職場の日常その3
「お邪魔しますよ」
朝9時45分、正社員は全員出社してバイトも予約担当は全員、受付や添乗員担当は朝からのシフトの者が出社して各々が仕事の準備をしつつ朝一の客を今か今かと待つ時間帯、今のところ朝方の予約は皆無のため飛び入りでの客を待つわけだがこの一ヶ月だと50人も居ない、かなり暇な時間帯と言える。
そんな中でやって来たのは客というには剣呑が過ぎる、双方共にスーツ姿なのだが何処か普通の者とは異なるオーラの様な物が見える、目の奥や声にコイツはただ者ではないという、一筋縄ではいかないという雰囲気が見てとれる、特に声を発したおそらく40代後半と見える男の雰囲気は荒々しく相当な場数を踏んだ猛者というのが一瞥での印象だ。
もう一人は30代前半だろうか、こちらもこちらで剣呑な雰囲気が出ていて二人して人が良さそうにも見えなくはないのに圧倒的なまでに裏の匂いを感じさせている。
「お客様、こちらでは搭乗の手続きは行っていませんのであちらの建物にお願いします」
張り詰めたように感じる空気の中で一番近くに居た正社員である新島がとりあえず案内を行う、雰囲気は完全に裏だとか闇だとかのソレだが人相や雰囲気が悪いだけの奴なんてのはザラに居るし好い人そうに見えて詐欺師なんて手合いも枚挙に暇がない、若干以上に緊張するのは事実だが人を見た目や雰囲気だけで判断してはならない、客商売なら尚更だ。
「あぁ、僕らは客じゃないんで、ここの社長さんに話が有るんだけど通して貰えないかな?」
何処までも丁寧なのだがやはり雰囲気は剣呑だ、目線や呼吸や立ち居振舞い全てが刺々しい。
「申し訳ありません、男鹿は今席を外しておりまして、火急の要ならお電話させていただきますがお待ちになりますか?」
「じゃあ電話してもらえる? 最近ここの客が多くて御近所さんが迷惑してる、代表が話しに来たって」
「かしこまりました、少々お待ち下さい」
クレームと言えばクレームなのだろう、日に多ければ三桁は軽く出入りするのだからそういうのが有ってもおかしくはない、ただ御近所さんというと家が一番近いのが数十メートルは先になる、畑なら数メートルだが今は使われていないし代表が出てくる程では無いと思ってしまう。
ただこういう場合は見る角度の問題で自分達には小さくとも御近所さんには大きな問題というのは良くあるし何度も見てきた、しかし御近所さんと言うには通勤中に見ない顔だしスーツ姿というのが引っ掛かる、この辺りは農家やなんかが主流で仮にサラリーマンなら出社していないといけない時間帯だし仕事のついでに寄る様な内容でもない。
「ただいまー、小銭貰って来たからレジに突っ込んどいて、後これ通帳ね、チェックヨロシク」
電話しようと携帯を取り出したのとほぼ同時に が帰ってくる、まるで見ていたかの様なタイミングだがこの半年近く毎日の様に手続きを行っているのだ、銀行の窓口担当も準備しているのだろう、予定よりかなり早い帰社だがそれがありがたい。
「んで、お客様なら手続きはアッチのプレハブなんで其方にお願いします、ただ、時間的に11時発の便になりますし予約が埋まってるなら以降の便になりますが」
「いや、あの、ちょっとトイレ借りたくて」
剣呑な雰囲気が一気に雲散霧消して借りてきた猫より大人しく変わる、まるで部活の怖い先輩を前にした1年生の様な雰囲気は先程までと明らかに違う。
「ふーん、トイレならプレハブの建物入って貰って奥の扉出て直ぐだ、ところで、何処かで会いました? 初対面じゃないですよね、失礼ですが思い出せないんで」
「いやいや、初対面です、初対面です、ではおトイレお借りしますね」
二人して踵を返してそそくさという言葉がピッタリと填まる速度で社屋から出るべく扉に手をかける。
「あぁ、それと、帰ったら親分さんに菓子折り持ってこいって伝えといて、でないと来週には更地で寝る事になるからって」
逃がさない、言外にそう告げる、ノホホンとした雰囲気を崩す事無く、まるで『今日の夕飯はカレーが良いな』とでもいうように軽く発せられた言葉を受けて、そそくさとなんて生易しく脱兎の勢いで逃げていく。
「あの、社長、彼らは」
「うん? 前にお袋がマルチに引っ掛かりそうになってな、その時の胴元のヤクザの子分、事務所の中身全部往来に出して居合わせた組員逆さ釣りにしたから覚えてたみたい、どうせアレだろ、近所迷惑だなんだって小銭せびりに来たんだろ?」
「はい、まぁそうなんですけど、もしかして聞いてました? それと大丈夫なんですか? 報復とか」
「大丈夫だね、俺、一身上の都合で荒事慣れてるし、此処で働いてる間は皆さんに核でも壊せない障壁張ってるし、矢でも鉄砲でもちょっと足りないかな、後聞いてないけどほらお約束っての在るじゃない?」
「本当に大丈夫なんですね」
「大丈夫だよ、なんならご家族に障壁張っても良いし、仮に俺を狙うなら過去にそうした異能排斥派とかテロリストと同じ様に組織的に潰せるし、俺死んでも五秒で元に戻る異能も有るからさ、死んでても障壁は消えないしね」
「はぁ、深くは聞かない事にしておきます、それと、お手数をかけますが家族と家への障壁をお願いできますか?」
「良いよ、まぁ遅かれ早かれそうなってただろうし、ほらまだ来てないけど一年以内に排斥派が来るはずだから、用心はしておいた方が良い、ついでに花粉とかウイルス防いでも良いし、他の社員さんもバイトさんも希望者は紙にでも書いて新島さんに渡しといて」
「それは……来るでしょうね、来週には社長のテレビ出演と再来週には取材有りますし、取り上げ方がどうであろうと来るでしょう、後花粉防げるなら今すぐにでもお願いします、家内が酷いんで」
「あれな、断りてぇが現時点で赤字じゃ無いにしても飛ばさない時間とかも有るし、動画投稿アプリの広告とかだと頭打ちだしな、あぁ、それとさっき田浦社長から電話有って『バス増便したいけど可能か?』だって、予定通り再来月くらいから夕方前くらいに30人の枠確保お願いできます? 後流石に今すぐは無理だから、とりあえず次の休みにでも回るから都合が着くようにするか着かないなら連絡頂戴」
「大丈夫です、日にちは確認しますが確保可能な筈です、後家のも花粉症じゃないんですが子供がハウスダストのアレルギー持ちなんでお願いします」
「じゃあ決まったら教えて下さい、折り返しで電話して話を決めるんで、一応最大の2時間枠取れる日からでお願い、向こうの話だと二本は増やしたいらしいから時間ズラして後は観光コースとか、まぁその辺りは向こうの担当が考えるでしょ」
「ハウスダストなら余裕、流石にウイルス全部とかは厳しいけど」
「かしこまりました、確認して仮確保が完了次第持っていきます」




