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37 美少女(非実在)と愉快な仲間達


 十二時五十分



「……鍵、開いてる」


 もう来てるんだなと一人呟き、いつもの様に管理小屋の中に自転車を停め、右手の搬入口から地下階段へ。いつもは横目に通り過ぎていた公演のビラを、何とはなしに眺めながら。


 左右の壁を埋め尽くす様に重ねられた無数の劇団の宣伝紙。その日付は、全て一年以上前で止まったまだ。

 スタジオから漏れ聞こえてくるのはスタッフ陣お気に入りのBGM。いつの間にか覚えていたその歌を口ずさみながら壁をなぞるように視線を動かしていた少年の足が、階段下の灰皿の近くでふと止まった。


『劇団ブラックウィドワーズ 最終公演』と書かれたそのビラに、写真に、見覚えのある顔を見つけたから。


 一番上からぎろりとこちらを睨み付ける『波多野飛鳥』。

 最後の『作・演出・出演』の所に『春街シン』こと、かなり痩せてる村田ディレクター。

 左側の下段辺りに金髪眉毛なしの『宵原ヨイト』。


 三人の他にも、知らない顔が五・六個あって。

 なんと言うか、ちゃんと本当に劇団だったんだとまじまじと見つめ直す。

 たった一か月。それでも、人生で一番濃い一か月。

 なのに、結局自分はスタッフも相方も――仲間の事を全然知らないんままだったなと少し笑って。


「煙草臭ぇ」


 と立ち込める駄目大人の臭いに鼻をすすった恭平は、水入りの赤い灰皿を軽く叩いて黒塗り木製扉をガラリと開けた。


 途端、写真よりも少し頬が膨らんで眼鏡をかけた村田慎之助が振り向いた。


「お早うございます」

「おはよ。早いね、キョーヘー。もしかして最終回で眠れなかったかい?」


 からかうような笑みで近寄ってきた彼に、恭平は苦笑しながら首を振って。


「いえ、特に。言っても六回しかやってませんし。感傷的なの、無いみたいです」


 するとディレクターは、レンズの向こうに悪戯っぽい笑みを崩さぬまま、器用に驚いた顔をして。


「へえ。じゃあ、未練も無い?」

「無いですね」


 肩を竦めた恭平に、彼は笑って。


「心残りは?」

「それはちょっと」


 笑って応じた恭平は、ちらりとスタジオの中を見回した。


 クーラーを付けていないのかやたら蒸し暑い舞台の上で、額から汗を滴らせた世織おじいちゃんが肩でリズムを刻みつつ、ぶつぶつ言いながら歩き回っていて。スピーカーからはいつもの清志郎の歌声が流れているけれど、ヨイトのオレンジ髪もアスカの長身もブースの中には見当たらなかった。


「……メール、来てます?」


 多分、心残りと言えばそれ位。


 ラジオがやりたくて、ラジオが出来た。かんざしさんと話がしたくて、かんざしさんと喋れた。だから、自分としては大満足だ。


 あとは、本当に、メールが来て完成。雑ヶ谷を宣伝するための番組に、これだけの人が参加してくれましたよと数字を出して、この不毛極まりない時間は『ラジオごっこ』として成立する。

 何も無ければ、本当に。やりたいようにやった挙句、ただプロデューサーに迷惑を掛けただけの馬鹿野郎だ。


 半分覚悟をしながら恭平は聞き、手にしていた印刷紙に目を落としたディレクターは薄く笑って。


「君達のとこには、来てないね」

「……マジですか」


 がくりと肩を落とした高校生に、一回り程年上の友人は笑いながら慰めをくれた。


「『まだ』だよ、多分。放送中にだって来るかもしれないし」

「……やっぱ、分かりづらかったですかね?」


 恨めし気に言って、恭平は村田Dが手にしていた数枚のメールを覗きこむ。


「う~ん、まあ、ちょっと書きづらさはあるかもね。それに、君達はほら、面白いの送って来いよ感が強いから」


「えぇ? 出ちゃってますぅ?」


 唇を尖らせ顔を作った少年に、元劇作家は苦笑しながら形の良い眉毛を持ち上げた。


「出てた出てた。『本当~に普通のメールでいいんです、ただ、駄洒落を入れて来てください』って言い方も、内容も。まあ聞いてる人みんながハガキ職人てわけじゃないしねぇ」


「そんなん言いましたっけ?」


 本番中に話した事なんて、正直ちっとも覚えてない。貰ったデータで聞きかえしても、声も違うし、半分くらい別人みたいな気がしてしまうのだ。


 恭平が唇に感情を乗せた時、ドッタタタ~♪と背後の階段が陽気な音を立てて。


「おう、キョーヘー! 良く来た! 夏休みなんだろ!? ちょーど暇だから呼ぼうぜって話をしてたのよ!」


 無駄にデカい声と共にコンビニ袋を振り回して登場したのは、タンクトップから締まった腕を剥き出しにした精悍な髭面の現役舞台俳優。それと。


「へっへっへ。あ~、あちいあちい、なんかこのウチワ全然風来ねえのよ~、キョーヘーちゃん」


「? って、ちょっ! 何してんですか!」


 とても物質的なナニカでパタパタと顔を仰ぎながらのオレンジ髪に目を剥いた。

 だって、彼が手にしているのは。


「サドルッ! それ、俺のサドルッ!」

「ええ? あっ!? しまったぁ! サドルとウチワ間違えちった~!」

「いやいやいや! 頭おかしいでしょ! 普通そういう事します!?」


「へっへー。返してほしかったらお前今日のラジオ、フルチンな。ユリカちゃんに見つからない様にフルチンでやったら返してやんよ」


「手慣れてるっ!? この人、手練れのいじめっ子の目をしてますよっ!!」


 何か言ってくださいよとばかりにアスカの方を向いた恭平に、彼もまたニヤリと笑いながら。


「つうかキョーヘー、俺のうちわ取って来てくんね? さっきコンビニ前の自転車に刺さってたから」


「っ!? コンビニ!? ほんっと勘弁してくださいよ!」


 ケラケラ笑う男達に見送られ、サドルを奪い取った恭平はダッシュで階段を駆け上がった。



 蜃気楼で歪んだ景色に、ジンジン響く蝉の声と焼けるアスファルトの匂い。


「……あいつら、マジで」


 自転車は、本当にコンビニ前に移動されていて。


 そのサドル部分には。


『本日最終回! 雑ヶ谷公式webラジオ月曜日!

 心の優しい美少女JKのらじおです。どなたでもおいでください。おかしな相方もございます』  


 と。赤鬼も泣き出しそうな文章と共に、でかでかと番組情報が張り付けられたうちわが風に吹かれて回っていた。


「おかしいのは、スタッフ(あんたら)だって」


 一人笑いながら文句をこぼした恭平は、クソ暑い夏の日差しの下えっちらおっちら管理小屋の前まで自転車を押し、サドルを小屋のソファに放り投げ、手ぶらでスタジオへと戻って行った。


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