第十話
ユークリア王国の北東部。
モンスターである豚鬼が占拠する縄張りに、叫び声が響いていた。
「はあああああああッ!!」
赤い髪をなびかせて、大柄な女性が両手剣を振るう。
青く輝く魔剣が豚鬼を斬り裂いていく。
豚鬼が武器に持つ棍棒ごと、人間か豚人から奪った盾や革鎧や剣ごと斬り捨てる。
顔にかかった返り血を気にかけず、豚鬼の屍を踏みしだいて女性は進む。
木立の奥からわらわらと湧いて出る豚鬼の群れを、ためらうことなく、ひるむことなく斬り裂いていく。
まるで、一振りの剣のように。
湖と丘と木立が広がるのどかな風景は、屍山血河の戦場となっていた。
「あら? こうすれば水場もできますのね。ふふ、いいことを知りましたわ」
「これを水場って呼ぶ発想が怖い。知られちゃいけないことを知られた気がする」
「オスは戦場で昂ぶると聞いたことがありますの。いかがですかサトルさん、わたしと一戦」
「俺そんな変態じゃないんで。モンスターの死体だらけの中で興奮してサハギンに襲いかかるほど変態じゃないんで」
姫様の剣となる、と宣言したプレジアが豚鬼を斬り捨てて進んでいく。
サトルとソフィア姫とシファとベスタは、その後ろをゆっくり歩いていた。
暢気な会話をしているが、二人はキョロキョロと周囲の警戒を怠らない。
ソフィア姫だけは、両手を組んで、戦うプレジアを祈るように見つめていた。
「プレジア……わたくしは信じています、プレジアは強いのだと、どうか無事で……」
「ねえ姫様、数が多いみたいだしアタシがばーってブレス吐いて手伝おうか? どうですかねサトル様ちょっとぐらいなら、それかアタシがドラゴンの姿に戻って蹴散らして」
「やめとけベスタ。豚鬼の数は多くても、プレジアは苦戦してないだろ」
ベスタは、祈るソフィア姫のまわりを落ち着かなげにウロウロしている。
モンスターが大量に生息する地に入っても、ベスタは馬の姿のままだった。
背には荷物が乗せられて、横にはマジックアイテムのピッチフォークとシファの三叉槍がくくりつけられている。
これまでのところ、プレジアは苦戦することもなく豚鬼を倒していた。
レベル43のドラゴンを荷運びに使うほど、サトルたちは余裕であるらしい。
「ソフィア姫も、心配はいりませんよ。プレジアの代わりに俺が護衛します。プレジアが危なくなったら割って入りますから」
「サトルさん……ありがとうございます」
ソフィア姫は、プレジアから目をそらさずに言った。
幼い頃から知るプレジアの決意を応援して見守ると決めた通り、戦いをじっと見つめている。
「後方は異常なし! 俺サン、報告を!」
「左に豚鬼の姿はない。オレッパチ、そっちはどうだ?」
「右も敵影なし。なあ、これなら斥候を出した方がいいんじゃないか?」
「ばっかオレッパチ、今回の俺たちは姫様の護衛なんだぞ!」
ソフィア姫が周囲を警戒していないのは、サトルに囲まれているからだろう。
護衛を引き受けたサトルは、すでにスキル【分身術】を使って分身している。
ソフィア姫は、タワーシールドを持ったサトルに四方を守られていた。
サトルの【分身術】は、装備ごと分身する。
プレジアから盾を預かったサトルが【分身術】を使ったため、サトルの分身はタワーシールドを手にしている。
レベル65のサトルたちがタワーシールドを手にソフィア姫を囲む方陣である。
「うふふふふ、サトルさんがいっぱいいてたまりませんわ。ねえサトルさん、よろしければお一人お付き合いいただけないかしら? 少し休憩を」
「分身は休んでも体力は回復しないんで俺の休憩はなしで。解除したら追体験するから誘惑するのもやめてください」
ソフィア姫の隣に立ってサトルに囲まれたサトルが、シファに密着されて鼻の下を伸ばすサトルをぺいっと引き剥がす。
奮戦するプレジアと見守るソフィア姫をよそに、緊張感のないやり取りである。
まあ、タワーシールドを持ったレベル65のサトルに囲まれているのだ、内部に緊張感が生まれないのは当然かもしれない。
「それにしても、〈オーク殺し〉の斬れ味すごいな。名前の通り豚鬼への特効でもついてるのか?」
サトルたちに囲まれたサトルが呟く。
両手剣〈オーク殺し〉は、オークに代々受け継がれ、プレジアもまたオークである父親から受け継いだ魔剣なのだと言っていた。オークの接近を察知して青く光る、とも。
「人間に害なすオークめ! 姫様の剣となったこの私が斬り捨ててくれるッ!」
薄暗い森の中に〈オーク殺し〉の青い光が舞い、フゴフゴと豚鬼の荒い息と断末魔が重なる。
湖から上陸しておよそ二時間、殺した豚鬼の数はすでに50匹を超えているだろう。
豚鬼が仲間を呼んでいるのか、青い光が目立つせいか、増援が途切れる気配はない。
「本拠地と目されるところは歩いて三日。長丁場になりそうだなあ」
