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最終話



「僕は帰る。元の世界に帰るよ」


 この世界に来て色々なことがあった。旅を始めてから3ヶ月、ここまでの道は決して短くはなかった。色々な人に会って色んなものを見た。色んな人の生き様を見た。だから、決めることができた。


「…………そっか。寂しくなるな」


 そう言って微笑む瞳は、どこか寂しそうな色をしていた。そこから読み取れる感情は、既に判っていたことだからと言わんばかりに、納得済みのもの。同行していた時間は長くはないけれど、それでも思いは交わせていた。


 僕は歩く。右手に宝玉を持って台座に進む。これを置いてしまえば、僕がこの世界に残っていられる時間も決して長くはない。宝玉が入れ替わるこの期間だけ、召喚と送還の魔法が使えるのだ。王都から離れる時に渡された右手のカード。これを破り捨てるだけで、僕は帰ることが出来る。


 台座のすぐ前まで来て、僕は振り向いた。少し離れた所から、この世界の僕の友達が見守ってくれている。腕を組んで飄々とした表情をしているが、それが僕には嬉しく思えた。悲しいお別れなんていやだった。


「君に逢えて良かった。君に逢えたから、僕は自信を持って帰れるよ」


 あちらの世界には何もない。友達はいないし、勉強と運動には自信が持てない。何もないところから始めるというのなら、友達がいるこの世界に残ってもいいんじゃないかと考えたこともあった。


 だけどそうじゃない。それで終わらせたくはない。朝と夜の領域で生きるために、僕に必死に頼んでくる人たち。夜の領域でも育つ穀物をその悪条件の中で育てている人たち。そして生きるために僕を支えてくれたこの友達を見て、俺は気づかされたのだ。


 僕はまだあの世界で何もしていない。何もなかったのではなく、僕自身がまだ何もなしてはいなかったのだ。もともと持っていたものだけで満足をして、それ以上を求めることをしなかった。持っているものを維持しようともしていなかった。


 それでは駄目なのだ。この世界で必死に生きている人たちとともに、胸を張って生きていくことなんて出来ない。僕は僕自身の世界で、僕自身の人生を必死に生きていかなくてはいけないのだ。


「俺もだよ。宝玉の旅人が君でよかった。みんなに代わってお礼を言うよ」


 二つの世界を合わせてたった一人の僕の友達は、静かに笑いながらそう言った。嬉しくて泣きそうになりながら、僕は振り切るように台座に向かった。


 何で出来ているのだろうか、薄くクリーム色に色づいた僕の胸ぐらいまでの台座は、まるで大理石のように見えた。その上には小さなくぼみがあり、丁度僕の持っている宝玉が嵌り込みそうだった。


 瞳を閉じて深呼吸してから、僕はくぼみに宝玉を嵌めた。すると薄い青色だった宝玉の中に、小さな紺色が生まれ出てくる。これこそが、朝と夜の領域の朝に侵食してきた夜。その転送が再開されたのだ。


 それを見届けた僕は振り向いた。右手に持ったままのカードは既に発光を始めている。この光が途切れるまでに、これを破り捨てなければならない。見る限り、時間はあまりなさそうだった。


 最後に僕は、見守る2つの瞳と目を合わして頷いてみせた。静かな瞳は僕を見据えて頷き返してくる。僕はそれを強く強く心に刻み込んでから、両手でカードを破り捨てた。






 強烈な光と爆音に包まれた僕が、次に見たのは家のドアだった。自分の姿を確認すると、学生服にスニーカー、そして肩には学生カバンを掛けていた。どうやらあちらの世界に飛ばされた時と同じ姿をしているようだ。ズボンのポケットに入ったままの携帯電話を見てみると、時間も過ぎてはいないらしい。


 僕は少し躊躇してから目の前にあるドアを開いた。久しぶりの我が家に、俄かに緊張もする。記憶の中と何も変わらない玄関に、懐かしさがこみ上げて思わず立ち尽くした。


 背後でドアが閉まり、バタンと音が響く。巻き起こる風に前髪が揺らいで、すぐに収まった。音で気づいたのだろう、パタパタとスリッパの音を立てて、母さんが奥から顔をのぞかせた。


「お帰りなさい。すっきりした顔してどうしたの」 


 自分では気づかなかったが、今の僕の表情は晴れやかなものであるらしい。僕を迎えた母さんの、久しぶりなはずなのに日常と感じるその静かな声を聞いて、その中に僕を思いやる優しさがあったことに気がついた。


 ああ。僕は気づかなかっただけなんだ。優しいはずの母さんとも向き合うことなく、その瞳の暖かさに気付くこともなかった。僕は僕の周りにある全てのものから目を逸らしていただけなんだ。


「ただいま、母さん」


 顔を俯かせず瞳を前に向けてはっきりと力強く、僕はこの世界に戻ってきたことを告げた。


 僕はこの世界を選んだ。帰ってくることを選んだ。その決断が誤りであるかは、両方を比較しないと判らないから、答えが出ることはないだろう。それでも、この選択が正しかったと言えるように、目をそらさずに生きて行きたい。


 不思議そうに僕を見る母さんに、僕は笑った。






                          ――――エピローグに続く。




最終話(笑)

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