二人飯その2
「じゃあ、とりあえず合法に乾杯」
「じゃあ、俺はカッコつけてた悪ガキに乾杯」
大衆酒場や場末の居酒屋なんて呼ばれる店は全国何処にでも有る、それなりの値段でビールやチューハイや酒を提供し、家庭料理の範疇に収まる料理、可もなく不可もなく、しかし暖かい、温度ではない、フランチャイズにはない味がそこに有る。
「余り旨いとは思わんな、ナゼ親父を含めた世の企業戦士はビールを好むのか解らん」
「まぁ最初はそんなもんだ、夏にでも必死に汗かいて、茶や水も飲めないくらい忙しくなって、帰りに缶ビールとか飲んだら一気にだな」
「そういうものか、苦いだけとしか思わんが」
「ありきたりだがビールは喉越しだ、とりあえず一通り試してみろ、ここは大抵揃ってるからな」
「日本酒に焼酎、梅酒にチューハイ、ウィスキーにワイン、それと幾つかのカクテル、ツマミも和洋中か、オススメは?」
「さてな、甘いのが好きならチューハイ梅酒、カクテル辺りか、口当たりの良いのが好きなら日本酒の甘口かワイン、辛めなら焼酎かウィスキー辺りだな、まぁ全部ステレオタイプで見るならだが、飲み方でも変わるし」
「じゃあベターに熱燗でも呑んでみるか、後はなんだろ、どのくらい呑めるのか解らないからペース配分が難しいが」
「まぁ、その辺りも含めて付き合うぜ、たぶん明日辺りは親子で呑もうと誘われるだろうし限界は知らなくて良い、二日酔いに迎え酒なんぞ体悪くするだけだからな、今日はほろ酔いで終いだ」
「その辺りもよく解らん、酔うというのはどういう感覚か、俺は泣きなのか笑いなのか怒りなのか何も無しか、吐くまで呑みたく無いというのは確かだが」
「吐くまで呑むって馬鹿騒ぎでもしない限りは大丈夫だろ、一滴も呑めないって下戸なら話は別だが、まぁ熱燗と後一杯くらい何かってのが最初なら妥当じゃねぇか? 千鳥足になるまで呑んだら二日酔いしそうだしな、思いの外弱くてそうなったらその時はその時だが、最悪は飛ばして運んでやるよ」
「それはそれで酔いが回りそうだがな、それに見た目が悪い、酔いどれが中に浮かんで移動とか最悪過ぎる」
「安心しろ、光を調整して隠してやるよ」
「それはそれで尊厳が消える気がする」
「日本酒は旨いな、呑みやすいし」
「度数それなりに強いがな、俺は呑めなくはないって感じだが、母方の爺さんは好きだな、父方は知らん、会ったの一回だけだし」
「アフリカだしな、遠い」
「まぁ、何に驚いたって一夫多妻だから三人嫁居るし親父の上に兄三人姉二人、弟四人妹五人って大家族だったって事だな、かなりでかい店構えてて市場仕切ってるらしいから親父を日本に留学させる事ができたらしいが」
「それがまさかまさかの帰化して教授か、ご家族どう思ったのやら」
「特に気にしてないってか自慢らしい、大学まで行けたの親父だけだし、院生にまでなって博士課程修了してそのまま助教、教授が引退したから後釜で臨時から教授に、まぁ専門の古代関係じゃなくて言語だがな」
「フランスと英文学だったか」
「やろうと思えばロシアとドイツも可能だな、イタリアとかも行けるし地味に宗教関係も余裕だしな、漢文古文は流石に一歩足りないらしいが」
「スペック高すぎないか?」
「そりゃあ俺の倍は脳ミソの出来が良いしな、俺天才とかなんとか言った事も有るが本物を前にすると秀才が良いとこだ、流石に物理エンジン込みなら理系で勝てるが」
「高校の時だったか、俺とお前と音矢君合わせてようやく互角とか言ってたと思うが」
「最近思うが加減して貰って互角だな、クイズ番組とか見てるなら解ると思うが数学科学化学くらいしか弱点無ぇから、親父を前にすると大抵の天才は霞む、まぁ親父に言わせれば確定した知識を溜め込んでるだけでそれを発見したり発明した奴が一番凄いらしいが」
「とは言え考古学なら通説なんて遺跡一つ遺構一つ遺物一つで覆るし文学も理解の仕方はそれぞれだろうに」
「まぁほら、言語学ってそれが何を指しているのか探す所からだろ、知らない奴にはAppleは木を指してるのか枝なのか葉なのか果実か解らん、文法とかもそうだし主語述語接続詞の関係も最初ら手探りだ、辞書も予備知識もなく言葉通じない場所にぶち当たって、一つ一つ解明していった先人が居てこそだ、そこから文字に移って、表現に移って、時代背景からくる理解にまで及んで、そうまでしないと本ってのは読めないんだと」
「あー、例えば百年くらい前の本で今ではなんて事の無いものが貴重だとして、それを引き合いに出して宝物の凄さを表現しても俺らには二束三文にしか感じないって奴か」
「そういうこった、しかも地域差有るしな、ほら塩とか内陸なら貴重な時代も在ったし胡椒が同量の金と取引されたとか、後は宗教感に死生観、色々と知らないと読んでるだけで理解したわけじゃない、これは菜慈美の受け売りだがな」