「俺、これもう手伝った方がいいんじゃない?」
「進んでったら囲まれそうだし。いっそ横二列ぐらいで並んで進む?」
「おいオレロク、それじゃ大量の俺が必要になるだろ。疲労の追体験がヤバくなるぞ」
「いまのところ遠距離攻撃されてない。豚鬼に弓矢や魔法を使う知能があるかどうか」
「投石ぐらいはしてくるんじゃないかな、俺氏」
惨劇の跡を歩いていても、サトルに動揺はない。
ティレニア王国の小役人となる前、サトルは冒険者だったのだ。人型モンスターもグロい光景もすでに経験済みであった。
そして、擬態したモンスターの奇襲も。
「姫様、ちょっと失礼します」
「えっ? サトルさん? どうしたのですか?」
風もないのにガサガサと葉音がして、サトルはソフィア姫の頭上にタワーシールドをかざした。
タワーシールドにガッと木の枝が当たり、ツタが巻きついてくる。
「敵襲、敵襲ー!」
「密集隊形! 盾を構えろ! ニョイスティックを伸ばせ!」
「タワーシールドを掲げろ! 上を守るんだ!」
「指示がバラバラなんですけど……ノリだけかよ俺たち……」
サトルとツタがタワーシールドを引き合っている間に、周囲を守るサトルが密集する。
四方のサトルが盾を外に向けて、中のサトルが盾を頭上に掲げる。
サトルの指示とサトルの指示がズレていても、サトルもサトルたちも一糸乱れぬ動きで防御を固めた。
ソフィア姫はがっちり守られて、シファは陣形の外で興味深そうに木を見つめ、ベスタはポツンと取り残された。
「トレントだ! 警戒しろ俺たち!」
この森には、豚鬼だけでなく樹木に擬態するモンスター「トレント」も潜んでいるようだ。
密集隊形の隙間からサトルがニョイスティックを突き出す。
何本ものマジックウエポンの攻撃を受けて、トレントがぼえーと奇妙な悲鳴をあげた。
「きゃー、危ない、わたし、捕まってしまいそうですわ」
「棒読みすぎるぞシファ。遊んでないで戦うか離れてくれ」
「うふふ、サトルさん、ヒトのオスはトレントに捕まったメスに興奮するというのは本当でしょうか? ここはわたしが戦うべきではないでしょうか?」
「どこ情報だそれ。ちょっと分身出してポルスカ共和国まで戻らせて村長とオハナシしてこようかなあ」
「はいはいサトル様! ここは杖よりアタシが攻撃するのがいいんじゃないでしょうか! サトル様の次に最強なアタシが」
「俺は姫様の護衛だしな。じゃあ頼むベスタ。馬のままで」
「えっ爪か牙か尻尾なら一発なんですけどこのまま馬でえっと、いやいけるがんばれアタシやれるやれるに決まってる!」
亀のように守りを固めたサトルは、トレントの討伐をベスタに頼んだ。
豚鬼の注意を惹かないようにだろう、ドラゴンには戻らせずに。
ベスタは何度か前足で地面をかいてためらってからトレントに突進する。
勢いのまま、頭からゴスッと木にぶつかった。
衝撃で地面が揺れ、トレントが折れてメキメキと倒れていく。
「やったっ! 馬のままでも一撃でやっぱり強いぞアタシ! ちょっと痛いけどでもなんだか気持ち……よくない? あれ? なんでだろサトル様に痛くされた時は気持ちいいのに」
ブツブツ言いながら小首を傾げるベスタ。
シファはぽかんと口を開けて、サトルはレベル差を考えたら当然だろうとばかりに油断なく周囲に視線を配る。
近くにほかのトレントがいないことを確認して、サトルはタワーシールドを下ろした。
「はあ、密集隊形で長物でチクチクするチャンスだったのに」
「まあまあ、どうせ豚鬼の数が増えたらやることになるってオレック」
「そうそう! やっぱ映画みたいに一回やってみたいよね!」
「だがオレゴ、いまのままでは俺の数が少ないのでは? 数千、数万が並んでやるから迫力が出るんであって」
ふたたびソフィア姫を緩やかに囲む方陣に戻ったサトルは、サトルの判断に不満を見せる。
大きな盾と長物を揃ったことだし、集団戦がやりたかったらしい。おっさんのクセに子供である。
「サトル、このあたりの豚鬼どもは全滅したようだ! このまま進むぞ! 倒して倒して倒しまくってレベルを上げるのだ!」
サトルたちがトレントの襲撃を退けている間に、プレジアの戦闘も終わったらしい。
目を輝かせてプレジアが振り返る。
プレジアは魔剣〈オーク殺し〉の青い光が消えたことから、近くに豚鬼がいないと判断したのだろう。
「さすがですプレジア、がんばりましたね! わたくし、とても誇らしいです」
「ああ……剣を返した私を誇りに思ってくださった上にお褒めいただけるとは……このプレジア、すべてをかけて豚鬼を殲滅いたしましょう!」
「おい『父の故郷に平和をもたらす』って話はどうしたプレジア。目的変わってるぞ」
一時的に「主と護衛騎士」ではなくなったはずなのに、主従は変わらなかった。
ツッコミながらも、サトルの口元には笑みが浮かんでいる。




