↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】さようなら、私の番様~私は貴方を愛さない道を選びます~  作者: 夢子


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

5/5

5

 番との縁を無事に解消したアテナは、五年を待たずしてガート国へと帰路についていた。

 その道中、彼女の心は時折、痛みを感じていた。


 あれ以来会っていないイアンの顔を思い出すことはない。

 それなのに、なぜか寂しくて、悲しい。

 胸の奥がじくじくと鈍い痛みを訴え、何もする気になれないほど気持ちが沈むこともあった。


(なんだか失恋の痛みに似ているわ……)


 けれど、これが番を失ったことによるものだと思えば、症状は軽いのだろう。


 兄のように食事も喉を通らなくなったわけではない。


 父のように、亡くした番の面影を娘に重ねることもない。


 もしかしたら、これが番との縁を断ち切った後に残る後遺症なのかもしれない。


 けれど、アテナには分かっていた。

 この痛みは、きっと時間とともに消えていく。


 それにアテナには、ノワールがいる。


 いつも傍にいて、支えてくれる、信頼できる相手。


 彼がいてくれるからこそ、胸の痛みにも耐えていられた。


 そうして長い旅を終え、アテナはようやく故郷へと戻ってきた。


「お父様、ただいま戻りました」


 アテナの帰還を知っても出迎えにも来ず、部屋に籠もっていた父レオに、アテナは笑顔を向けた。

 けれどレオは、あからさまに不服そうな顔をする。


 なぜ五年を待たずに帰ってきた。


 なぜ番を連れて帰ってこなかった。


 そんな不満が、言葉にされる前から伝わってくる。


 変わらない父の姿が、今のアテナには愚かで、どこか滑稽に見えた。


 幼い頃のアテナにとって、父は絶対的な存在だった。

 獅子獣人である父は身体能力も高く、幼いアテナが敵う相手ではなかった。

 だから、声を掛けることさえ怖かった。


 姉への態度も。


 兄への過剰な期待も。


 父に対して思うことがいくつあっても、見て見ぬふりをして自分の心を守るしかなかった。


 けれど今は違う。


 番である母を亡くし、溺愛していた姉を亡くし、大切な後継者だった兄まで失った父は、以前のような強さをすっかり失っていた。


 今の父なら、獣人として正面からぶつかったとしても負ける気がしない。


 それだけではない。


 父のこれまでの行いを全て知った今、貴族が集う王城の中でも、この国を統べる者としても、アテナは父に負けるつもりなどなかった。


「お父様、お話があります」


 アテナは真っ直ぐ父を見つめた。

 余裕ある笑顔まで浮かべている自分を褒めたいぐらいだ。


「私、番との縁を解消してまいりましたの」


「なっ……!?」


 レオの顔が驚愕に染まる。

 その顔があまりにも間抜けに見えて……

 なんでこんな男が怖かったのだろうと、本気で笑いそうになった。


「お父様、女王になる私に必要なのは、番ではありません。このガート国をよく知り、私の考えを理解し、共に国を守るために戦ってくれる。そんな相手こそ、私の伴侶には必要なのです」


 そう言って、アテナは隣に立つノワールへ微笑みかける。


 幼い頃からずっと、自分を支えてくれた人。


 番と出会い、心がざわついて、王位さえどうでもよくなったあの瞬間にも、アテナを現実へと繋ぎ止めてくれた人。それがノワールだ。


 ノワールがいてくれたから、アテナは自分自身を見失わずに済んだ。


 ノワールがいてくれたから、父の行いにも耐えることができた。


 彼以外の存在など考えられない。

 そのことは、番探しの旅へ出る前から気付いていたことだった。


「おまえは……!」


 レオが怒りに顔を歪める。

 けれど弱った父には以前の迫力はない。


「おまえは、なんて馬鹿なことをしたんだ! アテナっ!」


 唾を飛ばしながら、アテナへ詰め寄る父は、弱者の遠吠えそのもの。

 獣人族の王がこれほど威厳がないなど、とてもじゃないが他国には見せられない。


「番は、番はなっ! 神が決めた運命の相手なのだぞ! それを解消するなど、あってはならないことだ! 今すぐ番に謝り、ここへ連れて来い! 武力を使っても構わん! 大金を使っても構わん! ガート国に勝てる国などないんだ! 獣人にとって運命の番は唯一無二の存在なのだから! 絶対に手放すな!」


 本人は説得力のある言葉を吐いているつもりなのだろう。

 けれど、アテナにはただの独裁者の戯言にしか聞こえなかった。


 他国との交易を断ってでも番を手に入れろなど、国王として最も選んではならない道だ。


 自分の幸せより、国民の幸せを考える。


 弱い者を守り、国を導く。


 それこそが、この国を統べる王に必要なものだ。


 そんな当たり前のことを理解できない父は、もうとっくに国王失格だった。


「お父様は……やはり番との縁を解消できる方法をご存じだったのですね……」


 アテナは静かに問いかけた。


 ずっと前からそうではないかと思っていた。


 けれど今の父の言葉で、確信した。


 父は知っていたのだ。


 それなのに、婚約者がいた母を娶った。


 番と出会って苦しむ兄に、手を差し伸べなかった。


 そして、人族の血が濃い姉には、自分の感情を押し付け続けた。


 その結果、母を殺し、兄を追い込み、姉の心を壊した。


(こんな男が獣人族の国王だなんて!)


