第十一話
サトルたちがユークリア王国の北東部、豚鬼の縄張りへ侵入してから二日目。
上陸以降は断続的だった豚鬼との遭遇と戦闘は、二日目を迎えて激しくなっていた。
「何匹でも来るがいいッ! このプレジアが、父から受け継いだ〈オーク殺し〉で豚鬼を殺してくれよう! 倒して倒して倒してレベルを上げるのだッ! 喰らえ、『オーク斬り』ッ!」
「豚鬼を斬るってことなのか、オークの父親から教わった技なのか。意味わからなくなってるぞプレジア」
奥地に進むにつれて、サトルたちの陣形は変化を見せる。
レベル上げと父親の故郷の平和を求めて、プレジアが豚鬼に斬り込んでいくのは変わらない。
サトルとサトルたちがタワーシールドでソフィア姫を囲んで護衛を務めるのも変わらない。
変化したのは残る二人、ドラゴンのベスタとサハギンのシファだ。
「〈水射〉。ベスタさん、あちらの木はトレントですわ」
「知ってたし! サトル様、アタシ言われなくても気づいてましたからね! それにやっつけるのはアタシの仕事ですからね!」
「はいはい、わかったわかった。ベスタ、多少役割りがかぶってるからって焦らなくていいんだぞ」
「はああああああッ!」
「やああああああああッ!」
ベスタの叫び声と、プレジアの裂帛が重なった。
脳筋女子の二重奏である。
豚鬼と共生しているのか、森にはトレントがいた。
サハギンのシファは人化した姿のまま、怪しい木に【水魔法】をぶつけてトレントの擬態を暴く。
サトルは護衛に集中する腹づもりらしく、トレントへの攻撃はベスタの担当だ。
役に立つところを見せようと、ベスタは馬の姿のまま頭から突進する。
これまでと違って、ベスタの頭には左右に一本ずつ、二本の角が生えていた。
豚鬼の額の角を真似て、ではない。
馬の姿のままドラゴンの角を生やしたのだ。
ベスタのスキル【変化の術】は、シファの【人化の術】より自由度が高いらしい。
「どうですかサトル様、アタシ、このサハギンなんかより役に立ちますよ? ほらドラゴンの爪を生やせば早く走れるし角を生やせばトレントなんて一撃ですだから捨てられませんよね」
「はいはい、大丈夫大丈夫。もう馬に見えないけどなそれ。まあ角ありの馬、二角獣もいるかもしれないこの世界ならイケるか?」
すがるような目で見てくるベスタを、サトルはあっさり流す。
人化すれば美女な二人に想いを寄せられてもサトルに動揺はない。なにしろドラゴンとサハギンなので。
サトルのレベルは高くても、変態レベルは高くなかった。
「むっ、新手か?」
魔剣〈オーク殺し〉を振るって青い光を撒き散らしていたプレジアが止まる。
プレジアは両手剣を構えて前方を見据えた。
「警戒しろ俺たち。猪武者ならぬ猪騎士が本能で止まるって、相当かもしれない」
「了解、俺! 盾を構えろ俺たち、密集陣形だ!」
「ずっとそうだけどね俺氏。言いたかっただけだろそれ」
「旅に出てから俺の女性の扱いが荒くなってきた気がする」
思い思いに喋りつつ、ソフィア姫の前にいるサトルも横のサトルも後方のサトルも、盾を持つ手に力を込める。
プレジアが見つめる先、緩やかな坂の上に、一匹の豚鬼が現れた。
これまで倒してきた豚鬼よりひと回り大きく、熊の毛皮を羽織って大きな棍棒を手にしている。
あいかわらず言葉はわからないが、大きな豚鬼はプレジアを見下ろしてフゴーっと鳴いた。
大きな豚鬼はリーダーなのだろう、左右からぞろぞろと豚鬼が出てくる。
豚鬼リーダーに率いられた50匹ほどの集団である。
「豚鬼の分際で宣戦布告とは生意気なッ! いいだろう、その勝負乗ってやる!」
「あっ、おいプレジア」
これまでと違う豚鬼たちの行動にもかかわらず、プレジアはこれまでと同じように突っ込んだ。
魔剣〈オーク殺し〉は強く輝いて青い光が線を描く。
坂の上に豚鬼リーダーを残して、ほかの豚鬼が鼻息荒く坂を駆け下りる。
緩やかな坂の中ほどで、プレジアと豚鬼の集団の戦いがはじまった。
「プレジア……どうか無事で、わたくしは信じています、プレジアはきっと勝利すると」
「はあ。不利な地形でそのまま戦うって。騎士の訓練でそういうの教わらないんだろうか」
祈るソフィア姫をタワーシールドの陰に隠しながらサトルがボヤく。
敵の数を見て、密集陣形を取っていたサトルやサトルがソフィア姫の前に位置を変えた。
もしプレジアが抜かれるか、迂回して近寄ってきた時の備えだ。
木立の中に青い光が舞い、豚鬼が斬り倒されていく。
一方的に仲間が殺られているのに、豚鬼リーダーに焦った様子はない。
坂の上に立つ豚鬼リーダーは、ニヤリと嗤って棍棒を振り上げた。
それが合図だったのだろう、豚鬼リーダーの横に新手が現れる。
新たな豚鬼は、手に木を曲げてツタらしきものを張った、粗末な弓を持っていた。
二匹ほど、ボロボロのローブを着た豚鬼もいる。
