18 ジュンと汐里
ジュンと別れた後、汐里に電話してジュンのことを説明した。汐里は即答で了承し、自己紹介文をメールで送ってきた。名前、学年、メールアドレス。他は会ったときに判断して教えるのだろう。それを隣で見ていたケータは苦笑していた。汐里と会ったのは一回だけなのに、大まかな性格がわかっているのかも。
ジュンに自己紹介と待ち合わせについてメールを送ると、数分後に返信があった。汐里に会うのが楽しみなのか。お互いが理解者になったら良いけど、実際会ってみないとわからない。
少し心配しつつ迎えた放課後。待ち合わせ場所には既にジュンが待っていた。
「早いな」
「初めまして、汐里です」
汐里は軽くお辞儀をして上品に笑った。初対面用の笑顔だ。素の汐里を知っているから、作った笑顔に違和感がある。皆、これに騙されるんだよな。
ジュンも同じように笑って返した。
「順です。今日はよろしくお願いします」
「同級生でしょ。敬語は無しで! うん、確かに声が擦れているね」
早速の指摘に、ジュンの表情は曇った。取り繕うのは初めだけか。相変わらずの歯に衣着せない言い方だ。どうでも良い人にはそれなりの対応をしているから、ジュンの印象は良かったわけだ。ケータに対しては最初から遠慮が無かった。気に入った人には遠慮しないっていうのもどうかと思うけど。
「でも、ジュンは男の子だから。カッコイイね」
「! そう、かな」
「うん。私とは違う」
確かに、男女で印象は違う。男性だと、可愛い顔して低い声はマイナスにはならない。低い声が普通だと思っている。反対に、男らしい顔に高い声だと違和感がある。それも個性だとは思うけど。
それが女性だと、勝手に想像していた声と違うと不満になる。
「私は最初からだったからね。そうだ! お遊戯会とかの録画があると思うから見る?」
「見たい!」
「じゃあ、イチローの家に行きましょう」
ジュンの腕を掴んで足早に家に向かった。人の都合はお構いなしか。まあ、そうなると予想していたから、ここで待ち合わせにしたわけだけど。「立ち話もなんだし」という流れかと思っていたけど、まさか証拠を見せるとは。百聞は一見にしかず。いや、ちょっと違うか。
家に向かう間も二人はいろいろ話していたみたいだけど、聞き流していた。
リビングに通して一時間。テレビには汐里の思い出の数々が途切れることなく流れている。何度も見たことのあるそれは、はっきり言って見飽きた。自分を見て何が楽しいんだか。
初めて見るジュンは、一々感動していた。それに比例して汐里の解説もテンションが高くなっていた。こんなに楽しそうな汐里を見るのは久しぶりだ。ジュンだけじゃなく、汐里にも良い影響を与えたようだ。ソファに並んで座っている様子は、仲の良い友人か姉弟のように見えた。高すぎるテンションは、恋人には見えない。
それを時々横目で確認しながら、ソファの後ろにある椅子に座り、テーブルに肘を着いて携帯を操作していた。今日はケータと会っていないから、念のためにメールを送った。すぐに返信があり、何度か遣り取りをした。ケータとメールをするのは楽しい。意味を取り違えたりしないから、気を遣わなくていい。久しぶりに気楽にメールができる友人ができて良かった。
友人、でいいよな。
その疑問を打ち消すかのように、携帯に着信があった。液晶に浮かんだ名前に、一瞬通話ボタンを押すのを躊躇った。久しぶりに見る名前に指が固まる。これから声を聞かないといけないのか。メールだったら良かったのに。そんなことを考える人じゃないか。
何とか力を入れてボタンを押し、耳に当てた。
『今大丈夫?』
「うん。何か用?」
『明日時間があったらで良いんだけど、着替えの服を持ってきてくれないかな。当分帰れそうにないから』
「わかった。いつもの研究室で良いんだよな」
『そう。じゃあ、よろしく』
通話が切れて、終了ボタンを押した。動悸が激しい。なんでこんなに緊張するんだ。兄だろ。
いや、その兄に言われた言葉が頭から離れないからだろう。兄さんだって、同じだったくせに。でも、兄さんは一歩を踏み出している。研究職に進むことを決めた。
俺の様子が変なことに気付いたのか、汐里とジュンがこっちを見ていた。何でもない、と首を振ると、汐里は察したのかテレビに向き直った。汐里に促されてジュンも視線を戻した。
なんでこんな時に。クリーガーになっても取り戻せないとわかっているのに、願いたくなる。
『アイツはもういないんだよ。受け入れな。いつまでもそうしていたって、戻ってくるわけじゃないんだ。どんなに会いたくても、もう会えないんだ』
兄さんの言葉が頭にこびり付いて離れない。いっそ忘れてしまえば楽なのか。でも、忘れたくない。いろんなことを忘れてきているから、これだけは忘れたくなかった。もう、忘れたくない。
お兄ちゃん。俺は誰かを不幸にしていないかな。
お兄ちゃん≠兄、です。学ランのお下がりは兄。