 スムズ国へ赴いた時に向けられた、あの突き刺さるような視線を思い出す。

 自国の姫が嫁いだ先の国へ向けるものとは思えない、冷たい視線だった。


 当然だ。

 今のガート国は、父の行いによって他国から恐れられている。


『あの国は、番のためなら何でもする』


 そんな印象を他国に植え付けてしまったのだから、どんなことをしても改革は必要だった。


 アテナは一歩、父へ近づいた。


「私は、この国の王太子として……貴方の退位を望みます」


「なっ……!」


 アテナがはっきりと告げれば、レオの顔が青ざめる。


 けれど、アテナにはもう何も怖くなかった。


 この国を継ぐ者は自分しかいない。


 そしてこの国を変える者は、自分でありたかった。


 きっと父のこれまでの行いを公にすれば、獣人族の女性たちはアテナの味方になるだろう。


 そしてノワールの実家である黒豹族。


 兄の元妻である前王太子妃の実家、虎族。


 そして姉の婚約者だった雪豹族。


 彼らもまた、アテナの味方になる。


 なぜなら、番探しの旅へ出る前に、すでに根回しは済ませてあるからだ。

 詳しい事情を全て話さずとも、高位貴族たちはすでに父の行いを掴んでいる。


 ならば、その旗頭にアテナが立てばいい。

 勢力でも、武力でも、もう父に負けることはない。


 自分の人生は、自分で選ぶ。


 あの日、そう誓ったのだから……


 その誓いを、今度こそ違えるつもりはなかった。




「そんなこと、許されるはずがない!!」


 追い詰められたレオが、獣そのものの姿へと変わる。

 そして何の躊躇も見せず、アテナへ襲いかかった。


 だが、その前にノワールが立ちはだかる。


 一瞬だった。


 ノワールの腕がレオの攻撃を受け流し、その身体を床へと叩き伏せる。


 レオにはもう、ノワールに敵う力すら残っていなかった。


 当然だ。


 次期女王の夫となるべきノワールは、毎日の鍛錬を欠かさず、自らを律し続けてきた。

 一方のレオは、母という番を見つけてからというもの、何もかも番を優先した。


 執務よりも母との時間。


 鍛錬よりも母との時間。


 そして、それが許されることに甘え続けた。


 かつて獣人族の王を名乗った男は、今や床に倒れ、強者にひれ伏すだけの獣へと成り下がっていた。


「レオ・ガート、貴方を幽閉します!」


 アテナは倒れた父を見下ろした。

 アテナはとっくに女王の風貌を手に入れていて、レオはその迫力に驚くしかない。


「そして、これからは私がこの国を守ります!」


 その言葉が父に届いたのかは分からない。

 項垂れたまま騎士たちに引きずられていく父は、もう何も理解していないようだった。


 リーナ、リーナと母の名だけを呼び続ける父は、幼い子供のようで、哀れになるほどの姿だ。




「ノワール……ありがとう」


 父が連れていかれるのを見届け、アテナは隣に立つ彼を見上げる。

 自然と笑顔になっているのは仕方がない。

 何故ならノワールはいつだってアテナの期待を裏切らないのだから。


「さあ、これからが本当の正念場ね。ノワール、どうか、これからも私の隣にいてね」


「ああ、もちろんだ。俺はアテナの覚悟をずっと見てきた。俺にできることは、アテナを支え、守ることだけだ。どんなことがあっても、俺はアテナの傍を離れない、約束だ」


「……ええ、ありがとう。貴方の言葉は信じられるわ」


 アテナは微笑んだ。

 心の底から安堵の笑みを浮かべられたのは、もしかしたら生まれて初めてのことかもしれなかった。


 それからの二人の行動は早かった。


 国王退位の理由を明確に国民へ伝え、番至上主義を掲げる古い考えの者たちには役職を退いてもらった。


 そして、新しい風を国政へ取り入れていった。


 番を望まない者には抑制薬を用意する。


 望まぬ番と出会ってしまった者には、番との縁を解消するという選択肢を与える。


 もちろん、運命の番との出会いが全て悪いわけではない。

 番と出会い、幸せな結婚を望む者たちには、その幸せを応援した。


 大切なのは、誰かに押し付けられることではない。

 自分自身で、己の幸せを選ぶ。

 それだった。


 そして、他国に対して武力をちらつかせ、圧力をかけるような外交も改めた。

 友好的な交易を心がけ、互いに支え合い、ともに歩める国を少しずつ増やしていった。


 それは、アテナ一人の力では成し遂げられなかった。

 アテナの隣には必ずノワールがいた。


 そして周りには味方になってくれた貴族たちがいた。

 その上、アテナの改革を受け入れ、支えてくれた国民たちがいた。


 多くの人の力があったからこそ、ガート国は少しずつ変わっていけたのだ。


 


