新しき水
霞むように笑った あのひとの横顔をおもいうかべている。
それは春の日であり 夏の日でもあった。
いま 目を閉じると その横顔は果てしなく宇宙を模様している。
原子の塊 分子の配列 要素の羅列でしかないわたしのおもいで。
それが 捨てられないほど すきだよ。
わたしは笑い あるひとは怒る。
春と夏のあいだで 風鈴のように揺れる。
風花のようにさまよう つめ てのひら 指さき。
絡まりあうことで わたしたちは ひとつになったし ふたりにもなった。
あぁ 晴れているのに 雪が降っている。
わたしたちは おもいでに 成り果てていく。
そしてそれを宇宙だと知る。
反射光の白色が 目に刺さっても わたし 宇宙にいる。
おもいでという胸のうちの 不可侵たる意義。
そしてそれを宇宙だと知った。
横顔は静かに霞み 白昼 わたしたちは罪を犯している。
あぁ 晴れているのに 雪が降っている。
思い出は死体。
拡がりつづけて呑みこむ瘴気。
思い出は死体。
わたしたちは死体。
あ―― と 消え入りそうな声で笑って。
死に化粧にはよい晴れ模様。
窓の そう 白いレース越しにそそぐ 太陽光のつぶつぶ。
おたがいにおたがいを食潰す その結果のわたしたちがいる。
見えてはいる。
すこし信じられないだけ。
浸食する 新しき水に まだこころが慣れない。