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第七話

「お断りします」


「そ、そんな……御無体(ごむたい)ですわ…………」


 すげなく振られて、美女はよろよろとサトルから離れて地面に腰を倒れ込んだ。


「姫様、行きましょう。これ以上ややこしいことになる前に旅を続けましょう」


「サトル、もう夜だぞ? せっかく人里にいるのだ、姫様に危険な夜道を歩かせるわけには」


「護衛騎士からめずらしくまっとうな意見きた。まあそうだよなあ……」


 小さな村の水車小屋の前で、サトルは肩を落とした。

 すでに陽は落ちて、空には星がまたたいている。


 サトルが元いた世界と違って街灯もないこの世界では、夜間に外出する人は少ない。

 まして夜に街や村の外を歩くのは、よほど緊急の時だけだ。

 旅人さえ、夜間は比較的安全な場所を探して休むのが基本だった。

 プレジアが止めるのも当然だろう。


「はあ。とりあえず、あのジジイと冒険者ギルド職員にクレームつけに行くか。これだけ情報を隠されてたら、なあ」


「お強い方とみなさまは、旅人なのですね?」


「そうそう、そうなんだ。明日には()つからご縁がなかったってことで」


 そう言い残してサトルは(きびす)を返す。

 水車小屋に向かって一歩踏み出したところで、背後から声がかけられた。


「わたし、ついていきます。お強い方が、わたしに子種をくれる気になるまで」


 堂々のストーカー宣言である。

 肉感的な美しい女性に言い寄られたらなびきそうなものだが、サトルはむしろ後ずさった。

 サトルはすでに、美女の正体が冒涜的な見た目のサハギンだと知っている。


「ついてくるって言ったって無理だろ。俺たちは遣東使ではるか東の果ての国へ向かうんだ。ずっと川のそばを歩くわけじゃない」


「わたしは【人化の術】を使えますもの、水辺がなくても問題ありませんわ」


「ええ……この世界のサハギン高性能すぎる。いや、ファンタジーの中でも『人化するサハギン』ってそうそう聞かないけど」


「水辺は必要ありませんが、子種をぶちまける際は水に出していただければ」


「言い方がヒドい。プレジア、姫様の耳を塞いでおくように。プレジアとベスタは……まあいいか……」


 正体はサハギンと知りつつも、サトルは見た目に惑わされて突き放しきれないようだ。

 サトルの優しさではなく甘さ、あるいは女性から迫られたことがない経験不足ゆえか。

 水車小屋の中でサトルの指示を聞いたプレジアは、ニマニマとだらしない笑みを浮かべながらソフィア姫の耳を押さえた。


「失礼します姫様! これはサトルの指示で仕方なく! そう仕方なくなのです!」


「それに、わたしはスキル【水魔法】で水を創り出せるのです。旅にも役立ちますし、お強い方がもよおしたらいつでもどこでも(はな)っていただいて結構ですのよ?」


「もよおさないから。いちいち生々しい言い方しないでほしい」


「旅は危険なものです。わたしは地上でも戦えますが、水中ではもっと強いのですよ?……お強い方を水中に引き込んで縦笛を演奏すればひょっとして」


「やめてください二度と立ち直れなくなります。そんなにアピールしてきても連れていかないから。身の危険を感じすぎる」


「身の危険……旅は、特に人間や陸上のモンスターは水場が危険だと聞いています。わたしは【水魔法】と種族の特性を活かして船を作れますの。川や海を渡る役に立ちますわ」


「なにそれ便利すぎる。水棲種族でしかも船が作れるってベスタより便利すぎる」


「サトル様? コイツがアタシより便利だからってアタシ捨てられませんよね? こんな場所で置いていかれたら迷って、あっ、でももう村がないからアタシ帰る場所もなくて」


「それにわたしは、川や海にいる同格以下の水棲モンスターを使役できますのよ。水路や海路を行く際には危険を排除できることでしょう」


「つよっ。やっぱ負けてるぞベスタ」


「あのサトル様、ちょっとだけだったら鱗を取ってもいいですよ? お金になるんですよね? 爪は痛いんで伸びたところだけにしていただければあとできれば牙はナシで」


 水車小屋から出てきたベスタが、馬の姿のままサトルに首をなすりつける。

 いつの間にか、ベスタがサトルたちと一緒にいるのは「白馬のつぐない」だけではなくなっているらしい。

 サトル、人生初のモテ期である。人外から。


「魚人の姿が気に入らないようでしたら、普段はずっと人化しておきますわ。子種をいただけるなら、お強い方が果てる直前まで人化しておきますのでどうか」


「そんでその瞬間に魚人に戻ると。死ぬ。俺の心が死ぬ。自己嫌悪で死ぬ」


 想像してしまったのか、サトルの顔が暗い。

 サハギンは守備範囲外らしい。


「お願いいたします。旅に役立ちますし、邪魔はしません、それで、もしお強い方が『いい』と思った時に一度子種をいただければそれでいいのです。どうかお情けを、惚れたオスの子供が欲しいのです」


 地面に座り込んだ女性が懇願しながら泣き崩れる。

 サトルの腹に頭をこすりつけたベスタが、ちらりとサトルを見上げた。

 心配しているのは女性の処遇か、それとも乗り換えられないことか。


 サトルは困ったように頭をかいて、水車小屋を振り返った。


「わたくし、かわいそうに思ってしまいました。わたくしのお母様とお父様は大変な反対にあって、それでもお母様が望んで追いかけて結ばれたと……サトルさん、もしこの方がきちんと言うことを聞いてくださるのでしたら、わたくしは止められません」


