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ありがた迷惑ってご存知ですか





「ぜー、はーぁ、ぜー、はーぁ、……あ、アンニン君、一体どこに向かっているんだね?」

荒い呼吸を繰り返しながら、干からびた博士がそう言った。だが息も絶え絶えのその声は、前を走るアンニンには届かなかった。

「おーい、ヨウカン!博士もうピンチだからちょっと休もうぜ!」

しおしおになる博士を見て、これはいけないとブレッドが声を張り上げる。しかしアンニンは止まらない。もうかれこれ十分は走っているが、彼女は休む気配を見せなかった。引きこもりだと侮っていたが、どうやら若さに見合った体力を持ち合わせているらしい。

「ダメだあいつ止まんねー」

「でもそろそろ、止まらないと、博士も辛そうですし……」

そう言うフロマージュもそろそろ体力の限界が近い。彼女は子供の頃から圧倒的インドア派だった。

「博士もう歳だから……」

「ふん、老いぼれが無理をするからだ」

「老いぼれ……」

初めキプツェルと共に最後尾を走っていたシフォンも、今では先頭に追いついて博士をチクチク攻撃している。老いぼれと言われ、博士は露骨に落ち込んだ。

アンニンは何の説明もしないまま駅に飛び込んだ。他のメンバーも、戸惑いながら彼女について行く。券売機の前で、彼らはようやくアンニンから行き先を聞くことが出来た。

「なあヨウカン。マジでどこ向かってんだよ」

「電車に乗るってことは遠いとこ?」

「アンニンちゃん、着いて行くから教えてよ~」

アンニンは券売機に数枚の小銭を入れると、一つのボタンを押し、答えた。彼女の周りを他の面々が囲んでいる。答えるのが一番手っ取り早く解放される方法だと思ったのだ。

「……私が向かっているのは、白子市です」

「「「白子市?」」」

白子市の正確な位置を知らない何人かが、路線案内を見上げた。

「遠っ!!」

スフレが思わず声を上げた。何せ白子市は野洲市の十三駅も先だったのだ。

「僕帰ろうかな……」

「ムース!?勝手に帰っちゃダメよっ」

想像以上の遠さにムースが弱音を吐き、ショコラが慌てて牽制した。

「だからおとなしく実験をしておけばよかったんだ」

「そ、そうですよね、マフィンさん……」

苛立たしげに吐き捨てるシフォンに、フロマージュがその顔色を窺いながら同意する。しかし直ぐさまブレッドがツッコミを入れた。

「ブラウニーはノリノリだったくせに」

「そこには触れないで……」

フロマージュは少し頬を染め、両手で顔を覆った。しかし彼女の心配には及ばず、シフォンはブレッドとフロマージュのやり取りなど微塵も聞いてはいなかった。

と、ここで今までほとんど発言せずに、ただくっついているだけだったキプツェルが口を開く。

「えー、私白子まで行きたくないですよ、博士~」

やっとこさ口を開いたと思ったら、それは文句だった。面倒臭そうに言うキプツェルに、博士は鼻息荒く返す。

「お、男に二言はないっ。私は行くぞ!」

「じゃあ博士だけ行ってくださいよ」

「酷っ」

キプツェルの「博士が行くなら私もお伴します!」というセリフを期待していた博士だったが、そんな可愛い部下は彼にはいなかった。

「ショコラはどうする?」

「どうしようかしら……」

ムースに尋ねられ、ショコラは頬に手を当てて迷うふりをする。しかし彼女の心は決まっていた。面倒だから帰りたいのだ。しかし言い出しっぺなだけに帰りたいとは言えないのである。