 それから、幾年もの月日が流れた。


 アテナは女王として国を守り続け、ノワールはその隣で彼女を支え続けた。

 番というものを知らないわけではない。

 番に出会い、幸せそうに寄り添う者たちを目にすることもある。


 そんな時、アテナは思う。


 自分も、もしかしたら違う人生を歩めたのかもしれない、と。


 けれど、後悔はなかった。


 運命の番であったイアンの顔を思い出すことも、もうない。

 かつて胸を締め付けていた痛みも、いつの間にか消えていた。


 番を失った痛みも。


 運命に逆らうことへの恐怖も。


 長い年月の中で、すべて過去になっていた。


「アテナ、そろそろ休もう」


 執務室の扉から、ノワールが顔を覗かせる。

 少し皺が増え、黒く艶のあった自慢の体毛には白いものが見え始めているけれど、そこが素敵だと思うのだから、愛とは面白い。


「あら、もうそんな時間?」


「ああ。君は今日も働きすぎだ、もっと休まないと」


「ふふ……女王ですもの。これくらい当然でしょう?」


「女王だからこそ、身体を大切にしてもらわないとだな。あとは……俺の為にもだ」


「まあ!」


 アテナは楽し気に笑い、ノワールに差し出された手を迷うことなく取った。


 温かな手だった。


 少し荒れている、働く者の手だ。


 それに剣だこもある。


 アテナをいつだって守ろうと努力してくれる、安心できる手でもあった。


 きっと昔の自分なら、この手が運命の相手のものなのかもと考えていたかもしれない。


 けれど、今は違う。


 この人の手を取りたい。


 この人の隣にいたい。


 この感情は誰かに決められたものではない。


 神でも、番でも、運命でもない。


 アテナ自身が選んだものだった。


「ノワール」


「ん?」


「私、この人生を、貴方を選んで良かったわ……」


 アテナがそう言って頬に口づけを落とせば、ノワールは少しだけ目を細め、それから優しく笑った。


「……俺もだ、アテナ……」


 アテナはその手を、ぎゅっと握り返した。


 番だから愛するのではない。


 運命だから共に生きるのでもない。


 自分が、この人を愛したいと思ったから。


 この人と生きたいと願ったから。


 アテナは女王として国を変え、そして一人の女性として、自分の幸せを自分で選んだ。


 運命に与えられた人生ではなく。


 誰かに決められた未来でもない。


 自分自身の手で選び取った、たった一つの人生。


 その隣には、愛する人がいる。


 アテナはノワールに寄りかかり、幸せそうに笑った。


『さようなら、私の番様……私はもう、貴方を愛さない』


 私は私の選んだ人を愛し、私の選んだ人生を生きていく。


 それが、試練を乗り越え、アテナが自ら選び取った運命だった。


こんばんは、夢子です。


ここまでこの作品をお読みいただき、本当にありがとうございました。


アテナの物語は、ちょっと気持ちが重くなるようなお話を書きたいな~と思い、書き始めた作品です。


普段、のほほんとしたお話が好きな私にしては珍しく、最初から最後までずっと辛いお話だったのではないかと思います。(←頑張った?)


アテナは強く、前向きで、頑張り屋な女性です。

そしてノワールは、優しくて辛抱強い男性です。w


私の主人公たちは、できるだけそんな子たちであればいいなと思いながら、いつも書いています。


その中でも、歴代の主人公たちの中で一番頑張ってくれたのは、アテナだったかな?と思っています。


これでアテナのお話は終わりとなりますが、ここまで読んでくださった皆様、本当にありがとうございました。


そして残念なことに、これで私がズル休み中に書き溜めていたお話も、すべて終わりになります。w


ただ、短編が一つだけ残っています。


そちらはアテナのお話を書き終えた後、気分転換に書いたものです。

明日にでも投稿したいと思っておりますので、そちらも読んでいただけると嬉しいです。


このお話を、そして夢子のこれまでの作品を応援してくださった皆様、本当にありがとうございました。


ブクマ、いいね、評価などで応援してくださった皆様には、感謝しかありません。


また、いろいろな作品で感想をくださった方、そして誤字脱字を報告してくださる方。

皆様がご自身の大切な時間を割いて、夢子のために時間を使ってくださったこと、本当に感謝しております。


そして……欲を言えば、今後も引き続き応援していただけると有難いです。w


では皆様、次回作でもまたお会いできることを楽しみにしております。


最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました。


2026/09/01 夢子

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。