「まずい、遠距離攻撃がくるぞ! 気をつけろプレジア!」
「むっ、オークのくせに頭を使えるとは! くっ!」
サトルの警告でプレジアは豚鬼弓兵や豚鬼魔法使いに近づこうとするが、身を呈した平豚鬼の集団に阻まれた。
「お父様は頭を使えないんですかねえ……言ってる場合じゃないか。二人残って、あとは行け俺たち! 護衛役は分身して追加する!」
「了解、俺! さあ俺たち、見せ場だぞ! 足並みを揃えろ!」
「いやいまは足並みを乱してでもスピードが大事な場面だろオレニー」
「追加が来るまで俺は残っておく。みんながんばれー」
「暢気かオレシチ。ほら行くぞ!」
「一番槍はもらった! 伸びろニョイスティック!」
ソフィア姫を守っていた9人のサトルのうち、6人が坂を駆け上がっていく。
一人はその場から伸縮自在のニョイスティックを伸ばし、平豚鬼の頭上を越して豚鬼弓兵を突き上げる。
「シファ、増やすまで護衛の補助を! ベスタは突っ込め!」
「かしこまりました、サトルさん。〈水壁〉」
「おおおおおおっ! サトル様がアタシを頼りに! 行くぞアタシ、サトル様にいいところを見せるんだ! 待ってろプレジア、いまサトル様の次に最強なアタシが助けに行くから!」
シファの水魔法が発動して、サトルとソフィア姫とサトルの前に水の壁ができる。
ベスタは走り出した勢いのままに水壁をひょいっと飛び越して、平豚鬼の集団に頭から突っ込んだ。
二本の角で平豚鬼を貫き、近寄る豚鬼は体当たりで吹っ飛ばしていく。
レベル43、馬に変化したドラゴンは止まらない。
あっという間にプレジアに並んだところで、豚鬼リーダーが振り上げた棍棒を下ろした。
豚鬼弓兵が矢を、二匹の豚鬼魔法使いが火球を放つ。
「プレジア、〈オーク殺し〉を立てろ! それがホントに魔剣なら多少は魔法を弱めるはずだ!」
平豚鬼の質量に阻まれて、タワーシールドを手にしたサトルは間に合わない。
サトルがニョイスティックを伸ばして矢を払い、サトルは二射目を射たせないよう豚鬼弓兵を攻撃するが、間に合わない。
「危ない、プレジア! ああっ、わたくしが〈矢避け〉や〈魔法障壁〉を使えれば! わたくしはなんと無力なんでしょう……」
粗末な矢の狙いは甘く平豚鬼にも刺さる。
プレジアの板金鎧に矢が当たり、ソフィア姫は無力な己を嘆く。
「馬だけどアタシはドラゴンなんだだからきっと大丈夫熱くない熱くないアタシはアタシの鱗を信じてる!」
ベスタの強がりが森に響いた直後、豚鬼魔法使いの火球が炸裂した。
平豚鬼ごと、プレジアとベスタが炎と煙に包まれる。
煙はすぐに晴れた。
焼け焦げた豚鬼が倒れる中、プレジアもベスタも二本の足で立っている。
いや、馬のままだったベスタは四本の脚で立っている。
負傷したのか、プレジアは、だらりと左腕を下げていた。
「サトルさん、近づいてください! わたくし、プレジアとベスタさんに【回復魔法】をかけます!」
「姫様……わかりました、こうなれば出し惜しみはなしにしましょう。殺れ、俺たち!」
「応ッ!」
「これはプレジアの分! これはベスタの分だッ!」
「オレック、二人とも生きてるから。まあ仕返しってことなら間違えてないけど」
「俺、俺の判断が遅かったと思うんだよね。もっと安全にレベル上げできたはずなのに」
「それじゃプレジアのためにならないだろオレッパチ。死線を潜ってこそ強くなるんだ」
「まあ俺は死線を潜ったことはないけどね! 死ぬのは分身だけで!」
「それは言いっこなしだろ俺。死は追体験してるんだし」
坂を上っていたサトルが速度を増して、追加のサトルもすぐに駆け出し、立ち止まったサトルがニョイスティックを伸ばす。
「ぐっ、なんの、これしき! 姫様の護衛を命じられる前、離れて暮らす時の苦しさと比べたら! 姫様に剣をお返しした時の心の痛みと比べたら!」
「……元気だなプレジア。なんか見た目より大丈夫な気がする」
「あれ、あんまり熱くないし痛くない? サトル様にボコられた時はあんなに痛くてイタ気持ちよかったのに? なんだかイマイチでこれじゃアタシ満足できな――」
「元気すぎるだろベスタ。まあ二角獣の姿でも中身はドラゴンだしなあ」
せっかくサトルが気合いを入れて進軍したのに、プレジアもベスタもたいしたダメージはないようだ。
それでも、ソフィア姫の心配そうな眼差しは変わらない。
サトルたちはそのまま歩を進めて、ソフィア姫の回復魔法を受けたプレジアとベスタも逆襲をはじめる。
平豚鬼も豚鬼弓兵も豚鬼魔法使いも、豚鬼リーダーもあっさり駆逐された。
本気を出したサトルたち一行は、前衛と後衛を揃えた50匹以上の集団でも相手にならないらしい。
過剰戦力である。
まあ【分身術】がある以上、サトル一人でも過剰戦力なのだが。
ユークリア王国北東部。
サトルたちは敵をなぎ払い、豚鬼の本拠地目指して侵攻していく。




