が楽しい。でも、人混みが苦手な汐里はこの道しか通らない。俺もその方が楽だから良いけど。
「クリーガー同士戦って、4回勝てば失ったものを取り戻せる。でも、3回負けるとまた何かを失う。参加しているクリーガーは、また失っても取り戻したい何かがあるんだろうね」
クリーガーだからといって参加する必要はない。参加するかどうかは自由だった。
いや、何かを失った者が、ある条件でクリーガーになるんだったか。
「まさか噂にこんな続きがあるなんてね。しかも身体能力が上がる条件が違うってさー」
「お前、初心者か」
汐里を庇いながら振り向いた。後ろにいたのは眼鏡をかけた小柄な学生だった。