しかし、そんなショコラの真横でキッパリハッキリとした一言が上がった。

「俺は帰るぞ」

シフォン・マフィンである。その一言を聞いて、もちろんこの男が真っ先に便乗した。

「あ、マフィン君帰るの?じゃあ俺も」

さっさと帰りたい意志を明確にしたキプツェルを見て、博士がころりと手のひらを返す。

「じゃあ私も……」

「博士はついて行っていいですよ」

「キプツェル君冷たい……」

助手の言葉の冷ややかさに、博士はうじうじとヘコんだ姿を見せた。が、そんな彼を見ている者は誰もいなかった。

「マフィンさん、私も帰りますっ」

シフォンが帰ると言うのなら、フロマージュは同意せざるを得ない。それに彼女だって帰りたいのだ。やはり彼女は圧倒的インドア派だった。

真面目キャラのフロマージュが名目を放棄したのを見て、ショコラもすぐさま声を上げる。

「フロマージュちゃんが帰るなら私も」

「結局帰るんだね」

「ムースうるさい」

ショコラは頬を赤らめてムースを小突いた。ムースは彼女に同意するも非難するもしなかった。

次々と帰るという声が上がる中、未だ券売機の前に突っ立ているアンニンを横目で見つつブレッドが言う。

「ちょっと待てよ、ヨウカンも連れて帰るだろ?」

ブレッドの言葉に、キプツェルが皆を代表して答えた。

「ヨウカンさん、白子市に行くんじゃないの?」

「もともと俺達のことは気にしていなかったようだしな」

キプツェルの返事にシフォンも続く。一同の間には完全にお開きムードが漂っていた。

と、ここで、甲高い大声が響き渡った。

「ちょっと待ってよッ!!」

「うおっ、バウムクーヘン!?」

「声でかっ」

スフレの大声に、近くにいた何人かの一般市民が彼女の方を向いて、そして自分の動作に戻っていった。目立ったことで、スフレは顔を赤くする。だが言葉を続けた。

「みんなアンニンちゃんと一緒に帰ろうよっ。アンニンちゃんが何を探してるかわかんないけど……みんなで探した方が早く見つかると思うんだ!アンニンちゃんは何も言わないけど、きっと手を貸してほしいと思ってるよ!ここまで来たのに見捨てるなんて出来ない!探し物見つけて、みんなで仲良く帰ろうよ!」

少しの間、誰も何も言わなかった。スフレはまだ顔が赤いままだった。

最初に口を開いたのはキプツェルだった。

「……バウムクーヘン……てかもうヨウカンさん行ったけど」

「ぅえ!?」

スフレの熱弁にみんなが注目している間に、アンニンは彼らの間をすり抜けて改札へ向かっていた。スフレが首を延ばしてそちらを見ると、アンニンは改札に切符を入れたところだった。スフレはちょっぴりショックを受ける。

ちなみに言うと、アンニンからしたらぞろぞろ着いてこられる方が迷惑なのである。スフレ・バウムクーヘンは完全に空回っていた。

「どうするの?追いかけるの?」

視界から姿を消したアンニンから、スフレに視線を戻し尋ねるショコラ。彼女の問にムースも穏やかなトーンで続いた。

「たしかに、スフレちゃんの言う通り、みんなで探した方が早く見つかるかもね」

雰囲気がだんだん変わってきて、真面目キャラと正義感を取り戻したフロマージュが言う。

「シャーベットさんの言う通りです。日が落ちると危なくもなりますし……早めに探し物を見つけてアンニンちゃんを連れて帰りましょう」

シフォンが言うなら同意せざるを得ないのがフロマージュなら、フロマージュが言うなら同意せざるを得ないのがキプツェルだ。キプツェルはそろ~っと追いかける派にジョブチェンジした。

「フロマージュさんが言うなら俺も……」

「キプツェル君が言うなら私も……」

今のうちとばかりに博士も追いかける派に加わる。

メンバー全員の顔を見回して、彼らの顔が自分を見ていると気づいたシフォンは言った。

「これは俺も行く流れなのか?」

疑問符をつけたものの、彼の心は決まっていた。ため息をついたその顔には、「最後まで付き合ってやるか」という意志が見て取れた。

「み、みんな……いい人だぁっ」

スフレのメガネの奥の瞳が、少しだけ潤んでいる。彼女はさり気なく鼻をすすった。

「まぁ、メルキオール研究所の奴らだからな」

「信じてた」とばかりに言うブレッドだったが、スフレにジトッとした目を向けられる。

「ブレッドさんは若干焦ってたくせに」

「そ、そんなことねーよ……」

ブレッドは言葉尻も弱々しく、そっとスフレから視線を逸らした。

「では、とりあえずアンニン君を追いかけるとしようか」

「「「は━━い」」」

博士の言葉に、スフレ、キプツェル、ショコラの返事が重なる。

切符を持った彼らはぞろぞろと改札へ向かった。

全員から発される雰囲気から、まとめて金を出したせいで最後尾になったブレッドは、一人ぼそっとこう言った。

「俺焦ってないから……」

全く、見かけによらず往生際が悪い。




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