 サトルと目が合ったソフィア姫は、そう言って小さく首を振った。

 プレジアが耳を押さえているはずだったのにバッチリ聞かれている。「離してほしい」と(あるじ)に言われて、プレジアは逆らえなかったらしい。

 恋路を邪魔されてきた両親を持つソフィア姫は、他人の恋路を邪魔したくないようだ。

 消極的な賛成である。


「……プレジアはどうだ?」


「うん? ついてきたいのであればいいのではないか? 狙われているのは姫様ではないのだし、姫様も反対していないしな!」


「姫様ラブがすぎるぞ護衛騎士。そりゃ狙われてるのは俺、というか俺のアレで姫様は関係ないけども」


 いっそ潔いプレジアの判断にサトルがボヤく。

 プレジアは以前に「サトルのことも守る」と言っていたが、守るのは命だけらしい。サトルの貞操が危ない。


「ベスタ、はいいや」


「えっなんでですかサトル様、アタシはコイツを連れてくことに反対です、ただアタシを置いてかないならまあ連れていってもいいかなって」


 意見を求めなかったが、ベスタは条件付きで賛成らしい。

 ぞんざいに扱われているのに置いていかれたくないあたり、すっかり調教されている。


 特に反対がない二人と一体の意見を聞いて、サトルは顎に手を当てて考え込んだ。

 美女が横座りで見上げて、サトルの判断を待っている。


「ここはポーランドあたりで、ロシア経由にせよどのルートにせよ、日の本の国に行くには必ず海を渡る必要がある。船が作れる、海路の護衛ができるっていうメリットはデカいんだけど……でもなあ」


 視線を落として、サトルは女性に目を向けた。

 肉感的な美女は祈るように手を組んで、ヒジで押されて胸元の谷間がいっそう深まる。

 サトルはゴクリと唾を飲み込むも、名状しがたい姿を思い出してぶんぶんと頭を振った。


「あー、残念だったなー、俺たち旅人だから身分証が必要で、サハギンにはないからなあ。ということで連れていけません。じゃあこれで」


 メリットを感じつつも、サトルは連れていかないと判断した。

 涙目の美女に見上げられて、キツイ言葉では断れなかったようだが。


 馬に変化できるベスタは問題ないが、人間にしか変化できないサハギンは、街に入る時や国境を越える時に問題になる。

 サトルは、そんな言い訳で遠回しに断った。


 だが。


「話は聞かせてもらったわい!」


 水車小屋の前に、老人の声が響き渡る。


「任せるがよい冒険者よ、いますぐ身分証を作ってこよう! おっと、約束通り、もう一人の身分証も内密に作らねばならんかったのう」


 木陰から現れたのは、冒険者ギルド支部で会った老人だった。

 この小さな村の村長である。


「ささっ、孫を待たせておる。儂と一緒に()く冒険者ギルドへ」


「お祖父さま! ありがとうございます!」


「おい待てジジイ。元はと言えばジジイが依頼内容をごまかしてたせいでこんなことに」


「さあさあ、冒険者ギルドへ行くぞい! 身分証があれば連れていけるのじゃろう?」


「あっ」


「お強い方は先ほどそう言ってましたもの! 参りましょうお祖父さま、うふふ、これで、長い旅路の中でその気にさせられれば子種を、うふふふふ」


 老人とは思えないスピードで村長が走っていく。

 崩れ落ちていた女性は目元の涙を拭いて、うれしそうに微笑んだ。

 二本の足で立ち上がって、村長が去った方向へ歩いていく。


「サトルさん……あの言い方でこうなっては……その、サトルさんが(まつりごと)や交渉が苦手とは思わず……」


 呆然と立ち尽くすサトルに、ソフィア姫が申し訳なさそうに声をかけた。

 遣東使に任命されて以降、サトルは物資の調達や交渉ごとを一身に引き受けてきた。

 ソフィア姫は、助け舟を出さなくともサトルが話をまとめると思ったのだろう。

 そもそもソフィア姫とプレジアは、サハギンを連れていくことに積極的な反対はしていない。


 涙目になった女性を前に、隙を見せたサトルの負けである。

 レベルが高くともチート(ずる)くさいスキルを持っていても、弱点はあるらしい。

 涙目の女性はサハギンが人化した姿なのに。


「身分証を作り終えたら、今夜は宴じゃ!」


 暗い水辺に嬉々とした老人の声が届いて、サトルが肩を落とした。



 ポルスカ共和国の小さな村で、サトルたちは新たな旅の仲間を得たようだ。得てしまったようだ。

 長い旅路の中で、サトルはいつまで肉感的な美女の誘惑に耐えられるのか。耐えきれずに魚人に放つのか。


 東の果て、日の本の国を目指して、長く辛く厳しいサトルの旅路がはじまる。

 もっとも、ソフィア姫とプレジアとベスタにとっての旅の厳しさは減じることだろう。

 陸上でも推定レベル30、水中ではそれ以上の戦力が加わり、いわく「船を作れる」「水路や海路を護衛できる」らしいので。


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